妊娠を理由に解雇される。
職場で殴る蹴るの暴力を受け、骨折したーー。
賃金不払いや過重労働、暴行、セクハラといった、外国人技能実習生に対する人権侵害が後を絶たない。こうした中、“現代の奴隷制”とも呼ばれる「外国人技能実習制度」の廃止を目指すプロジェクトが立ち上がった。
「今の日本は、他人を犠牲にして成り立っている社会。誰も犠牲にしない社会に変えたい」
中心となっているのは、10〜20代の若者たちだ。技能実習生たちの相談支援のほか、廃止への賛同を募る署名活動などに取り組んでいる。
実習生を搾取し、人権侵害を常態化させる制度の問題点とは。
なぜ制度の廃止に向け、声を上げたのか。
プロジェクトのメンバーに聞いた。
外国人技能実習制度とは?
技能実習生は、外国人技能実習制度を利用して日本に在留する人たちを指し、約35万人に上る(2021年10月時点)。
この制度の目的は、「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進すること」とされ、「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と法律で定められている。
だが現実には、企業側にとっては「労働力の補充」、実習生にとっては「出稼ぎ」が実態とみられ、建前と本音が乖離していることが繰り返し指摘されてきた。
コロナ感染「帰国か、無給で働くか」
プロジェクトの共同代表の田所真理子ジェイさん(25)は、大学生だった2年前から、若者の労働・貧困問題に取り組むNPO法人「POSSE」の活動にボランティアとして加わった。
技能実習生たちの相談を受ける中で、職場で人として扱われない人権侵害が横行している実態を目の当たりにしたという。
食品工場で働いていたカンボジア人技能実習生たちは、ある朝無理やり空港まで連行され、強制帰国させられたと主張。元実習生の一人は、移動中に逃げないよう見張られ、トイレに行く時も手をつかまれていたと証言した。
別の実習先で、上司から「一緒に寝よう」などと言われセクハラに遭っていたと訴える実習生は、監理団体に転職したい旨を伝えたものの我慢するよう言われ、「失踪」を決意したという。
妊娠したスリランカ人の女性は、監理団体から「中絶するか、帰国するか」を選ぶように言われたと主張した。
新型コロナ感染者の宿泊施設を清掃する仕事で、実習生が勤務開始から2週間ほどでコロナに感染。身の危険を感じ、元の職場に戻りたいと監理団体に伝えると、「今の職場が嫌なら母国に戻るか、無給で元の職場で働くしかない」と言われたと訴えた。
このほか、賃金や休業手当の不払い、パワハラ・暴力、労災隠しといった相談もあったという。
「一見すると、現れてくる問題は別々に見えます。ですが数々の相談を受ける中で、こうした人権侵害が“一部の特殊な企業”のもとで行われているのではなく、制度のもとで構造的に起きている問題だと気付きました」(田所さん)
制度の構造的な問題とは、何を指すのか?
田所さんは、技能実習生への権利侵害を容易にさせている制度上の2つの問題点を指摘する。
制度の2つの問題
一つは、技能実習生の多くが借金を抱えていることだ。制度上、母国の送り出し機関を通じて来日する仕組みになっており、仲介手数料や教育費を支払うために日本に来る段階で借金を背負うことになる。
送り出し機関が、実習生を受け入れる日本の監理団体に対して払ったキックバックや接待費を、実習生本人に負担させるケースもある。
POSSEではこれまで技能実習生から100件ほどの相談を受けてきた。一人当たり平均して50万円前後の手数料を負担し、多いときには100万円の借金を抱える人もいるという。
「多額の借金を背負う実習生たちにとって、強制帰国や雇い止めによって仕事を失うことはとてつもない恐怖。借金が事実上、脅しの手段として機能し、結果として実習生たちに権利行使をできなくさせています」
もう一つの制度上の問題は、転職が原則として認められていない点だ。
「どれほど過酷で命の危険にさらされる状況でも、職場の変更が原則として認められないので、実習生たちは我慢するしかありません。本人が望まない職場での労働を意思に反してさせられているのは、まさに強制労働です」
POSSEによると、送り出し機関から、受け入れ企業や監理団体の関係者以外の人とは接触しないよう技能実習生が忠告されていたケースもあったという。
「受け入れ企業がこの制度を利用するのは多くの場合、低賃金で長期的に働いてくれる労働力を確保できるから。人手が足りない職場で、都合よく働かせられる労働力によって利益を上げようとする論理が根底にあるのではないでしょうか」
