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SNSで広がる精子提供のリスク。50人もの子どもを持つドナーが個人間提供に「反対」する理由

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SNSなどのインターネット上で、精子の個人間取引が広がっている。性感染症や経歴詐称などのリスクと隣合わせでもなお個人間提供が常態化している背景には、国内での医療機関によるAID(非配偶者間人工授精)の不足といった課題がある。

2021年12月には、SNSで知り合った精子ドナーの男性が経歴などを偽ったとして、出産に至った女性が男性に対し、3億円超の損害賠償を求めた訴訟が波紋を呼んだ。

国内初の民間精子バンク「みらい生命研究所」の岡田弘所長は「本来であれば精子提供は医療行為」と、個人間取引に警鐘を鳴らす。安全が保障されていない提供精子による感染症のリスクや、個人間のトラブルを念頭に「安くて手軽なものに安易に飛びつかず、子の福祉を優先してほしい」と訴える。

一方で、子を望む人々に対して、医療機関を介した精子提供の仕組みやその対象範囲、子を守る権利が追いついていない現状もあり、一部にはSNSに頼らざる得ない状況に直面する人も少なくないだろう。

個人間精子提供のリスク、課題、目指すべき精子提供の在り方について、ドナー当事者や専門家の声から考えたい。

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なぜ、どんな思いで精子提供を続けるのか

10年以上にわたり、個人間提供のドナーを続けてきた西園寺優さん(仮名、30代)。これまで100人以上に精子を提供し、把握する限りで50人もの子どもを持つ。初めて精子提供を行ったのは12年ほど前、知人に頼まれ、精液を針のない注射器に入れて女性の膣内に注入する「シリンジ法」で提供した。

「もうだいぶ前ですので当時のことははっきりとは覚えていませんが、あまり恐怖心はありませんでした。やましいことではないので大丈夫だろうと。このあたりの感覚は多くの方々と異なるのかもしれません」

その後も知人を介し、年に1、2回の頻度で精子提供を続けた。潜在的な需要を感じた西園寺さんは、mixiで精子提供のコミュニティを作り、現在はTwitterや自身が運営する「精子提供.jp」で提供希望を受け付けている。

サイトでは卒業した東京工業大、東京大大学院の在籍証明書、見た目や趣味などのパーソナリティーとともに、直近の精液検査や性病検査の結果を公開している。「医療現場の意見を参考にしつつ国民主導で在り方を決めるべき」「出自を知る権利は保証されるべき」など精子提供に関する意見を表明した上で、生まれた子が成人後に希望するなら会う考えを明らかにしている。

西園寺さんには妻と子どもがいて、妻は精子提供を了承しているという。多いときには一日に複数の希望者から連絡を受け、自営の仕事を中断して相談に乗ることもあるという。当人のメリットは想像しにくいが、どんな思いで精子提供を続けているのか。意外にも、答えはあっさりとしていた。

「とても崇高な思いを持っているというよりは、ボランティアに近い感覚です。喜んでくださる方がいればモチベーションになるし、やるからには真剣に取り組もうと。ボランティアを続ける方たちもきっと同じような気持ちなのではないでしょうか。逆に思い入れが強すぎると『自分の優秀な遺伝子を残したい』などと、変な方向に向かうリスクもあると思うんです」

精子提供の流れはこうだ。希望者(クライアント)から相談のメールを受け取ると、対面かオンラインで面談を行う。面談後に相手が希望すれば、シリンジ法、タイミング法、宅配の3パターンから提供方法を選んでもらう。

提供方法について説明を加えておきたい。シリンジ法は待ち合わせ場所近くのレンタルルームで採取した精子を専用容器に入れ、直接手渡すもの。宅配の場合は、自宅で採取した精子を容器に入れ、20〜25℃に保った状態で送る。タイミング法は直接の性交渉だ。性交渉に抵抗感を抱く希望者もいるため、西園寺さんから提供方法を指定することはないという。

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「精子提供を希望される方の割合は、レズビアンカップルなどの性的マイノリティー、選択的シングルマザーの方、不妊夫婦の方がそれぞれ1:1:1といった具合です。最近は特に性的マイノリティーやシングルマザーの方からの依頼が増えていますね。社会的な認知度が高まったのと、家族の形の変化、女性の社会進出などが影響しているのだと思います」

