赤い帽子とゼッケンを身につけ、街中で雑誌を販売している人々がいる。
この光景に見覚えがあるという人も少なくないだろう。その雑誌の名前は「ビッグイシュー」。販売員の多くは、路上で暮らすなど安定した住まいを持たないホームレス状態の人々で、売り上げの一部が収入となる。
最新号で裏表紙を飾っているのは、タイの人気俳優だ。「Happy Birthday」の文字も添えられている。
実はこの裏表紙は広告。しかもその掲載費用を出しているのは芸能事務所などの“運営側”ではなく、俳優のファンたちだ。つまり、ファンが“推し”を応援するために出稿する広告である。
こうした、「推し活」の一つとして日本でも広まる「応援広告」に今、社会貢献に繋がる動きが生まれている。
タイの寄付文化に倣う。ファン100人以上が参加
2月15日発売号で裏表紙になっているのは、タイの俳優ミュウ・スパシットさん。2019年にBL(ボーイズラブ)ドラマ『TharnType/ターン×タイプ』でブレイクし、今やそのファンダムはアジア圏を中心に世界に広がっている。
ビッグイシューの広告は、2月21日に32歳の誕生日を迎えるミュウさんをお祝いする「誕生日広告」だ。
「敬虔な仏教国であるタイでは、徳を積んで善く生きようという“タンブン”という考え方があり、寄付文化が根付いています。ミュウさん自身も寄付活動などに熱心で、ファンである自分たちも興味を持ちました。
日本では俳優のプロモーションをするのは主に芸能事務所やメディア側の仕事ですが、こうした広告を通じてファンが主体となって応援できます」
そう話すのは、誕生日広告プロジェクトのメンバーの一人であるSさん。Sさんら日本のファン3人は「Mew Birthday Project in Japan」を立ち上げ、SNSで誕生日広告にかかる費用の募金を呼びかけると、海外のファン含む100人以上が集まった。
広告に使った写真は、ミュウさん側に自力で掲載許可をとり、広告デザインも自分たちでアイデアを出し合って作り上げた。
ビッグイシューは、雑誌の販売とその収益を通じてホームレス状態の人々に仕事を提供し、自立を支援する。1冊450円で、仕入れ値を引いた230円が販売員の収入となり、住まいを得るための貯金や、日々の生活費にあてられる。
俳優などの顔写真を使い、ファン同士でお金を集めて出稿し、知名度を広げたり記念日を祝ったりする「応援広告」や「推し広告」は、韓国から始まった文化だ。韓国では、震災時などに著名人による寄付活動が行われることも多い。近年ではファンもそれに倣って、著名人やそのファンを名乗り寄付することが増えている。
そうした背景もあり、韓国のビッグイシューでは以前から、著名人の誕生日広告が頻繁に掲載されてきたという。
日本版で初めて掲載されたのは2021年12月で、ミュウさんと共演経験もある「ガルフ」ことカナウット・トライピパタナポンさんの誕生日広告だった。Sさんらプロジェクトメンバーはこれをきっかけにビッグイシューに興味を持ち、2022年と2023年の2月に2年連続で、ミュウさんの誕生日広告の掲載を決めた。
推しにも社会にも貢献、自分も楽しい“三方良し”
これまで「応援広告」と言えば、街中の大型ビジョンや駅構内のポスターなどが一般的だった。道行く人に“推し”の顔や名前を覚えてもらうのが狙いだ。Sさんらプロジェクトメンバーはなぜビッグイシューを選んだのだろう。
「ビッグイシューでは推しの魅力も伝えられて、かつ社会貢献にもなります。ファンの中には、ミュウさんと同じように社会にとって良いことがしたい、役に立ちたいという思いを抱えた人が多いです。
“紙”というメディアもいいですよね。ビジョンなどは期間限定で、地方に住んでいて見に来られない人もいます。でも雑誌であればいろんな人の手元に残り、後からファンになった人も手に入れられる。
元々のビッグイシューの読者の方からも、広告を通じてミュウさんに興味を持ったという話も聞きました。まさに“三方良し”の取り組みです」
