2022年にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:9月24日)
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男女の恋愛への違和感、夫婦のすれ違い、男子学生のメイク、60代からの新しい恋…。3人の子どもを育てながらウェブメディアなどで漫画やイラストを手がけるツルリンゴスターさんの『君の心に火がついて』(KADOKAWA)は、“普通”に苦しめられ、生きづらさを感じている人たちの心の声を描いた作品だ。
人間の心に灯る“火”を食べて生きる妖怪「焔(ほむら)」が、登場人物たちの前に現れ、変化の火種を大きく燃やす。その様子はまるで、心の違和感や葛藤を肯定するかのようだ。
本作に込められた思いとは? そこからは、#MeToo以降のうねりの中で心の火を燃やし、読者に手渡そうとするツルリンゴスターさんの姿が見えた。
━━本作は、2020年から2021年まで約1年かけて、WEBメディア「DRESS」で連載されました。まずは、経緯について教えてください。
『君の心に火がついて』は、私自身が抱えていたモヤモヤから生まれた作品です。連載開始前、私はうまくいかない転職や子育ての孤独感、母親像と自分らしさの乖離に悩んでいました。これらの原因は私にあるのか、それとも別の何かなのか、と。
2017年にアメリカで起こった#MeToo運動以降、SNSで上がり続ける声にも影響を受けたのだと思います。セクハラなど過去の傷つきは自分のせいではないのだという気づきを得ると同時に、日々議論されるさまざまな問題が自己責任論に持っていかれることに、自分が追い込まれていくような違和感を感じていた時期でした。
━━その違和感を追究していったのが、本作なのですね。
はい。自分が選んだ会社や自分が選んだパートナー、生まれた家の家族、思った自分になれない自分などに悩み、ままならない状況に置かれて動けなくなってしまった人たちを描きたいと思いました。
自己責任論を離れてその原因を深く考え、読み手に「私も苦しい。今の状況はおかしい」と気づいてもらえるのでは、そして、それは救いになるのでは、と考えたんです。
━━1話目では、家事・育児に追われて孤独感を深める妻と、家庭に非協力的な夫のすれ違いが描かれています。
連載当時、夫婦のすれ違いに対する解決策は、「夫を褒めて育てましょう」「二人で話し合いましょう」と、夫婦の関係性を問い直すものがほとんどでした。ただ私には、環境や年齢、性格もそれぞれ違うにも関わらず、多くの夫婦が同じような問題で困っているのは、夫婦を取り巻く社会構造に問題があるからなのでは、という疑問があって。
そこで、日本の家族の歴史やフェミニズムに関する専門書、小説やマンガ、ウェブ記事を読んだり、映画を観たりしながら、考えを深めていきました。
学び始めると、過去の自分がいかにステレオタイプに縛られていたかがわかりました。ミソジニーを内面化していたし、自己嫌悪するような発言も多かった。同時に、さまざまな問題の根っこは人権意識の低い社会にあるのではないか、と考えるようになりました。
━━社会構造のひずみという問題をストーリーマンガに落とす際、どんなことに気をつけましたか?
