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大人になる節目を迎える年を、仲間と一緒に祝う成人式。
幼なじみや恩師と再会したり、昔話に花を咲かせたり…。人生で一度きりの晴れの日は、思い出作りの場にもなっています。
一方で、いろんな思いから参加しない人もいます。その背景の1つが、振袖やスーツなどの服装。トランスジェンダーや、セクシュアリティに関わらず出生時に割り当てられた性別「らしい」格好をしたくないという理由から、諦める人も少なくありません。
そんな若者に向けて「自分が好きな服装で、ありのままの自分を楽しむ」というコンセプトの『SEIJIN-SHIKI』が1月7日、東京都内で開催されました。
主催団体の1つが「女性」の体に合うメンズスーツをオーダーメイドで販売する『keuzes』(クーゼス)。
生まれもった性は女性で、特定の性別を自認しない「Xジェンダー(FtX)」で、服装で成人式を諦めた経験がある代表の田中史緒里さんは企画の背景について、「それぞれが着たいスーツは、keuzesで用意することができます。ですが服があっても、成人式という場が自分らしくいられる環境かといわれると、まだそうではないことが多いと思います」と説明。
「まわりにどう思われるかという不安から、会場の前まで行って帰ってきたといった声を聞きました。だからこそ、まわりの目を気にせず、みんなで安心して節目を祝える場が必要だと思いました」と話します。
◆成人式に行くことを諦めた高校時代
田中さんは幼い頃から、かっこいいものが好きでした。学校指定の彫刻刀やナップサックなどはいつも、「男の子っぽい」デザインを選んでいました。七五三の化粧、赤いランドセル、中高時代のスカートの制服など、「女の子らしい」格好をさせられるのはつらかったといいます。
高校生になり、成人式のために髪を伸ばし始める友人たちを見て、ふと「自分は何を着るんだろう…」と考えるようになりました。「振袖?絶対に無理…」。いわゆる女性らしい体のラインが強調されるレディーススーツも、着たくないと思いました。
メンズスーツが欲しいと思いインターネットで調べる中で、スーツ量販店に行けば買えることや、LGBTという言葉を知りました。ですが当時は地方に住んでおり、「お店に行ったら誰かの親が働いているかもしれない」「店員さんにどう反応されるんだろう」という怖さから足を運べませんでした。
「フォーマルな場での服装選びって、私服よりも難しいんだな…」。成人式に行くことは、すんなりと諦めました。
◆スーツが必要なのは、成人式だけではなかった
上京し数年たった20代前半で、友達に結婚式に招待されました。嬉しさと同時に、再び「何を着ていけば良いんだろう」という壁にぶつかります。
「Xジェンダー スーツ」「女性 メンズスーツ」…。
高校時代と同様に、思いつく限りのワードをインターネットで検索しましたが、出てくる情報は当時とほとんど変わりません。だからファストファッションのお店を回って、スーツっぽい上下別々のジャケットとパンツを揃え、乗り切りました。
友人の結婚式は大切な思い出になった一方、「これからの人生でも服装で、こんな大変な思いをするのかな…」と、複雑な気持ちも芽生えました。
そんな悩みを友人たちに話すと、その人たちも就職活動や冠婚葬祭でも服装に困っていることを打ち明けてくれました。
「服装によって何かを諦めている人が、世の中にはたくさんいるかもしれない。そんな人たちの助けになりたい」
23歳の時に、「女性」の体に合うメンズスーツのブランドの立ち上げようと決めました。
◆服装の選択肢、広げるための苦節
田中さんは早速、インターネットで検索して出てきた50社以上のアパレル工場に「女性のサイズ感でメンズスーツを作りたい」と連絡しました。ですが、門前払いが続きます。そんな中、ある工場の担当者が「なんでやりたいのか」聞いてくれました。これまでの経験を話すと、「服をつくってきたのに、そんな悩みがあるとは知りませんでした」と驚いた様子だったといい、そこから企画が進むことになりました。
服飾についての知識がなかった田中さんは最初、メンズスーツのサイズをただ小さくすれば良いと思っていたといいます。ですが胸まわりや腰など体の厚みが違うため、「女性」が従来のメンズスーツを着ると“ブカブカ感”が出てしまいます。また男性用のスーツはウエストから足首にかけて徐々に幅が狭まっていく作りになっており、骨盤が強調されてしまうこともわかりました。
ウエストから骨盤までのラインを広げたり、ジャケットの着丈を長めに作ったり…。いろんな工夫を施して、「女性らしい」体のラインが強調されず、かっこよく着られるスーツが実現。誰にでも選択肢があることを知ってほしいと思いを込め、ブランドを『keuzes』(オランダ語で「選択肢」)と名付けました。
スーツを販売する上でこだわっているのは、店舗を設けず、スーツを作りたいひとりひとりのもとへ出向くこと。地方出身で閉塞感があった自身の経験からも、どこにいても、誰にでも選択肢を広げたいという思いがあるといいます。
◆服だけでなく「場」が必要。だから『SEIJIN-SHIKI』を
keuzesのスーツは最も価格を抑えたものでも8万9000円と、決して安くはありません。それでも20歳前後の若い世代からの注文が多いといい、そのきっかけの多くが「成人式でスーツを着たい」という思いだといいます。
田中さんは若い世代から「親のために振袖を着るのか、自分のためにスーツを着るのか」「どうしても参加したい」といった悩みを聞く中で、成人式は人生に1回きりで、重みがあるイベントだと感じるようになりました。
そして、「成人式がこれからの未来で、振り返りたくなるような思い出になると良いよね」などとアドバイスをすればするほど、成人式を諦めた過去が悔しくなっていきました。
またスーツで成人式に参加することはカミングアウトに近い感覚があるといった悩みや、周りにどう思われるか不安になり、会場まで行ったけれども参加せず帰ってきてしまったという話も聞くようになりました。
こうした経緯から田中さんは、人生に一回のイベントに、自分らしい格好で安心して参加できる場を作りたいと考え、『SEIJIN-SHIKI』の開催を決めました。
◆選択肢を増やす空気を作りたい
イベントで大切にしたのは、「自分が好きな服装で、ありのままの自分を楽しむ」コンセプトと「交流」というテーマ。
特に地方の子は「自分の話をしたのは田中さんが初めてです」と打ち明けてくれることが多く、仲間がたくさんいると感じてもらいたかったといいます。
この日、花や風船などで彩られた会場には、2021年〜2023年に新成人となる約120人の若者が集まりました。メンズスーツや振袖、カジュアルスタイルなど、思い思いの服装で記念撮影をしたり、未来の自分や大切な人に送るタイムカプセルレターを書いたり、思い出を作りました。
成人式に参加できなかった自分の分まで楽しんでほしいという思いもあり開催したこのイベント。田中さんはたくさんの人からありがとうと言われ、笑顔が溢れる会場を見て「やった甲斐がありました」と目を細めます。また大きな目標だったイベントを開催できた今、今後についてこう語りました。
「今回のイベントに来て良かったと言ってくれた人がたくさんいた一方で、『いろんなお店でスーツを選びたかった』という声も聞きました。そのためにも、他の人に真似されるようになれればと。スーツという物だけでなく、自分らしくいられる選択肢を増やしたいという空気を、社会に作っていきたいです」
<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>
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「女性として生まれた。でも振袖は着たくない」Xジェンダーが自分らしいスーツを作り、成人式を開くまで