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「学生時代に、良い先生に出会えたっていう思い出があんまりなくて。僕だったらもっと良い先生になれるし、もっと良い学校を作れるのになぁ、と思っていました」
そう語るのは、水野雄介さん。中学生、高校生向け IT・プログラミング教育サービスを提供する、ライフイズテックの代表取締役CEOだ。
2020年度に小学校、2021年度に中学校でプログラミングが必修化。2022年度から高校で「情報Ⅰ」が必履修科目になった。大きく変化する教育現場に、ライフイズテックはデジタル教材の導入を通じ、変革をもたらそうとしている。
子どもたちにスキルを身につけてもらうだけでなく、「真に幸福になってもらうためには」を考え続ける水野さん。より良い教育のために模索する「未来を作る仕事」を探る。
先生の言葉は本当の子どものためになっている?
──高校生の時、「もっと良い学校を作れる」とまで考えていたのはすごいですね。どんな学生だったんですか?
水野雄介(以下・水野):野球一筋の、いわゆる高校球児というやつでした。野球部員にとっては高校三年生の夏ってものすごく大事で、「人生を賭けている」くらいの勢いで練習に取り組むわけなんですが、僕が通っていたのは進学校だったので、それが理解されなくて。
「なぜ?その気持ちを理解しようとするのが教師の仕事なのでは?」と思いました。そんな感じで、先生の言っていることは果たして本質的なのか、本当に子どものためになっているのか、ということがいつも気になっていました。でも、それって先生だけの責任じゃなく、学校の方針や風土もありますよね。
大学では「いつか役に立つかな」くらいの気持ちで教員免許を取ったのですが、大学院時代、起業時代に高校で物理の非常勤講師を経験した際、「この仕事最高だな!」と思ったんです。
「学生時代に良い思い出がない」が教育事業のバネに
──教師という職業に関して、最近は長時間労働などネガティブな側面ばかりをたくさん聞く気がします。教師の魅力は、端的になんだと思いますか?
水野:僕は教科しか教えていない非常勤で、担任を持つ難しさなどを味わっていない前提で言いますが、子どもの人生が変わる瞬間に立ち会えるということが一番の魅力だと思います。自分の一言で子どもたちの目の輝きが増していく。僕はそれを体験した時、これを人生の仕事にしようと思いました。
今は会社の経営を担う立場で、最終責任を取るポジションでもあるんですけど、自分は教師だと思ってやっています。
──大学院を卒業後、一般企業で3年働いた後に起業されています。実際に教師になろうとは思わなかったんでしょうか。
水野:1人の先生として子どもたちと向き合うのも素晴らしいことだけど、僕は日本中の子どもたちにインパクトを与えられる方法を考えました。文科省に入るとか、政治家になるとか色々考えたのですが、自分がいいと思う教育をまずは形にしてみたいと思った時、スピード感を持って実践できるのが起業だと思いました。
僕自身が学校に良い思い出がなかったから、逆にそれがモチベーションになっていますね。「この教育を絶対変えてやる」っていう。
公教育でもインフラ化する急成長
──そして2010年に創業されましたが、現在の事業領域は?
水野:大きくは3つです。一つは、創業から続けているキャンプスクール。
2つ目は、デジタル教材の提供です。キャンプだと、どうしても地域格差や家庭の経済格差が出てしまいますが、オンラインで、なるべく安く学べる場所を作ろうと。そこへプログラミングが必修化されることになり、学校で教えられる先生がいないという構造的な問題もあって、どんな先生でも探究的な授業ができるような教材を作りました。私たちの教材は、2022年までで全国の私立・公立を含む中高に2650校、約50万人の子どもたちにまで広がっています。
3つ目が、大人向けのDX研修事業。デジタルイノベーション人材の育成です。
──創業時は、公教育の「外縁部」「外付け」のサービスとしてスタートされていましたが、今はインフラのようになっていますね。
水野:やはり必修化は大きかったです。さらに、GIGAスクール構想とコロナ禍という背景も重なって、国や行政との連携がかなり広がっています。ITという領域でなければ、教育の世界でこれほどダイナミックな変化は起きなかったはずです。
官僚や政治家の方々に、うちの教材でこんな子どもたちが育っていますよ、と実際に見ていただくと「こういう教育を取り入れたい」とイメージが湧く。理論と実践を一緒にやっていくのは非常に重要です。
受験勉強と違い、ITの授業は社会との接点が見える。
──教材に触れる子どもたち、先生からはどんな声がありますか?
水野:アプリを作ろう、という授業のとき、最初はみんな「何を作ったらいいのかわかんない」からのスタートなんです。それは、課題を感じている子が少ないから。社会をそういうふうに見てないんです。
そこで、身近な家族や友人が困っていることをITで解決できないか、と問いかけます。例えば「お薬のじかん」というアプリを作った中学生がいました。祖母が薬を飲んでいるかどうかをお母さんが毎日電話して確認しているのがかなり大変そうだから、アプリで「飲んだ」とタップして通知が来るようにしたい、と考えたんですね。
そうやって考えたアプリが何千、何万とダウンロードされると、「自分、できるんだ!」と自信がつく。中学生が初めて「社会を変えられる」という体験を得るんです。
今、日本の子どもの中で「自分で国や社会を変えられると思う」と答えているのは26.9%(※1)で、各国と比べても著しく低い。受験のための勉強とは違い、ITは社会との接点がわかりやすいので、デジタルネイティブ世代ほど可能性を秘めていると思います。
先生たちを対象にした研修もやっていますが、皆さん「これは子どもが喜びそうだ!」とすぐにピンと来てくれます。
ある先生が、うちの教材で「教師になって初めて自分が本当にやりたかった探究的な授業ができた」と喜びの声を伝えてくださいました。教師という存在は強力なプラットフォームですから、その力を最大化するのは子どもたちにとっても重要なことです。
(※1)日本財団「18歳意識調査」第20回テーマ「国や社会に対する意識」
見るべきは「その子が “今” 幸せかどうか」
──2025年に、大学入学共通テストの新科目として「情報Ⅰ」が追加されることも話題になっています。
水野:まずは2025年を目指して、さらなる教材の導入を進めていきます。ここ3年ほどが子どもたちにとっても、日本にとっても勝負どころ、とチーム内でも鼓舞し合っているところです。
──将来的には、どんな事業成長を考えていますか?
水野:現在の事業を通じ、先生の労働環境の改善や、子どもたちのウェルビーイングなど、教育を取り巻くさまざまな課題を解決することができると思っています。だからこそ、テクノロジーを活用した新しい仕組みをOS化して、どんどん横展開できる状態を作るのが目標です。将来的には教育事業のグローバル進出も目指しています。
あと、学校を作りたいという構想もずっとあります。今、日本社会における教育って、基本的には「こんな人に育ってほしい」という理念がベースにありますよね。でも僕は「その子が “今” 幸せかどうか」を追求することに特化した学校を作りたい。
日本の子どもの精神的な幸福度は38位中37位と、ほぼ最下位(※2)。これは大人の怠慢です。子どもが幸せだと思える環境を整えさえすれば、勝手にイノベーティブで、クリエイティブな人材に育っていく、という仮説があります。
まだまだ青写真ですが、挑戦する価値はあると思っています。
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子どもの幸福度“ほぼ最下位”の日本で、「こう育って」願望より大事なことは?IT教育から子どもに寄り添う水野雄介さんの挑戦