2021年、23歳のペイジ・ウェストさんは、大学卒業後の最初の職場で輸送アナリストとして働いていた。その時点ですでに、彼女は自分の大学での専攻とキャリア選びを誤ったと感じていた。
「多くを求められ締め切りもたくさんある、かなりストレスフルな職場だった。そのような仕事に熱中する人もいたけど、私はそうじゃなかった」
睡眠時間は減り、自分に向いてないと感じる仕事でのストレスで、抜け毛にも苦しんでいた。
そして、吐き気と共に出勤するのが日常となった。仕事はしていたが、息抜きのための時間を確保するため、余分な仕事や昇進を後押しする資格取得の機会も断っていた。
「会社から5年後の自分像について聞かれた時、何も答えられなかった。その時、どうにかしないと…と思いました」とウェストさんは話す。
そこで彼女は、要求される以上の仕事をしないと決めた。それこそが、今SNSを中心に注目されている新しい働き方「Quiet Quitting(静かな退職)」だ。
「Quiet Quitting」は日本語に訳すと「静かに辞める」という意味。それが職場なら「静かな退職」となるわけだが、実際に仕事を辞めるわけではない。職場で給料を得るために求められる仕事をこなすが、それ以上頑張らないことだ。
ウェストさんはそのスタイルで勤務をしながら、今後のためにお金を貯めたという。
「私にとってQuiet Quittingは実際の行動というより、考え方の転換。仕事に全てを捧げなければならないという考えを捨てて、要求された分の仕事をする。そして残りは他のことに向けるのです」
TikTokやYouTubeなどでは、多くの人はこの言葉をキャリアのために常に一生懸命仕事をしなくてはいけない、という「ハッスル・カルチャー(仕事に全力投球で頑張らなくてはいけない、という文化)」に反発するために使っている。
TikTokerのzkchillinさんは、「任された仕事はこなすが、『仕事が人生』というハッスル文化にはもう縛られない、ということ」と説明する。
「だって実際、『仕事が人生』というのは現実ではないんだから」
「コースティング(惰行)」とも呼ばれるこの新たな潮流の概念は、実は新しいものではない。しかし新型コロナのパンデミックは、明らかにその傾向を加速させた。
米調査会社ギャラップがアメリカの2万7000人を対象に行った調査では、自分の仕事に熱中していると答えた人はわずか36%で、もう心が離れていると答えた人は2020年から増加の一途を辿っている。
キャリアコーチのブライアン・クリーリー氏は、過去1年半に自らを「Quiet Quitter(Quiet Quitting中の人)」と自認する人の数は例年より多かったと話す。理由は、パンデミックによる解雇や感染状況によって変わる出社規制に疲れたためだという。また、給料の伸び悩みが一因である可能性も指摘した。
「インフレ率が8〜9%なのに、昇給率が2〜3%だと、『なんでこんなに一生懸命働いてるんだろう?』と気がつくのです」
リアル・ユー・リーダーシップの創設者であるナディア・デ・アラ氏は、これまで職場でQuiet Quittingをしてきたという。彼女にとってそれは、本当に自分が求めているものを見つけるまでの時間稼ぎだった。
「基本的に、Quiet Quittingは実際に辞めてより良い環境に移るまでのファーストステップです」
実践した背景には、燃え尽き症候群、キャリアの停滞、有害な職場の文化、多様性や公平性、包括性を推進しない上層部への不満など、たくさんの理由があったという。
「Quiet Quittingは少し省エネモードで過ごしながら給料をもらい、自分の価値観を再考し、自分が求めるライフスタイルに最適な仕事を見極める素晴らしい戦略だと思います」
明確にしておくが、Quiet Quitterはあくまで職務を全うすることを前提にしていて、完全に仕事を放棄することではない。
「Quiet Quitterは『何もしない』と誤解されやすい」とクリーリー氏は語る。「Quiet Quittingの本当の意味は、自分の職務内容をこなし、それ以上何もしないこと。追加プロジェクトを受け入れず、就業時間以降の仕事もしない。正直、これが職場の健全なバランスだと思います」
ウェストさんは、Quiet Quittingをしている間、他のチームメンバーに負担をかけないように気をつけたという。「『ごめん、私5時で上がるから、あとは1人で頑張って』とは言いたくなかった」と話す。
その分、自分が人の分まで働く気がないためプロジェクトにもっと人が必要だと感じる際は、積極的に要請したという。
皮肉にも、ウェストさんはQuiet Quittingをしている間、上司からの評価が上がったという。「おそらく、ストレスや不安が減ったことが成果につながったんでしょう」と語る。
またデ・アラ氏は、Quiet Quitting中、自分がやっている仕事を認めてあげることも大切だという。
「自分の仕事を誇らしげに語ってください。もしQuiet Quitterではなくても、自己アピールは関係者に自分の役割を知ってもらい、あなたの価値に疑問を持たれないために重要です」
Quiet Quittingは、他の選択肢を見出せないような人たちの間でも見られる動きだ。
フルネームを伏せてハフポストUS版の取材に答えた東京在住のサクラさんは、アメリカのテック企業で働いている。彼女はテック業界におけるQuiet Quittingについて、YouTubeに動画を投稿した。
「誰も好きでQuiet Quittingを選択しているわけじゃないと思う。どちらかというと、①報われない職場で働くのをやめるため、②働き過ぎから自分を守るため、もしくは③他の選択肢を探すために経済的安定を保つための最終手段だと考えていると思います」とサクラさんは話す。
「私にとっては明らかに最後の手段でした。惰行期間を経て、今は自分のキャリア目標に合った、ワークライフバランスも良い仕事に就けてずっとハッピーです」
Quiet Quittingは不満の感情を緩和するのに役立つが、実際に退職してより良い仕事に就く時の解放感には敵わないだろう。
ウェストさんはQuiet Quittingを止め、実際に会社を退職した後、一夜で身体的なストレスの変化に気づいたという。彼女は現在、フリーランスでマーケティングをしたり、YouTubeで自分と同じ境遇にある社会人へのアドバイス動画を投稿したりしている。
「本当に楽になったのは、仕事を退職した時。そこでやっと、本当の自分を取り戻したと感じた」と話す。「抜け毛も止まり、再び生えてきました。そういった変化があったのは、本当に退職してからでした」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。
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