性交同意年齢は引き上がる?
暴行・脅迫要件は見直される?
性犯罪に関する刑法改正の議論が、法務省の法制審議会で本格化しています。被害の実態に即した法改正となるかに、注目が集まっています。
法制審では、諮問項目である10の論点をめぐって議論が進められています。3月の会合では、具体的な条文の叩き台が初めて示されました。
法務省の事務局は叩き台について、「いずれを採るかという形で検討対象を限定したり、議論を方向付けようとする趣旨のものではない」とし、「あくまで検討のため」に作成したと説明しています。
叩き台の公表を受け、国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ(HRN)」は4月にオンラインセミナーを開催。叩き台の条文案ごとの違いや、懸念される点などを共有しました。
この記事では、法制審の叩き台や議事録、HRNのセミナーでの報告をもとに、諮問10項目のうち以下の3つの論点について議論のポイントをまとめています。
(1)暴行・脅迫要件の改正
(2)性交同意年齢の引き上げ
(3)地位・関係性に乗じた性暴力
(1)暴行・脅迫要件の改正
現在の強制性交等罪(刑法177条)は「暴行または脅迫」があったことを、準強制性交等罪(刑法178条)は「心神喪失もしくは抗拒不能」に乗じて性交などをしたことを、それぞれ罪の成立要件としています。
暴行・脅迫は「被害者の反抗を著しく困難にする程度」と認定されなければならず、立証のハードルが極めて高くなっています。
被害に遭った時に体がフリーズするなどの症状も考慮されず、性被害の実態に則していないと問題視されていました。
法制審では、これらの要件の改正をめぐって、叩き台として次の3つの案が示されました。
▼A-1案:次の事由により、その他意思に反して、性交等をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処するものとする。
▼A-2案:次の事由その他の事由により、拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、性交等をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処するものとする。
(事由の具体例・・・暴行・脅迫/心身の障害/睡眠、アルコール・薬物の影響/不意打ち/継続的な虐待/恐怖・驚愕・困惑/重大な不利益の憂慮/偽計・欺罔による誤信)
▼B案:人の抵抗を抑圧するに至らない程度の暴行若しくは威迫を用い、又は抵抗することが困難な状況を作出し、若しくは利用して性交等をした者は、不同意性交等の罪とし、1年以上10年以下の懲役に処するものとする。
B案は、強制性交等罪と準強制性交等罪を改正するのではなく、これらより法定刑の低い規定を新設する案となっています。
A案の1と2で大きく異なる点は、A-2案には「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて」との文言が含まれていることです。
法制審では、この点に関して出席した幹事から「被害者に抵抗を要求するような文言にならないように」という趣旨だと説明されました。
ただ、HRNメンバーで弁護士の中山純子さんは、「被害者が同意していないにもかかわらず行われる性的行為を処罰できる構成要件になっているのか」と疑問を呈します。
A-2案の場合、「被害者の反抗を著しく困難にする程度」の暴行・脅迫を構成要件とする現行法との違いがわかりにくい文言になっているためです。
「『拒絶』『困難』という言葉が含まれることで、被害者は拒絶したのか、どれぐらい拒絶したのか、拒絶できなかったのか、ということを(立証の過程で)問われることになるのではと懸念しています」(中山さん)
HRN副理事長で千葉大院教授の後藤弘子さんも、A-2案に「拒絶」や「困難」といった文言が入ることで「拒絶する意思を形成・表明・実現することができたのにしなかった被害者が悪い(ため罪に問えない)、という形になってしまう可能性がある」との見方を示します。
それに対し、A-1案に関して後藤さんは「不同意性交を処罰する可能性がまだ残ると言える」と評価します。
法制審の第6回会合では、主にA-1案とA-2案に対して複数の賛成意見が委員から上がっていました。
(2)性交同意年齢の引き上げ
性行為への同意を自分で判断できるとみなされる年齢は、「性交同意年齢」と呼ばれます。日本は13歳で、明治時代に刑法で制定されてから100年以上変わっていません。
一方、世界各国では次のように規定しています。
◇各国の性交同意年齢
16〜18歳 アメリカ(州によって異なる)
16歳 カナダ、イギリス、スペイン、ロシア、フィンランド、韓国、フィリピン
15歳 フランス、スウェーデン
14歳 ドイツ、イタリア
性交同意年齢の引き上げの動きは近年、各国で相次いでいます。
