炎上からも這い上がるハートを持つ鈴木が、スキャンダル当時の心境、AKB48を卒業した本当の理由、スキャンダルよりもファン離れを起こした失敗、そして芸能にこだわる意外なわけまで赤裸々に明かした。【徳重龍徳/グラビア評論家】
――グラビアを本格的に始めて約1年。こんなに早く写真集を出せると考えていました?
考えてなかったです。もともとアイドルの写真集を見るのが好きで、自分の写真集を出せて嬉しいですし、なんだか不思議です。
――『だまされてみる?』とのタイトルも意味深です。
タイトルは自分で考えました。いくつか候補はあったんですけど、なんかインパクトがないなと思って、その中で一番インパクトのあるものにしました。
――今回の写真集を撮影するにあたり、誰かの作品を参考にしたりはありますか。
AKB48の方の写真集は見てました。大島優子さんの写真集とか。大島さんの写真集のように、私も今回手ブラもしました。初めてだったので大丈夫かなってちょっと不安でしたし、恥ずかしかったです。
――写真集ではすっぴんも披露していますね。
今までどこにも出したことがなかったんですが、せっかくの写真集なので、自分からやりたいと言いました。綺麗に撮ってくださって、すっぴんでも盛れているのでお気に入りです。表紙の花風呂も私がアイディアを出しました。事前にいろんな人の写真集を見て、かわいいなと思う写真をピックアップして参考にさせてもらいました。
――雑誌のグラビアで引っ張りだこですが、AKB48時代はグラビアはしていませんでした。
AKB48の頃からグラビアには興味はありました。AKB48に入る前には雑誌に載るのはすごく憧れでした。AKB48時代もスタッフさんに「グラビアをやりたい」と伝えていたんですが、私のいたチーム8は当時水着NGだったんです。水着のMVにも憧れていたので、本当はやりたかった。
――2021年9月27日にAKB48の卒業公演を行い、1か月後には「FLASH」でグラビアデビューしました。最初から転身は考えていた?
グラビアのオファーをいただいたので、自分で挑戦すると決めました。でも話をいただくまでは卒業後にどうするかは考えていなくて、一回リセットするために芸能界から離れようとも思ってました。就職して、普通のOLにもなってみたくて。でも、芸能で売れたいという思いもあったので、葛藤してました。
――鈴木さんのキャリアを振り返ってみたいんですが、そもそも芸能界に興味はあったんですか?
お母さんが娘に芸能人になってほしいと思っていて、初めてオーディションを受けたのは6歳の時でした。自分から受けたのは中学生になってからの雑誌「Popteen」のオーディションです。その後は「Pococha」で配信をしたり、撮影会のモデルもしました。その頃に、Twitterでスカウトされて、そこで地下アイドル「81moment」のメンバーになりました。
――その後にAKB48のオーディションを受けます。どんな自己アピールをしたんですか。
「今19歳なので、人生全てAKBに捧げます」って言いました。その時は10年いたいですって言ってましたし、AKB48に在籍中もずっと言ってました。だから、こうなるとは思わなかったです。
――峯岸みなみさんにはデビュー直後のトークイベントで見抜かれてたみたいですね。
「AKB48に10年いたい」と言ったら「絶対、矢作萌夏のパターン。すぐ辞めそう」(※編集注・矢作は18年12月にチームKに昇格するも、19年6月に文春が交際報道、同年10月にグループ卒業を発表した)って言われてました。あと「港区には、あまり行かないこと」とも言われました。
――峯岸さん、預言者ですね(笑)。AKB48に加入できて、うれしかったことは?
Twitterでエゴサをすると、反応の量が地下アイドル時代と違いました。それまで、私ってアンチは一人もいなかったんですよ。でもAKB48に受かった瞬間に地下アイドル出身だからとアンチもいっぱいできて、でもそれも嬉しかったです。そのときは売れたかったので「うわ、目立ってる」って感動の方が大きかった。
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