2022年の音楽・芸能の世界において飛躍的な成長を遂げた存在の1つ、それがBMSGである。ラッパーのSKY-HIが自らをCEOとして2020年に立ち上げたこのマネジメント/レーベルは、9月に開催した「BMSG FES’22」に2日間で30000人を動員し、昨年デビューしたボーイズグループのBE:FIRSTを今年の「NHK紅白歌合戦」に送り込んだ。さらに、来年には新グループMAZZELのデビューも予定されている。
「まだやれることはあるはずだ。ここからUSやK-POPにも負けない、日本のカルチャーをつくっていきたい」
(BMSG公式サイト内「WHAT’S “BMSG”」に記されたSKY-HIのコメント)
SKY-HIが心血を注いで生み出した複数のアーティストたちが、今着実に日本のエンターテインメントを変え始めている。一方で、その事実はBMSGとして向き合うべきものが日に日に大きくなっていくことも意味する。そして、まだ立ち上がって2年そこそこの会社と新人経営者が、そういった状況に対処するのは決して簡単なことではない。
ミュージシャンとして最前線に立ちながら、BMSGという会社を牽引すべく奮闘するSKY-HI。前例のないチャレンジの現在地や経営者としての自覚、さらにはファンダムとの向き合い方について、新作アルバム『THE DEBUT』のリリースタイミングで語ってもらった。
『THE DEBUT』の内容に関するインタビュー記事≫SKY-HIが“社長3年目”を迎えた今、「大人になんてなりたくない」と歌う理由
「今年の中盤くらいからですかね、日々の業務や採用の仕組みがだいぶ機能するようになりました。会社らしくなってきましたよ」
SKY-HIによると現在BMSGの社員は約30人で、「毎月のように新しい人が入ってくる」。そんな中で、トップとしていかに組織をマネジメントしているのか。
「今はまさに組織が拡大しているタイミング。自分より社会人歴がはるかに長い方を部下としてチームに配属することも多く、そういう環境で意思決定をしていかないといけない難しさを日々感じていますが、そんな中でも組織の風通しのよさは担保していきたいと考えています」
社員のモチベーションに留意しながら、リーダーとして的確な方針を出すことが求められる現在のSKY-HIのポジション。これまでミュージシャンとして培ってきた感覚が生かせる部分もあれば、異なる視点が必要となるケースもある。
「最終的には“好いてもらってなんぼ”というのは、どこでも一緒だなと感じています。良いものを作って、その良さを結果で示せるか。そのうえで、一緒に仕事をする人としての好き嫌いが合うか。この原則はミュージシャンとしても経営者としても、そして社内外も問わず変わらないんじゃないかなと。
一方で、今まで自分としては“アーティストだから仕方ないよね”みたいに許される空気には染まっていないつもりでしたが、いざ今の立場になってみると、そんなことはなかったなと思うことも。たとえば、これまでは『すみません、制作が終わらなくて…』と言えばスケジュールを変えてもらえることもありました。でも今、自分がビジネスそのものに関わっていくとなると、それでは済まないことも多いです」
社長として過ごす日々が日常になりつつある中で、組織が置かれているフェーズも変わりつつある。
「去年の後半頃に抱えていた課題は会社としてほぼクリアできた実感があって、それ自体はとても喜ばしいと思っています。ここからは、もっと未来に向けての対策が必要になってくる。考えないといけない範囲も広がるし、そういう状況に対する形容しがたい不安も、少なからず感じています」
会社が前に進むにあたっての成長痛を感じ始めているSKY-HIだが、その心境に話が及ぶと吹っ切れたような言葉が口をつく。
「今まで感じていたストレスは勘違いだったんじゃないかと思うくらい、最近は楽なんです。多忙ではあるけど、今まで悩まされていたストレス性の持病の症状が全然出ないくらいには安定しています。やっぱり、BE:FIRSTが現時点で多くの人に支持してもらえているのが大きいです。日本に必要だと考えていた『クリエイティブファースト、クオリティファースト、アーティシズムファースト』を掲げてオーディションを行って、それを体現するボーイズグループを生み出せたことで、心の奥底にずっとあった承認欲求や自己実現欲求が満たされたというか。そのうえで、BMSGを立ち上げた時に『Be My Self』と掲げたのが本当に重要だったと思うんですが、自分が自分であることを許容できるようになったんですよね」
これまでのSKY-HIのキャリアは、「アイドルグループに所属している」「なのにラッパーもやっている」という彼が歩んできた道に対して向けられる様々な視線との闘いでもあった。ある種の反骨精神によって支えられてきたSKY-HIのアイデンティティは、BMSGの設立を経て新たな段階に進んだようだ。
「たとえばアイドルに対する一般的なイメージや、そこから作られる自分への勝手な期待が身近にあった分、『本当の自分を知ってほしい』みたいな気持ちがとても強かった。それは、これまでの作品がどうしても情報過多、説明過多になっていたことにも表われているんですけど。
でも今は、そういう周りの目線を気にするよりも『本当の自分であること』にフォーカスする方が大事だと心から言えるようになった。アーティストの自分も、経営者としての自分も、どちらもパーソナルな感覚でやれているんです。社員と話すときも、インタビューの時も、ライブ中もこのまま。常に同じ状態でいられるのは…マジでバイブスがいい(笑)。『THE DEBUT』が今までよりすっきりした作りになったのも、今の自分のメンタルと関係していると思います」
