子供を虐待死させる痛ましい事件が、連日のようにニュースで報じられている。
警察庁が2月に発表した犯罪情勢統計(暫定値)によると、2021年に児童虐待の疑いで児童相談所に通告された18歳未満の子供は10万8050人で、2010年以降増加し続けている。内訳をみると、子供の自尊心を傷つける暴言や脅すなどの「心理的虐待」が8万299人で最も多く、暴力行為による「身体的虐待」が1万9185人で続く。児童虐待の検挙件数も昨年は過去最多の2170件だった。
児童相談所に通告件数が増えているのは、複合的な要因があると言われている。虐待に関しての危機意識が高まり、夫婦間の暴力の現場に駆けつけた警察が子どもの前で行われる「面前DV」を心理的虐待として児相に連絡するケースが増えているという。
また、東京都目黒区で起きた「船戸結愛ちゃん虐待死」など凄惨な事件が大きく報じられた後は、近隣住民がより敏感になり通報が増える傾向がある。10万人以上の子供たちが虐待の疑いで児童相談所に通告されたという事実を深刻に受け止めなければいけない。
育児の悩みやエピソードを聞き知る機会は多い。だが、双子や三つ子を育てる「多胎育児」について、私たちは想像力を張り巡らせることがあるだろうか。日本の分娩件数に占める多胎児の割合は1%前後で推移している。
日本多胎支援協会の調査によると、多胎家庭では虐待死の発生頻度が単胎家庭に比べ、2.5~4倍以上にもなるという。大きな原因が、重い育児負担だ。多胎児の母親たちは、「生後3カ月間は記憶がない」と口をそろえる。双子、三つ子が昼夜を問わず泣き続けるため、母親の1日の睡眠時間は1~2時間の日々が続くことが珍しくないという。
虐待死事件が突きつけた現実
同協会の天羽千恵子理事は3人の子供の母親で、双子の女児を31年前に出産した。
次のように指摘する。
「単胎児と多胎児の子育ては全く違います。双子の授乳、おむつ替え、寝るタイミングはそれぞれで、自分の睡眠、食事もままならない。一生懸命に子供たちに向き合おうとして手を抜けない方ほど、“うまく子育てできない自分”を責めてしまう傾向があります。負の連鎖で虐待、あるいはその一歩手前にまでに至ってしまうケースは、どの多胎児家庭にも起こりうることなんです」
2018年1月11日のことだった。愛知県豊田市在住の母親(当時29歳)が、自宅で生後11カ月の次男が泣きやまないことに腹を立て、床に2回たたきつけた。次男は病院に運ばれたが、脳損傷で亡くなった。母親は殺人未遂容疑で逮捕された。
事件を通じて三つ子育児の過酷さが明るみにもなった。報道によると、母親は17年に三つ子を出産。妊娠期に夫婦そろって同市が主催する育児教室に通う姿が見られたが、出産後は三つ子の世話で1日1時間も眠れない日が続く。外出の際は3人の子どもを抱えて階段を上り下りする姿が目撃されていたという。外部検証委員会がまとめた報告書では、『「孤立した育児」「疲弊した育児」となり、結果として痛ましい事件となってしまった』と言及している。
「一歩間違えば、私も虐待していたかも」
都内在住の髙濱沙紀さんは都内で5歳の長女、4歳の双子の男児の子育てに奮闘している。
「一歩間違えば、私も虐待していたかもしれない。長女の時に育児を経験しましたが、双子の子育ては全く違います。生まれた直後は4日連続徹夜しました。夫が育休を取ってくれましたが、子供たちは常にお腹がすいたり、おむつが濡れたり断続的に泣いている。2時間おきに授乳するのですが、二人同時に授乳することができない。
双子だけでなく、当時1歳だった長女の面倒も見なければいけない。4日間寝ないと思考停止して自分が何をしているのかわからなくなるんです。ミルクを作るためのお湯が哺乳瓶でなく、自分の手にかかって火傷をしていたことに気づきませんでした」
中川美織さんは東京都立川市で13歳の長男、11歳の双子の女児を育てる。
「私が双子を出産した当時は、夫が育児にコミットできる環境が整っていない時代だった。SNSも現在ほど発展していなかったので、多胎育児の悩みを話しても分かってくれる人がいないのが辛かったですね。独身の時は虐待の事件を聞いた時に加害者を非人間的だと思っていたんです。でも、自分が母親になって認識が変わりました」
忘れられない過去がある。
中川さんの夫が当時1歳だった双子の女児の1人の顔を叩いた。中川さんがショックを受けて涙を流すと、双子のもう1人の女児と長男も大泣きした。
「もう地獄絵図でしたね」
