2015年に採択された持続可能な開発目標SDGs。2030年の未来を見据えて設計された目標に対し、現在の日本は“SDGs2.0時代”——環境整備が整い、サステナブルアクションのPDCAを回していくフェーズ——にあります。
このフェーズで重要なのは、先駆者から学ぶ視点と、具体的アクションへと落とし込む実践の場。この2つを実現する場として、Makaira Art&Design主催の ザ・ソーシャルグッドアカデミア が開校しました。
第2回目のテーマは「世界のソーシャルグッドの潮流とこれから」。ソーシャルグッドな情報を発信するウェブメディア『IDEAS FOR GOOD』編集長の加藤佑氏と『ELEMINIST』プロデューサー 兼 元編集長・深本南氏が講演しました。
「地球がやばい」を共通認識に、さまざまなソーシャルビジネスが生まれる一方で、「何がソーシャルグッドなのか」と論争が生まれているのも事実。混沌とする状況下で、私たち個人がどう社会課題に向き合うかが問われています。
加藤さんと深本さんは、ソーシャルグッドを推進するためには、世界の動向に目を向けることはもちろん、ビジネスに重要な個人的パッションが欠かせないと口を揃えます。世界と個人をつなぐ「メディア」の観点で二人が語ったソーシャルグッドの潮流をレポートします。
10歳で環境活動家を志し、大学時代にはアクティビストとして環境団体を立ち上げた深本さんは、「ずっと地球のことだけを考えてきたので、そんな私でも生きやすい時代がやっときた」と現社会の変革を好意的に捉えています。
まだエコについて大きな声で議論することが憚られていたとき、深本さんが人々をソーシャルグッドへ惹きつける入口として選んだのがファッションでした。「関心の低い話題にみんなが入りやすいものって何だろう?と考えての決断だった」といいます。
18年間ファッション業界で経験を積んだ後、『エシカル&ミニマルな暮らしと消費・サステナブルな生き方をガイドするメディア・ELEMINIST』を立ち上げました。
その際に、ファッション業界で培ったブランディングの成功法を、サステナビリティに置き換えて考えたといいます。
政治経済など時代の潮流を汲み取ったデザインが、職人の高度な技術により上質な作品として世に送り出されるファッション事業。ELEMINISTでは、政治経済・社会情勢に加えて人々の関心・知識レベルにもアンテナを張ることで「エシカル=難しい・オシャレじゃない・製品のクオリティが低い、といったイメージを払拭し、明るく楽しいイメージを新たに表現しよう」と試みました。
その経験から、これからソーシャルビジネスをおこす人に向けて具体的なアドバイスが2つ提言されます。
① 名前はゼロベースで作る
深本さんは、社会記号になりうる、かつドメインの重複がない造語である“ELEMINIST”をメディアの名前にしました。“Enjoy Lifestyle, Ethical and Minimal”の頭文字をとって造ったこの言葉。「私たちの理想的な暮らしをする人が、『私は、ELEMINISTです』と名乗れるような、社会記号として機能することを目指しました」
ゼロベースで名付けることで、ハッシュタグで自分達のサービスの広がりを可視化することも可能になったそうです。
② 消費者の「あこがれ」を意識する
続いて深本さんは、アメリカの訪問寄付で、訪問員が無地のポロシャツよりラコステのポロシャツを着用しているほうが寄付金が集まるとされるエピソードを紹介。「ブランド品を着ている人のようになりたい」という心理が働くことが理由だといい、「オシャレでかっこいいし、絶対に取り組んだ方が良い」と思ってもらうことの重要性を指摘します。
ELEMINISTでも、消費者の心理的動機づけを意識し、「(より社会に変化を起こしやすい立場にいる)中間所得層以上の人にオシャレだと認識してもらうように、サイトデザイン・ロゴ・フォントを選んだ」と深本さんは明かします。
幼少期から環境活動家を志した深本さんが「ようやく生きやすい時代になってきた」と語る世界の変化や展望を「IDEAS FOR GOOD」編集長の加藤さんは、“棒から円へ”というキーワードで語ります。
「直線的な“棒”と“円”は、一見正反対なもののように思えますが、円を“線の集まり”と見ることもできる」と加藤さん。
サステナビリティの観点から世界を眺めてみた時に、「多くの“棒”が集まり“円”となるような変化がさまざまなところで現れてきている気がするんです」と分析します。
資源が廃棄へと一方通行を辿っていたリニアエコノミーは、再資源化によって資源が循環していくサーキュラーエコノミーへ。際限なく進歩を求める無限成長経済から、限りある地球資源の中で最適な状態を追求するドーナツ型経済へ。「先進国ではすでに幸福度は最大に達している」という前提にたった新しい経済の形です。
この“棒から円へ”という変化の現れは、経済以外でも見られます。
その一つが、建築物。東京スカイツリーやあべのハルカスの完成時、その高さが話題になったように、“地上からどれだけ離れられるか”という試みは、そのまま技術力の高さを象徴するものとしてもてはやされてきました。社名を掲げた高層ビルたちは、会社の権威性の表れのようにも思われます。
他方で、テクノロジー分野で他社を牽引するApple社は、2017年に本社機能を、再生エネルギーを採用しているたった4階しかないドーナツ型の建物『Apple Park』内へと移転。
「同じ土地からより大きな収益を生むには、縦に住んだ方が絶対効率がいいですよね。ですが、上へと伸びれば伸びるほど、エレベーターで人を運ぶ必要があるのでエネルギーがかかります。当然、人が地面へ触れる面積も減ります。本来、人の営みは地上で行われていました。ですからそこから離れれば離れるほど、環境負荷が増大するんです」と、加藤さん。