実習生への相談支援や援助を担う「外国人技能実習機構」が、実習生に対して労働組合からの脱退を促す行為をしたと訴える事案も起きている。
日本の労働者の問題でもある
田所さんらPOSSEのメンバーが、相談を寄せた本人とともに監理団体や受け入れ企業と団体交渉を進め、労働環境の改善や転職といった成果につながることもあった。
だが、個別の支援だけでは根本的な解決にならず、制度そのものをなくさなければいけないと感じたことが、プロジェクトの立ち上げにつながったという。
製造業、サービス業、卸売・小売業、宿泊業。
外国人技能実習生をはじめとして、海外からの労働者たちが日本社会の基盤を支えている現状がある。
田所さんは「海外からの労働者に頼らないと、私たちの暮らしはすでに成り立たなくなっている」と指摘。その上で、技能実習生の権利保障を求めることは、弱い立場に置かれた日本の労働者の権利を得ることにもなると強調する。
「実習生たちの職場では、日本人も働いています。低賃金や長時間労働、ハラスメントといった問題は、日本人も外国人も関係なく直面しているんです。実習生の労働環境を改善することは、結果的に同じ状況にある日本の他の労働者たちを守ることにもなります」
プロジェクトでは制度の廃止に加え、実習生としてではなく労働者としての権利が保障される仕組みの創設も求めていくという。
「誰も犠牲にしない社会に」
プロジェクトを動かすのは、主に10〜20代の若い世代のメンバーたちだ。
田所さんは「他人を犠牲にして成り立っている社会を変えたい」として、今回のプロジェクトもそれを実現するためのステップとして考えているという。
「『誰も犠牲にしない社会に生きたい』という若い人たちの思いが、社会を変える原動力になるのではと感じています。まずは今回のプロジェクトを通じ、『若い世代が声を上げたことで、“現代の奴隷”と呼ばれる制度が続いてきた状況を変えられた』という一つの成功事例にしたい」
サプライチェーン内の企業の責任
技能実習生に対する人権侵害行為の責任は、直接の雇用主である受け入れ企業だけの問題ではない。
カンボジア人元技能実習生の強制帰国の訴えをめぐる問題では、受け入れ企業の主要取引先にスターバックスなど大企業が名を連ねていたことが判明している。
元技能実習生らと監理団体は2021年12月に和解した。
一方、スターバックスコーヒージャパンは同年3月、「外部の専門家による調査の結果、当該サプライヤーの当時の対応については、法的な問題があったとは認められませんでした」とのコメントを発表。自社の責任を否定している。
原材料の調達から製品が消費者に届くまで、サプライチェーンの中で行われることに対する企業の社会的責任を問う動きは、国際社会で広がっている。
国連人権理事会で2011年に採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」では、人権を尊重する責任として企業に次のような行為を求めている。
・人権に負の影響を引き起こしたり助長することを回避し、そのような影響が生じた場合には対処する
・取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める
労働組合「総合サポートユニオン」共同代表の青木耕太郎さんは、「人権侵害をしている直接の受け入れ企業側の責任を追求するだけでなく、この構造で誰が利益を得ているのか?という視点を持つことが重要です」と指摘する。
「受け入れ先である中小企業は、大手の小売業や飲食チェーンなどから安い請負賃や厳しい納期で圧力をかけられています。それに応えるため、雇い主は実習生たちに長時間労働を強いたり低い賃金で働かせたりする。ハラスメントや暴力はこの構造の中で起きていることです」
その上で、青木さんは「利益を追求する大企業からの押し付けやしわ寄せの結果が、実習生たちへの人権侵害を招いているという現実を、大企業に対して突きつけていく必要があります」と提言した。
◇ ◇
田所さんは、5月8日に開かれるイベント「労働相談から見えてきた日本の外国人労働者の実態〜解決に取り組むZ世代の社会運動〜」に登壇し、技能実習制度の廃止プロジェクトの活動を報告する。
プロジェクトでは、実習生への訪問支援や労働相談、通訳といった活動に取り組むボランティアを募っている。ボランティア希望者の連絡は(volunteer@npoposse.jp)まで。
(取材・文=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
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「現代の奴隷」技能実習制度の廃止、私が求める理由。「この社会は他人を犠牲にして成り立っている」