日中国交正常化を受けて1972年10月、上野動物園に「カンカン」と「ランラン」という2頭のパンダが贈られた。空前のパンダブームとなる中、2カ月後に1本のアニメ映画が公開された。それが、後にスタジオジブリを立ち上げる故・高畑勲さんと宮崎駿さんがタッグを組んだ『パンダコパンダ』だ。劇場公開50年を記念して9月23日から2週間、全国でリバイバル上映される。
両親がいない小学生の少女・ミミ子が住む家に、パンダの親子がやって来るという心温まるストーリー。大きな父親パンダは「パパンダ」。子どものパンダは「パンちゃん」と作中で呼ばれている。
このパパンダ、よく見るとあるキャラクターに似ていることに気づく。スタジオジブリの名作『となりのトトロ』(1988年)に出てくる生き物「大トトロ」だ。
徳間アニメ絵本の書影を並べてみると、丸い目玉と大きな口、ずんぐりむっくりとした体型がそっくりだ。一体、なぜなのか。高畑さんと宮崎さんの言葉から紐解いてみよう。
『幻の「長くつ下のピッピ」』(岩波書店)によると、1971年、高畑さんは同僚の宮崎さんと小田部羊一さんを誘って、長年働いた東映動画を退社。3人そろってAプロダクション(後のシンエイ動画)に移籍した。
スウェーデンの児童文学『長くつ下のピッピ』をTVアニメ化するためだった。キャラクターデザインやイメージボードの制作が進められたが、原作者から許諾が降りずに頓挫。場面設計を担当するはずだった宮崎さんはスウェーデンでロケハンしたものの、原作者には会えず終いだった。
演出担当の高畑さんは「僕はあまりクリエイティブな人間じゃないらしくて、作品が作れないということよりは、作れないことによって東映動画の仲間たちに申し訳が立たないことの方がつらかったんです」と、前述の本で当時の苦しい胸の内を明かしている。
だが、『長くつ下のピッピ』は、思わぬ副産物を生むことになる。それこそが『パンダコパンダ』だった。
日本ペンクラブが編集した単行本『読むパンダ』(白水社)に寄稿した「『パンダコパンダ』――宮崎駿と私の仕事の原点」の中で、高畑さんは制作経緯を明かしている。それは次のようなものだった。
パンダが以前から好きだった高畑さんが1971年夏ごろ、宮崎さんと共に立案するも「こんなもの当たるわけはない」と一旦はボツになっていた。しかし、秋のパンダ来日が決まって企画が復活。「理由はなんであれ、こちらは大喜び、短期間でがむしゃらに制作しました」と思い返している。こちらの作品も演出は高畑さん。原案・脚本・画面設定を宮崎さんが担当した。
『幻の「長くつ下のピッピ」』によると、主人公が元気よく一人暮らしをしていたり、三つ編みでそばかすのある少女だったりする設定はピッピから流用したという。こうして12月17日封切りの「東宝チャンピオン祭り」の中の1作品として33分の中編アニメ『パンダコパンダ』が上映された。
当時は『巨人の星』などのテンポが速いスポ根(スポーツ根性)ものやロボットアニメが流行っており、社内の期待は高くなかった。高畑さんが恐る恐る映画館に足を運ぶと、子どもたちは集中して見入って笑っていた。「パンダ・パパンダ・コパンダ!」と主題歌を歌っていたという。好評を受けて続編の『パンダコパンダ雨ふりサーカス』が翌年3月に公開されている。
「『パンダコパンダ』は、それ以後の私たちの仕事の原点になりました」と高畑さんは結んでいる。高畑さんと宮崎さんが1985年に創設したスタジオジブリの原点となったのだ。
『パンダコパンダ』は、高畑さんらが『ピッピ』でかなえられなかった思いを結実させた作品だった。
彼らは、子どもの日常生活に「お客さま」がやってくることで、ワクワクさせる作品を作りたかった。『読むパンダ』から高畑さんの思いを抜粋しよう。
私たちの野心・思いとは、一口で言えば、子どもの心をパァーっと解放する映画をつくりたい。『長靴下のピッピ』を原作にすればそれが可能ではないか、ということでした。子どもの日常生活の中に突然「お客さま」がやってくる。「お客さま」は世界一力持ちの女の子でも、泥棒さんでも動物でも、あるいはお化けでもいい。それで生活が一変し、毎日がわくわくする日々になる。
高畑さんは『パンダコパンダ』で描かれる素晴らしい「お客さま」が、父親パンダの「パパンダ」だったと指摘。パパンダもトトロも、宮崎さんが長年温めていた「所沢のお化け」という構想が元になっていたと続けている。
『パンダコパンダ』の企画がほんとうの企画になったのは、もちろん「パパンダ」を宮崎駿がドーンと持ち込んだからです。あのパパンダは、見ただけですぐにトトロを思い出します。じつにすばらしい「お客さま」です。彼がずっとあたためていた「所沢のお化け」がパパンダになり、またトトロになった。
宮崎さん自身も『ロマンアルバム となりのトトロ』(徳間書店)に掲載されたインタビューの中で、『パンダコパンダ』と『となりのトトロ』の違いについて「あんまり違ってないんですよね、自分の意識の中では」と答えている。
宮崎さんは、1960年代後半に埼玉県所沢市に家族で引っ越してきた。自宅の隣の山にある雑木林を散策中に「誰がいるような」気配を感じることがあった。そこで、「となりにいるおばけ」という話を高畑さんにしたところ、「面白い」と言われたことがあった。それが後の『となりのトトロ』につながった。『トトロの生まれたところ』(岩波書店)のインタビューでの宮崎さんの回想だ。
この本の中で、トトロとパパンダのキャラクターの共通点について、以下のように語っていた。
『パンダコパンダ』という、『となりのトトロ』の前に高畑監督と作った作品があるんです。そのときにパンダって何かと言ったら、何もしない方がいいの。ドーンと立っているだけで、何もしないでニーッと言っているだけ。それで子どもたちがものすごく反応してくれるんですよ。気を引くようなことを一切しないで、「竹やぶがいい」って言っているだけで、子どもたちがワーっと騒ぐのです。
うちのチビ(息子たち)も、いちいち喜んで親の顔を見ていたからね。「映画は続いているんだから、ちゃんと見ていろ」って言っても(笑)。どうしてかはわからなかったんですけど、「これはとんでもない発見をぼくらはしたのかもしれない」と思いました。
大愚ですよね。わかりやすい形で何かを表現しているわけではないけど、大きな存在で、でも悪意のあるものではない。そういうものを作らないといけなくなった、という感じでした。
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トトロそっくりなパンダが登場する理由は? ジブリの原点『パンダコパンダ』が50周年でリバイバル上映