「依頼が来なくなったら辞める時」個人ドナーが個人間精子提供に“反対”する理由

精子提供を巡る国内の動きは近年、変化している。

2019年、デンマークの世界最大の精子バンク「クリオス・インターナショナル」が日本窓口を開設。2021年4月には、国内初の民間精子バンク「みらい生命研究所」が設立された。

「みらい生命研究所」「みらい生命研究所」

その一方で、第三者の精子を使ったAIDを長年行ってきた慶応大病院が2018年、提供者の減少を理由に新規患者の受け入れを中止。日本産科婦人科学会にAID実施機関として登録しているのは全国で12の医療施設(2022年5月末時点)にとどまり、医療機関のドナー不足や高額な費用が足かせとなり、SNSを介した個人間の精子提供に行き着くケースは決して少なくないようだ。

また日本では、産科婦人科学会の規定により、 医療機関でのAIDの適用は無精子症の夫婦のみ。対象から漏れる選択的シングルマザーや性的マイノリティーのカップルにとって、個人間提供が「最後の砦」となっている側面もある。

しかし、ドナーの経歴詐称や感染症のリスクなど危険も大きく、西園寺さん自身も「段階的に廃止すべき」との立場だ。

「個人間提供はドナーと直接話し、パーソナリティーを知れるというメリットはあるものの、デメリットはそれと裏返しで、本当かどうかの裏付けが取れないこと。モラルの低いドナーも多く、会ったことによってトラブルが起きるケースも少なくないでしょう。私は定期的に性病検査を行っていますが、ドナーによっては感染症のリスクもあります」

アメリカではドナーに対し養育費が請求される事例もあり、西園寺さん自身がトラブルに巻き込まれる可能性もないとは言えない。また、個人間提供に「反対」の立場をとっているにも関わらず、精子提供を続けているのは矛盾しているようにも思えるが、西園寺さんはこのように説明した。

「医療機関が提携した精子バンクが国内で広がれば、個人間提供は要らなくなると思います。結局、十分な供給があれば私のところに依頼は来ないはずなんです。でも現実はそうではなく、困っている人たちが多い。全く依頼が来なくなったら、僕が提供を辞める時だと思っています」

安全性が認められたサイトはわずか0.6%。専門家が語る個人間取引の危険性

《イケメン・高学歴・高収入の精子提供者を選別》《ぱっちり二重、鼻高め》《50人以上に精子提供をしてきました》……

Twitterで「精子提供」と検索すると、数え切れないほどの多くのアカウントが存在しているのが分かる。個人で精子提供を行っていると見られるものから、提供者とのマッチングサービスを名乗るものまで、その形態は様々だ。不妊の夫婦に限らず、性的マイノリティーのカップルや独身女性に提供しているアカウントも多く、海外の精子バンクを通じて提供を受けるより、金銭的な負担などは格段に小さい。

だが、手軽さにはリスクもつきまとう。

国内初の民間精子バンク「みらい生命研究所」の岡田弘所長=獨協医科大学特任教授=は昨年、SNS上での精子取引の実態を調査し、論文にまとめた。

取材に応じる「みらい生命研究所」の岡田弘所長取材に応じる「みらい生命研究所」の岡田弘所長

インターネットの検索サイトで「精子提供者」「精子バンク」「精子ボランティア」のキーワードを打ち込むと、140のWEBサイトがヒットした。ところが、その140のWEBサイトについて、責任者名や提供者・被提供者間の契約書の有無、感染症・精液検査の有無、遺伝検査や家族歴への言及などをチェックしていくと、最終的に岡田所長らの基準をクリアしたサイトはわずか5つしか残らなかった。つまり、96.4%のサイトが安全ではないと判断されたのだ。

「慶応大がAIDの新規受け入れ停止を発表してから、この5年くらいの間にSNS上での精子提供が盛んに行われるようになりました。しかし、手渡された精液に感染症のリスクがあるかもしれません。その精子が本当に提供者のものなのかどうか確かめる術もありません。実際に子どもが生まれてから、日本人の精子ではなかったことがわかりトラブルになったケースも確認されています。AIDを希望する方が一定数いる中で、そうしたトラブルに巻き込まれてほしくないのです」

研究所を設立した背景にあるのは、SNSでの個人間取引への危機感だ。本来ならば、AIDは日本産科婦人科学会に登録した国内12施設のみで認められている。しかし、こうした医療機関を介さない個人間精子提供は、新型コロナウイルスの蔓延によるドナー数の減少や病院との往来自粛の影響で、さらに増えている可能性が高いという。