実際にミュウさんが裏表紙を飾ったビッグイシューの売り上げは大きく伸びた。
特にミュウさんの初来日で行われたファンミーティングの会場近くで掲載号の販売が行われた時は、SさんらがSNSで事前告知を行い、多くのファンが購入のために列を成した。保存用や、他のファンに頼まれ複数冊購入する人も続出した。
Sさんらプロジェクトメンバーは、広告費を負担してくれた人々に向け収支報告を公表し、意見を聞くアンケートも行っている。
「ビッグイシューを通じてこれまで知らなかったホームレスや貧困問題を知ることができた」
「次は違う社会課題にも目を向けたい」
「また違う形での社会貢献にも興味を持った」
そんな声が多く届き、ビッグイシューの購入や販売員との会話をきっかけに、ファンの間でも社会課題に対する意識が高まったとSさんは感じている。
「こうして“推し”をきっかけに、色んなことを学べ、社会と繋がることができるのがいい連鎖だと思います。今まで知らなかった世界をどんどん知り、新しいことにチャレンジする。
私自身この数年で世界の見方が変わりましたし、そういうファンの方は多いのではないでしょうか」
ビッグイシューへの広告出稿以外にも、Sさんらはミュウさん自身の寄付活動に倣う形で、タイの少数民族支援や、コロナ禍で困窮する日本の音楽家支援の寄付活動を行ってきた。
「応援の形は様々で、正解や優劣はありません。無理をせず、自分たちが楽しみながら、素晴らしいアーティストであるミュウさんをみなさんに知ってほしい。それが私たちのモチベーションです。
韓国の応援文化や、タイのタンブン。それぞれの国の文化を学びながら、国や世代を超えてファンの輪が広がり、ともに応援したり交流したりできるのが海外のアーティストを応援する醍醐味です」
コロナで売上2割減。収入増と新しい出会いに
ビッグイシュー日本版にファンによる応援広告が掲載されるのは、今回のミュウさんで4回目。掲載に至らなかったものもあるが、問い合わせはこの1年ほどで10件ほどに増えたという。
東京事務所長で日本版創刊メンバーの一人である佐野未来さんによると、ビッグイシューはコロナ禍の影響を大きく受け、売り上げは2割減。その中で、応援広告を通じてこれまでリーチできなかった層に届いたことに大きな意義を感じている。
「コロナ禍や物価高で苦しい時期が続きますが、応援広告は販売者にとって収入増や新しい出会いに繋がっています。ミュウさんのファンミーティングの際は、販売者3人にたくさんの収入をお渡しすることができました。
イベントにあわせてバックナンバーを販売すれば、新しいファンの方にも届き、長く売れていく。バックナンバーの収入も販売者にとって大きな柱のため、こういう明るいニュースは励みになります」
ホームレスや貧困問題をはじめ、マイノリティの人々などが直面する様々な社会の問題を伝えてきたビッグイシューの編集スタッフたちも、ファンの“推し”への愛から生まれる行動力には驚いているという。ビッグイシューの社内では今、ファンがもっと気軽に応援広告を始められるために何かできないか、アイデアを出し合っている。
「もちろん企業に広告を出稿いただけるのは大変ありがたいことです。ですが、応援広告の場合は、一人一人の市民が集まって、好きな人を応援したい気持ちを原動力に、社会をよくするための前向きなアクションに繋がっているのが素晴らしいですよね。
人が集まりいい循環が生まれ、それが社会を前に進めていく。その一つのチャンネルとしてビッグイシューという場を使っていただけるのが嬉しいですし、社会問題の認知を広げるためにも新しい可能性が眠っていると感じています」
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt )
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
“推し”と社会、両方に貢献したい。ホームレス支援雑誌に「応援広告」を出した、あるファンたちの話