しばらくして部屋から出た夫の様子を見に行くと、娘を叩いた時よりはるかに強い力で自分の顔面を殴り続けていたという。
「この人も苦しいんだって…。精神的に追い詰められて虐待してしまう親の気持ちは分かる部分もある。多胎児の子育てを支援したい、そのためには社会のシステムを変えなければいけないと強く感じました」と振り返る。
双子のベビーカーが通れない
高濱さんは「Tokyo Twins Mommy」、中川さんは「SwingRing~ふたご応援プロジェクト~」と多胎児を育てる親を支援するサークルを作り、精力的に動いた。中川さんが16年に創設した同サークルは立川市と連携して多胎児の親を対象にファミリー講座、交流会などのイベントを実施。多胎児家庭支援(移動経費補助)事業、家事育児支援ヘルパー制度の拡充など多胎家庭をサポートする事業が同市で新たに導入された。
多胎児を育てる環境が整備されているとはまだまだ言えない。例えば、双子のベビーカーは横並びのため授乳室の入り口が狭くて通れないケースが多い。授乳室だけではない。病院の診察室、公共交通機関でも出入り口を通れないため、ベビーカーを畳んで双子をおんぶと抱っこして移動することが日常茶飯事だった。
取り組まなければいけない課題は山のようにあった。だが、自治体や民間企業との連携などを考えた時にサークルでの活動は限界がある。そこで2021年6月に設立されたのが一般社団法人「関東多胎ネット」(東京都港区)だ。メンバーは女性16人。15人が双子、1人が三つ子の母親で、高濱さんや中川さんも所属している。サークルの代表者が集まる機会で話し合いを重ね、社団法人の設立に踏み切った。
代表理事の水野かおりさんは4歳の双子の男児の母親で、「流山ふたごの会」(千葉県流山市)でも代表を務める。関東多胎ネットは同年11月から「ピアサポート事業」を開始。ピアは仲間の意味で、研修を受けた多胎育児の経験者が多胎妊婦や1歳未満の多胎児家庭へ訪問支援を行っている。また、今年度から「乳幼児健診の同行サポート」にも取り組んでいる。
「私も経験しましたが、1歳半健診、3歳健診で多胎児を連れて行くと片方の子供が泣いてしまったりするので、保健師にゆっくり相談できないんです。正直、行くのが怖くなってしまう。育児経験者がピアとして同行することで、親御さんに掛かる負担を軽減できる。ピアサポート事業は個人訪問を中心に関東全域で昨年行いましたが、キャンセル待ちが出るぐらいの申し込みがきました」
「新型コロナの関係でオンラインでの支援も選択できるのですが、『家に来てほしい』という要望が多かったのが印象的でした。訪問した時に、ホッとしたのか泣いちゃったお母さんもいました。多胎育児を経験していないので不安が大きかったと思います。関東多胎ネットは管理入院、NICU(新生児集中治療室)など多胎独特の経験をした人間が多く在籍しているので、心身の辛さなど悩みを理解できます。お話を伺って助言できることが非常に大きな意味を持つと実感しています」
多胎育児でしか味わえない喜び
日本多胎支援協会、関東多胎ネットや各地域の多胎ネットの地道な取り組みで、行政のサポート体制が変わりつつある。厚生労働省が2020年に公表した「母子保健医療対策総合支援事業実施要綱」で、「多胎妊産婦等支援」と「妊産婦等への育児用品等による支援」が新設された。補助率は国と市区町村が半分ずつとなっている。多胎児家庭の支援制度を新たに導入した自治体も近年増えている。
多胎育児でしか味わえない喜びもある。
水野さんは「最初は育児が辛いなという思いがありましたが、だんだん楽しさが増えてくる。うちの双子は凄く仲がいいです。一番の親友が近くにいる感じですね。好きすぎてギューッと抱き合ったり、生後半年からお互いに触りだすのですが、言葉が話せないのにお互いニコニコ笑っている。2人の関わりが見られるのがうれしい」と楽しそうに話す。高濱さん、中川さんも子供たちが成長する日々は、「かけがえのない時間」と目を輝かせる。
ただ、その楽しさを感じられる前に母親、父親が孤立する環境に追い込まれてしまっているケースは少なくない。なぜ虐待が起きてしまうのか。多胎育児は想像を絶するほど過酷であるという現実に目を背けてはいけない。
(取材・文:平尾類、編集:濵田理央)
一般社団法人「関東多胎ネット」は活動に共鳴してくれる方たち、企業に支援を呼び掛けています。
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「私も虐待していたかも」3人の親が明かす、双子など多胎育児の過酷な現実と喜び