韓国は2020年、13歳から16歳に引き上げました。フィリピンは2022年3月に、12歳から16歳に引き上げています。
法制審では、性交同意年齢をめぐってどのような話し合いが進んでいるのでしょうか。叩き台として次の4つの案が示されました。
▼A案:16歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとする。
▼B-1案:16歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとし、13歳以上16歳未満の者に対し、性交等をした場合のうち、一定の場合については、処罰から除外する。
▼B-2案:16歳未満の者に対し、性交等をした者(13歳以上16歳未満に対してした者については一定の場合に限る。)は、5年以上の有期懲役に処するものとする。
▼C案:14歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとする。
A案は性交同意年齢を16歳に、C案は14歳にそれぞれ引き上げる内容です。除外規定がないため、同意がある場合も全て処罰対象となります。
一方、B案はいずれも、性交同意年齢を16歳に引き上げた上で、一定の場合を処罰対象から除外する条文となっています。除外するケースとして、相互の年齢が近い場合などが想定されています。
A案のように16歳に引き上げる場合は、義務教育を受ける全ての子どもたちがカバーされることになります。
中山さんは「いかに義務教育年齢の子どもたちが性被害に遭っているかということを受け止めていただき、子どもたちの被害をきちんと救いとり、保護する刑法になってほしい」と要望します。
(3)地位・関係性に乗じた性暴力
2017年の刑法改正で、「監護者性交等罪」と「監護者わいせつ罪」が新設されました。
これにより、18歳未満の子どもに対し、親など「現に監護する者」が影響力があることに乗じて性交などをした場合は、暴行や脅迫がなくても処罰の対象となりました。
しかし、「現に監護する者」の範囲が限定的であり、教師やスポーツ指導者といった地位にある者からの性暴力が監護者性交等罪などに問えない問題がありました。
法制審では、相手の脆弱性や地位・関係性を利用して行われる性交等を処罰する罪の新設についても議論されています。
この論点をめぐっては、「18歳未満の者または障害のある者が被害者の場合」と「それ以外の者が被害者の場合」に分けて話し合われています。
ここでは、「18歳未満の者が被害者の場合」における叩き台3案を取り上げます。
▼A-1案:18歳未満の者に対し、一定の地位・関係性を有する者(例えば教師、スポーツの指導者、祖父母、おじ・おば、兄弟姉妹等)であることによる影響力があることに乗じて、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとする。
▼A-2案:18歳未満の者に対し、一定の地位・関係性を有する者が、これを利用して重大な不利益の憂慮をさせることにより、拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、性交等をしたときは、5年以上の有期懲役に処するものとする。
▼B案:一定の地位・関係性を有する者(例えば学校の教師、スポーツの指導者、障害者施設の職員等)が、教育・保護等をしている者に対し、地位・関係性を利用して性交等をしたときには、○○に処するものとする。
A-1案は、現行の監護者性交等罪をもとに、行為者を教師や親戚といった地位・関係性まで拡張する条文となっています。
これに対し、A-2案は地位・関係性にあるだけではなく、「重大な不利益の憂慮をさせ」、その上で「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて」いることが構成要件とされています。
中山さんは、このA-2案で示された内容について、暴行・脅迫要件改正の叩き台のA-2案にも今後含まれかねないと指摘します。
そうなった場合、「地位・関係性等利用罪を新設する必要がなくなるという議論につながり、現在の『監護者性交等罪』では対象が限定的というそもそもの問題が解消されない恐れがある」と懸念を示します。
◇ ◇
「性犯罪の処罰規定の本質は、被害者が同意していないにもかかわらず性的行為を行うことにあるとの結論に異論はなかった」
これは、法制審の開催に先立ち、性犯罪の刑法改正を議論する法務省の検討会の取りまとめ報告書で明記された一文です。
“被害者が同意していない性的行為”ーー。
こうした被害を取りこぼすことのないよう救済するために、刑法の規定はどのような条文に改められるべきなのでしょうか。
次回の法制審は、6月8日に開催される予定です。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
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