どうやって個人の生活に落とし込むか、です。登場人物の生活を、漫画で描かれてない部分を想像できるぐらいまで掘り下げないと、「母親」「性的マイノリティ」などにカテゴライズされて終わってしまう。それは、その奥で複雑な状況にある人を見えにくくしてしまうことにもつながります。
また今までの経験から、個人の暮らしや性格を立たせれば立たせるほど、多くの人に自分との共通点を見いだしてもらえるとも感じていました。
━━第5話では、第1話の夫婦が再び登場します。「対等ではない」と主張する妻に対し、「俺には俺の苦しみがある」とくすぶり続ける夫の気持ちも丁寧に描いています。
過去、私の中にも夫側の考え方があったので、妻の主張を受けた時にどう感じるか想像しました。
「こうすべき」という正論はあっても、目の前にいる人と生活していかなければならない以上、相手を「間違っている」とジャッジするだけでは終わらないんですよね。
正論を言うとしても、どんな表情で、どんな言葉で伝えるのか、伝えた後にどんな速度で状況が変化するのかは個々で違う。登場人物たちを通じて、そのリアルを描きたいと思っていました。
━━毎回、登場人物の変化の予兆がしたとき、その心の“火”を吸った妖怪「焔(ほむら)」が神々しい姿になるシーンが印象的でした。自分の違和感や葛藤が肯定されたようで。
外からは見えない内面的な変化をドラマチックに見せたいと考えていたとき、「焔」というキャラクターを思いつきました。
人の心の火を吸って、焔がその人本来の姿になる。それを強く美しく神々しい姿に描くことで、読み手にも「私ってこんなに素敵なんだ」と視覚的にわかってもらえるのでは、と。
意図していませんでしたが、焔という第三者が入ることで当事者同士の関係に風穴が空き、物語が進むというメリットもありました。
━━男女の恋愛に違和感を持つ女子高生や自分を好きになれず孤独を抱えた派遣社員の女性など、各話の登場人物や物語は、どのように作っていったのですか?
過去に感じた気持ちがヒントになっています。子育て中で取材に行く余裕がないので、家の中で「スカートが嫌だったな」「女性というだけでつらい思いをしたな」「空気が読めなくて孤独だったな」と、そういう気持ちをヒントに、想像で肉付けしてキャラクターを作り上げ、今の私ならどんな言葉をかけるだろう、と考えました。
━━第8話では、60代女性の婚活や恋愛、夫婦のすれ違い、熟年離婚なども描かれていますね。
経験したことのない年齢の登場人物たちも、恋愛に対する高揚感や臆病さは変わらないのでは、と考えて描きました。参考になったのは、海外映画で描かれる年上の方々のラブロマンスです。
日本映画では割烹着姿の清く正しいおばあちゃんとして描かれる年齢でも、海外の映画では現役世代と変わらないドラマを生きる人として描かれている。日本では、一定以上の年齢の女性の、とくに母親の恋愛はタブーとされますが、「恋愛したいならいつでも飛び込んでもいい」というメッセージを込めようと思いました。
━━育児中の女性には、ツルリンゴスターさんと同様、自分らしさと母親像の乖離に悩む人も多いですね。
そもそも子育てに向いている性格の人なんて、ほぼいないと思っています。子どもが3、4歳になるまでは多くの保護者が子ども優先の生活になり、自分を見失ってしまうのではないでしょうか。
でも、いなくなったように思える自分は、いつか絶対に取り戻せる。私は最近やっと「もともとの自分」と「母親としての自分」がうまく溶け合ってきた感じなんですよ。
━━すてきですね。どうすればその境地に至れますか?
日々反省だらけで境地に至っているとはとても言えないですけど、自分の時間と場所を意識して持つようにするのは、難しい状況もあると思いますがおすすめです。また、母親かどうかに限らず、人権についての学びがさまざまな側面において助けになると思います。
子育て中は親子の境界が不明瞭になりがちで、私も子どもをコントロールしようとしてしまうことはまだまだあります。でも、ときどき「自分と子どもは別の人間なのだ」と意識するだけで、子どもだけでなく自分らしさも守れる気がするんです。
映画や本から多様な母親像を学ぶのもいいと思います。自分の経験だけに頼ろうとすると、どうしても自分の母親や、従来の母親像が強く影響してしまいます。「子どもをほっといて海外行っちゃっていいの?」みたいなお母さん列伝も、元気が出ていいですよ。
━━書籍化は連載時の読者の声で実現したとか。
SNSのフォロワーさんたちによる書籍化を望む声で実現しました。フェミニズムやジェンダー、エイジズムなど難しいテーマでしたが、自分はこれを描くという意思が伝わる1冊になってうれしいです。連載時から、感想が届くたび描きたかったことが120%伝わっているのを感じています。
とくに「ここ2、3年の閉塞感に絶望していたけれど、本書を読んで一緒に踏ん張っていこうと思えた」と言ってもらえると、心底よかったなと思います。これからも、人権意識が大切だという思いを軸に、読者の皆さんと一緒に勉強していけたら。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
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