“待ったなし”の気候変動対策は、2030年までが「決定的な10年」「行動の10年」とも言われている。
政府が掲げた「2050年カーボンニュートラル」という目標に向けて、いかに「実行」していくかが問われている今ーー。
脱炭素社会に向けて本気で産業転換していく覚悟とともに、求められるのは“公正な移行”の議論だ。産業の大変革によって失われかねない雇用の問題に向き合い、社会全体で対策を講じなくてはならない。
鍵は「公正な移行(Just Transition)だ」と語るのは、気候ネットワークで長年NGOの立場から気候変動対策に取り組んできた平田仁子さんだ。
私たちに今、どんな議論とアクションが必要なのか?
ー雇用の問題について伺う前に、まず前提として、日本の気候変動対策をどう評価しているか教えてください。
2020年の菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」は大きな意味があったと思います。これが大きなシグナルとなり、多くの企業が一斉に「カーボンニュートラル」を宣言し、動き出しました。
一方で、カーボンニュートラル達成のために何をしたのかというと、まだほとんど何もできていないと思っています。再エネ比率の伸びも鈍化していますし、石炭火力発電も減りそうにありません。
2050年にカーボンニュートラルにするという目標を掲げたのは良いものの、現状を変えていく政策に落とし込み、実行に移していくところが全然できていません。
ー日本政府は「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の中で、各産業がいつまでに何をするのか、ロードマップを出してはいますよね。
そのロードマップに問題があるのです。脱炭素社会の達成に向けた手段として日本は、アンモニア混焼などの石炭新技術の開発に力を入れていくとしています。
※編集部注)アンモニア混焼:石炭火力発電所でアンモニアと石炭を混ぜて燃やすこと。燃焼時にCO2を排出しないアンモニアを開発することで、火力発電所から排出されるCO2を減らせるとして、政府は温暖化対策における有効な手段の一つと位置付けているが、現状ではアンモニアが化石燃料で生産されるためCO2排出を伴う。
イノベーションを駆使して何とか石炭火力を使い続けようとする方針は、国際社会から見ても疑問視されています。当面はCO2が減る見込みもないため、海外の研究者たちからも「日本は大丈夫か?」と言われます。
化石燃料に深く関わっている企業が、脱化石燃料へと産業を「移行」するんだという発想をそもそも受け入れていないのだと思います。
ーなぜそのようなことが起きてしまうのでしょうか?
政府が作るロードマップを誰が決めているのかということと深く関係しています。既得権益をもった企業やお馴染みの専門家の会議で話し合いが進み、それが政策になっていく。今の利益システムを崩すようなアクターが政策決定のプロセスに入れる余地がありません。
例えばアンモニア混焼にしても、政策の中心にいる人たちは胸を張って「正しい」と言うんです。でも、それはどの専門家に聞いたのでしょうか。
非常に偏ったこれまでと変わらない関係者の中でしか情報共有されず、転換を提示したり疑問を呈する人たちは入っていけない。
同時に各省庁もガチガチに固められた歯車の中で、今まで作ったものを否定せずに進めることしかできません。長年の政治や行政の構造の問題でもあります。
ー本題ですが、なかなか日本社会が変わることができない理由の一つに、「雇用」の問題が取り上げられます。企業経営者からは「今の雇用を守らなくては」という声も聞こえてきます。
脱炭素社会を目指す上で同時に考えなければいけないのが、まさに雇用で、キーワードは「公正な移行」です。
特にエネルギー産業や自動車産業など、大胆な産業転換が求められる企業で働く人たちに対して支援をし、新たな雇用を創出するなどして、公正な方法で脱炭素社会への移行を目指す考え方です。
欧州でもアメリカでも「公正な移行」は政策の中に組み込まれていて、脱炭素と雇用政策はセットで進められています。
ー気候変動対策と雇用対策を「セットで」考えているんですね。
(EUの政策執行機関である)欧州委員会(EC)では、「公正な移行基金」を設立し、175億ユーロ(約2兆3,690億円)を拠出するとしています。化石燃料への依存が高い企業をサポートし、新たな地域雇用を生み出すねらいです。
アメリカでも、バイデン政権が、雇用政策と絡めて脱炭素を進めています。2021年に成立したインフラ投資計画では、EV充電スポットの全国的なネットワーク整備などを含む投資を折り込み、今後、化石燃料に依存した地域への支援なども進める計画をしています。
しかし日本では、雇用政策は脱炭素と連動して進められていません。政府は、脱炭素を後押しする「グリーンイノベーション基金」として2兆円を投資すると決めましたが、その多くが先ほども話題にした「アンモニア混焼」への技術投資など、大企業の化石燃料利用を前提としたビジネスモデル維持や企業の連合体を守る方向に使われています。
本来は「人」のために使われるべきお金が、「企業」のために使われていると言えます。
ー「公正な移行」に対して、国全体としての政策と舵取りが求められますね。一方で、企業ができることは何でしょうか?