立ち上がったばかりのスタートアップが長く生き残る企業として脱皮できるかを正確に予測できる人はどこにもいない。そのような状況において、未来への不安を抱えながらもポジティブなメンタルを維持できている背景には、やはりこれまで芸能の世界を走り続けてきた経験がある。
「芸能の成功と失敗って、本当に振れ幅が大きい。急激な環境変化が起こったとしても『まあそういうこともあるよね』と思えるのは、これまでもヘビーな状況にたくさん直面してきたからですね」
自身の経験を総動員して、BMSGをさらなる成功に導こうと邁進するSKY-HI。ここまでの約2年間の挑戦を通じて、経営者としての行動原理のようなものは見えてきたのだろうか。
「ビジネスを成功させるために、時には手練手管みたいなものが必要になるのかもしれないですが、根源にはピュアな気持ちを絶対持っている必要があると思います。自分が好きな経営者は純粋な情熱を原動力にして動いているし、それがないとどんな細かい工夫も意味がない。何かに対して純粋な愛情を持てると、結果的に人間そのものを侮らなくなるし、そこからビジネスにつながる洞察を得られることも多いと実感しています。だから『お金を儲けたい』みたいなことを漠然と考えている若い方がいるとすれば、最初にやるべきことは『純粋になること』だと伝えたいですね。ずる賢くなった先には、求めているものは絶対に落ちていないと思います」
今の時代にエンターテインメントを駆動させるためにはファンダムとの適切な付き合い方を模索する必要があり、もちろんそれはBMSGにとっても例外ではない。特にBE:FIRSTという現状の日本のボーイズグループシーンでもトップクラスの人気を誇る存在をプロデュースするSKY-HIにとって、このテーマは特に重要度の高いものである。
「B-Town(BMSGが運営するファンコミュニティ)では、『“ファンファースト”は難しい。求められるからと言って何でもやるわけではない』『“アーティストファースト”が基本』と折に触れて話してきました。このテーマはファンの方に対してだけではなく、社内でも意思統一に気をつけています。当たり前ですが、ファンの皆さんの存在は大事なので寄り添うところは寄り添いつつも、ドライな判断が必要な時には躊躇しない──長い目で見た時のアーティストの幸せを最大限考えることが我々の仕事だと考えています」
アーティストとファンの関係というのは非常にデリケートなテーマであり、それこそビジネスのことを考えれば口を閉ざしていたほうがいい内容かもしれない。にもかかわらずSKY-HIが当事者として発信を続ける背景には、現状のエンターテインメントにおける“応援のあり方”について、小さくない違和感を抱いているからだ。
「自分が小学生の頃にキングカズに憧れてカードを集めていた頃とはやっぱり空気が変わっているんですよね、当時はSNSがなかったから。今は一人一人の好きという感情の前に、時として、他人がどう応援しているか、その一方で自分はどうか、という物差しが生まれてしまう。これは単なる時代の変化として片づけるべきではなくて、何かに純粋な気持ちで熱中することを妨げる大きなノイズとして認識した方がよいのではないかと思っています。
単に潔癖な態度をとれば済む問題ではないからこのテーマをどう発信するかは本当に難しいです。ただ、幸せな人を増やしたくて会社を作ったのに結果として幸せではない人が増えることは絶対に避けたい。少なくとも、ファンの間の競争意識を煽るようなことをするのではなくて、真っすぐにその対象を愛せる状況を作れるように試行錯誤していきたいです」
そして、こういった答えのない論点に対して、自分の経験談をベースにしたアクションを提示できるのがSKY-HIの凄みである。
「アーティストを応援することが劣等感やプレッシャーにつながってしまう瞬間については知見があるので、そういうものを一つずつ外していくのが自分のやるべきこと。たとえば、人気を表す“わかりやすい指標”になりがちなライブでのうちわやボードを禁止にしたり、メンバーカラーを作らなかったり、エゴサ禁止をアーティスト内でのルールにしていることを発信したり。
逆にアーティストに対しては、ファンとの適切な距離感をどう保つかに注力しています。アーティストがやりづらさを感じることがあれば話を聞きますし、具体的な状況に応じて個別にアドバイスすることもあります。
自分自身、ファンダムと従来のマネジメントシステムの中で苦しい思いをした経験もあるので…最初は小さなストレスでも放置しておくとボディブローのように効いてくるとわかっているから、社長でプロデューサーで先輩アーティストの自分から気づいた時に声をかけることは大事にしています。今のところは自分の言葉が説得力を持ち得ているので、この先も現役として彼らを引っ張っていきたいです」
ファンとアーティスト、それぞれに目を向けながらSKY-HIが見据えるのは、それぞれが自分らしく(=Be My Self)生きられるエンターテインメントのあり方である。
「最終的な目標は、アーティストが雑念なしにファンに愛を持って『ありがとう』と言える環境を作ること。アーティストは『応援してくれてありがとう』、ファンは『ステージに上がってくれてありがとう』、本当はそれだけでいいはずなんですよね。そういう純粋な愛情の交換に少しでも近づけていくために必要なことをやり続けていきたいです」
(取材・文:レジー @regista13、編集:若田悠希 @yukiwkt、撮影:藤本孝之)
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経営者SKY-HIが考える、ファンダムとの誠実な向き合い方「ありがとうと言い合える。本当はそれだけでいい」