“未来の当たり前”をデザインしてきたAppleが、建築物としても、エネルギーとの向き合い方としても“地に足がついた”選択を行ったことは、今後のソーシャルグッドの方向性に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
また、除雪作業を道路優先から歩道優先に変更した結果、歩道での怪我人が減り、行政が負担していた治療コストが削減されたというスウェーデンの事例も紹介されました。車で移動する割合が多い男性と、徒歩や自転車で移動する割合が多い女性とのジェンダーギャップを解消するために始まったこの政策。燃料を使いながら目的地まで直線的に移動する自動車ではなく、街中を曲線的に徒歩や自転車で移動する歩行者に寄り添ったことで、経済面でも好影響が生まれたといいます。
加藤さんから、私たちがソーシャルグッドの潮流を捉える鍵として提示されたのが、哲学者・山内得立が『ロゴスとレンマ』で提唱した概念。二元論に基づき、線形的に事物を捉える西洋的な概念のロゴスと、直感により全体を捉え、多元論に基づく東洋的な概念のレンマ。
「今起きている危機は西洋的二元論の危機であって、世界はもっと多元的。楽観的な立場にあえて立つと、二元論の世界では、みんなが想像する未来は1つだけでも、多元的に考えれば、未来はもっとたくさんあってもいいじゃないかと思える」
サステナビリティの未来には、“今ある世界を多元的アプローチで見つめ直す”ことが必要なのでは、と加藤さんは提唱します。
深本さんもまた、地球軸でビジネスを考える際の目線として、改めて、“THINK GLOBALLY, ACT LOCALLY”の重要性を語ります。「SDGsやサーキュラーエコノミーなどの西洋で生まれた規範に当てはめて地球全部を考えることに、無理が生じているのではないか」と指摘します。
世界共通の社会課題に焦点を当てながら、東洋的な考えも取り入れてソーシャルグッドを設計する重要性を説きました。
さらに加藤さんは、次に訪れるであろう潮流を“ProからReの時代へ”と表現。
「Proは、ProjectやProdactなど、ビジネス領域でよく使われる言葉。前へ・先へ、という意味です。一方のReは、再び・振り返る、という意味を持ちます。関係性(Relation)に着目したり、価値を再び見直し(Respect)たり。“Reの力”というのがキーワードになっていくのではないでしょうか」と語り、今ある潮流のその先へ、すでに意識を向けている姿勢をのぞかせました。
さて、二人の共通点は「デジタルメディア」を使ってソーシャルグッドについて問題提起をしている点。最後に、メディアを通じてソーシャルグッドを提示していくための展望や思いを語り合いました。
キーワードは「土」。
「わかりやすさ」や「速さ」が重視されるデジタルメディア事業を運営しながらより身体的直感を大切にするレンマの概念で世界を見つめ直している加藤さんは「ソーシャルグッド事業は、女性的なものや環境など、外部化されてきたものの価値を捉え直していく作業」と表現。この捉え直しの作業において、アート・文化・土にまつわる営みにソーシャルグッドのヒントがあるのでは、と関心を寄せているといいます。
深本さんも、土を通して自然に直接向き合っている方が、ソーシャルグッドの潮流を体感的に読みやすいいと感じているといいます。そして何と深本さん自身も、現在はデジタルメディア事業から、森の再生作業へと活動の軸を移しています。
「言語化から非言語化へ、デジタルから土へ……私も変わってきています。一方通行に伝えていくことは簡単ですけど、本当に伝わっているか疑問でした。日本でソーシャルグッドを普及させるには、伝えるだけで終わりではなくアクションの入口まで伴走するくらいが必要だと感じています」
言葉から身体を伴う行動へと、伝播の手段をシフトしている深本さん。ゴミ拾いのイベントや鹿肉を食べるワークショップを開催し、「まずは楽しんでもらって、一歩踏み込みたい人は社会課題の解決に繋がっていることを学んでくれたら」という姿勢でソーシャルグッドに取り組んでいます。
加藤さんも、身体に根差した知である“身体知”の価値の高まりに可能性を見出し、それを体現するようなワークショップを会社でも実施したといいます。
「日本人の名前には必ずと言っていいほど自然が含まれていますよね。僕の場合は、草冠。自分の名前にある花や枯れ葉などを実際の自然の中で見つけ出して、それを材料にして絵を描く。それをみんなで繋ぎ合わせてさらに大きな絵を描く、というワークショップを企画しました」
デジタルメディアを運営する会社が、このような取り組みを行うことに意外性を感じる人もいるかもしれません。しかし、テキストを主軸にソーシャルグッドの知識やコミュニティを育んできた加藤さんだからこそ、身体で直感的に感じることの重要性を深く感じているのかもしれません。
深本さんのメディア事業から学んだソーシャルグッドな潮流の起こし方。そして、二人が分析する世界の潮流。そこから見えてきた、多元的な世界の捉え方は、私たち個人の眼差しにも変化を要することを教えてくれました。
現実に生まれている様々な変化のきざしを、加藤さんが着目した“棒から円へ”になぞらえ、スケールを個人・社会・地球で循環させながらソーシャルグッドを考えることで、全方位的に優しいアクションへと繋がっていくはずです。
執筆=野里のどか
編集=黒木あや・前田朱莉亜(ハフポスト日本版)
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アップル社の「円形社屋」が教えてくれることは? ソーシャルグッドの世界的潮流に迫る【第2回】