今のまま雇用を「守りたい」という気持ちはもちろんあってしかるべきだと思いますが、もう少し時代の変化に合わせた柔軟な展望があっても良いのではないかと思っています。
例えば、体力のある一流の自動車メーカーならば、EV(電気自動車)を作りながら再エネ発電所を作ったって良い。そこに新たな雇用を創出することもできるかもしれないし、脱炭素の雇用対策として政府にもっと支援を要求していくことだってできると思います。
ードイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンは再エネ事業に参画すると発表しましたね。
社会全体が「脱炭素」「再エネへ」と言っているのですから、エネルギーを使ってサービスを提供している会社として、そうした責任の持ち方がもっとあっても良いと思います。
例えば、イタリアにヨーロッパ最大のエネルギー企業であるエネルという会社があります。石炭火力発電事業を中心にしてきましたが、今では再エネ事業に移行することで新たな雇用を創出し、生き残るどころか存在感を示しています。
ーどうしたら、日本企業も「公正な移行」を推し進める存在になれるのでしょうか?
欧州の企業でさえ、石炭火力発電をやめると決めてから、完全な廃止の年までは10年あります。産業転換、そして「公正な移行」には一定の時間がかかるんです。
だから、日本も、いつまでに何をやめるのか、そのためにどう段階を踏んでいくのかを今から考えましょうと。
何もしないで、ある日突然全員の雇用が失われるということが起きないためにも、今からでも計画を立ててやっていくしかありません。
特に地方では、発電所や大きな工場が地元の雇用の受け皿となり、地域経済を支えているという状況があります。
例えば、発電所を廃止した時に、そこで働いている人が、大好きな地元で幸せに暮らし続けてくれるにはどうすべきかといったことは、今から考えておかないと遅いですよね。
ーどこからどうはじめればいいのでしょうか。
もちろんこれは、いち市民や、いち企業で解決できる課題ではありません。日本全体で考える必要があります。当然国のリーダーシップが不可欠。でもそれを「みんな」が参加してやることが大事です。
かつて経験したことのない新しい経済を作ろうとしているのですから、難しいのは当たり前。できない理由は探せばいくらでもあります。あれができない、これができないという議論ではなく、国も企業も労働組合もNGOも、あらゆるセクターが一緒になって、同時並行で進めていかなければいけません。
ー市民は一体何ができるのでしょうか。
政治や企業が変わらない時、変化を後押しして下支えをするのは「世論」です。市民の声もそうですし、地域、自治体、企業のリーダーからそういう声が出てもいい。
私たちの思いをスルーして、一部の利害関係者にやりたいようにやられてしまっているのが今の日本社会だと思います。
心配しつつもどうせ無理でしょと、自分自身で消化して耐えちゃったり目を背けたり。そんなふうに自分を過小評価することをまず乗り越えていけるかが、大事な第一歩になります。公正な移行は、私たちが担い手とならないと進みません。働き手として、地域住民として、経営者として、それぞれの立場でできる一歩を探ってほしいです。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
脱炭素社会に向けて「廃止」されていく産業。でも、そこで働く人はどうなるの? 平田仁子さんに聞く「公正な移行」【SDGs】