「精子提供は医療行為」所長が見据える安全な精子提供の未来

同研究所は、第三者から提供された精子に様々な検査をし、独自の安全基準を満たすものを凍結保存して、AIDを実施する医療機関へと届けることを目的に設立された。日産婦の登録施設で提供を希望する男性不妊の夫婦に対し、研究所から医療機関へと精子を提供し、その医療機関で人工授精する。早ければ7月中にも医療機関への供給を開始する予定だ。

現時点でドナーは医者を中心とした医療関係者約20人に限られているが、最終的には一般の人からもドナーを募り、年間登録人数を100人ほどまで増やす予定だ。募集を呼びかけていないにも関わらず、すでに全国各地のドナー希望者から問い合わせが相次いでいるという。

現在、第三者の精子使用が例外的に認められているのは人工授精のみ。体外受精は法整備が整うまで自粛が求められている状況だが、法整備は進んでいない。

「将来的に体外受精まで範囲が広がったとしても、この研究所のみで日本中の治療をカバーできるはずです。検査費などは当研究所で負担するため、精子提供事業自体は完全に不採算です。けれども、ドナーが増えていって供給不足が解消されれば、精子提供を望む夫婦が負担する費用も徐々に抑えることができるでしょう」

ただし、ドナーを申し出た人の中でも実際に提供者となれるのは、わずか3割程度に絞られるという。研究所ではドナーとしての適性があるか否かを面談で見極めた上、感染症や遺伝性疾患の有無のほか、精子の機能性も検査する。本人に問題がなくとも、検査により父や兄弟など二親等以内の親族に遺伝的な疾患があった場合は、ドナーになることはできない。

また、実質的なガイドラインである日本産科婦人科学会の会告に照らし合わせ、ドナーひとりにつき、提供できる精子は10件まで。出生時の管理ができないため、過去に精子提供を行ったことのある男性はドナー登録できない。容姿や学歴でドナーを選ぶことはできず、いわゆる“デザイナーベビー”(受精卵の遺伝子操作などにより、親の望む外見・知力・体力などを与えられた子ども)が起こりうるリスクも回避している。

「本来であれば、精子提供は医療行為なのです。ドナーひとりが何十人もの人々に精子を提供したり、ビジネスとして取り引きしたりすることは、ガイドラインから逸脱した行為です。研究所を稼働させることにより、カジュアルに取り引きされている現状から、本来あるべき医療者の手による治療へと戻していきたいと思っています。安くて手軽なものに安易に飛びつかず、子の福祉を優先してほしい。感染症や経歴詐称によって一番リスクを被るのは、生まれてくる子どもたちなのですから」

「出自を知る権利」の問題も

個人間精子提供の問題をめぐっては、日本の法律では子どもの「血縁上の親を知る権利(出自を知る権利)」が保障されていない。

「みらい生命研究所」では、提供者は自身の情報開示については3段階で選択できる仕組みになっているという。

第三者の精子や卵子を使う生殖補助医療のルールの法制化をめぐっては、超党派の議連が出自を知る権利の保障について盛り込んだ法案の骨子案をまとめたが、今国会での法案提出は見送りになった。骨子案は、独立行政法人が提供者の氏名や生年月日、マイナンバーなどの情報を100年間保存し、成人した子どもが提供者の情報開示を請求できるなどの内容が盛り込まれていた。だが、開示するかどうかは提供者の意思に委ねられ、子どもの権利が保障されていないとして、当事者らから批判が出ていた。

生殖医療を巡る社会の議論を見ていると、生まれてくる子どもたちの視点がいさかか欠けているようにも思える。生殖医療を行う時点での「当事者」は、子を望む夫婦であり、医師や提供者だろう。しかし、一番の当事者は望むと望まざるに関わらず、生まれてきた子どもたちではないだろうか。

個人間提供の規制や出自を知る権利を保障する法整備停滞している現状で、不安定な立場に追いやられるのもまた、子どもたちだ。子を望む夫婦や提供者の権利や利益にとどまらず、精子提供によって生まれてきた子どもにとっての「最善」を考えていく必要がある。

子を望む人々がその「最善」の選択をできるためにも、医療機関と連携した精子バンクの広がりや、実情に応じた対象者の拡大の検討は喫緊の課題だろう。

(執筆・取材:荘司結有、編集:生田綾

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