どうか一日も早く、私たちに結婚の自由をください――。
結婚の平等、通称「同性婚」の実現を国会議員に求める「第4回マリフォー国会」が4月22日、衆議院第1議員会館で開かれた。
議員たちに、直接声を届けたのは「結婚の自由をすべての人に」訴訟の原告や控訴人たち20人。
この訴訟は2019年に始まり、現在全国5つの地裁・高裁(札幌・東京・名古屋・大阪・福岡)で、36人の原告・控訴人らが、結婚の平等を求めて国を訴えている。
2021年3月には、札幌地裁で「同性同士の結婚を認めないのは、憲法14条1項違反」という歴史的判決が言い渡された。
しかし判決後も、国会で結婚の平等実現のための議論は進んでいない。そしてその間に、「パートナーと結婚したい」という夢が叶わぬまま、亡くなった人たちもいる。
1日も早い結婚の平等を願う原告たちは、国会議員たちに何を訴えたのか。
1年前に「同性同士の結婚を認められないのは違憲」という判決が言い渡された時、札幌訴訟控訴人のCさんとEさんは「夢のようです」「日本が変わる第一歩になって欲しい」と喜びを口にした。
しかし判決から1年以上経った今も、国会で違憲状態を正そうとする動きは見られず、2人は落胆も感じている。
Cさんは、Eさんとの楽しい思い出が増えていく一方で「一度も2人の関係に安心感を抱いたことはない」と話す。
「2人で購入したマンションも、私に何か不幸があった時には、2分の1の持ち分の相続権は私の両親にあります。
他にも、旅先でパートナーが救急車で運ばれた時に、私はパートナーとして病室で面会することができるのでしょうか。旅先での楽しい時間もふとそんなことを考えてとても暗い気持ちになることがあります」
Eさんも「自分たちの将来への不安は何一つ解決していない」と訴えた。
「同性同士結婚ができるようになると幸せな人が増えるだけです。どうか国会議員の方々、同性同士でも結婚できるようにしてください。
結婚できる、ただそれだけの言葉に思いますが、自分が大切に思う人と結婚できるということはたくさんの性的マイノリティの希望につながると思っています」
同じく、札幌訴訟の控訴人である国見亮佑さんとたかしさんにとっても、1年前の判決は、自分達の生き方や考え方に大きな影響を与える判断だった。
国見さんは「涙が止まらなかった」と語る一方で、この判決を行動につなげてほしいと訴えた。
「同性愛者として誇りを持って47年間生きてきたつもりでしたけれども、昨年の訴訟で判決が出た時は、感動で涙が止まりませんでした」
「ただ札幌地裁の判決だけでは、国が動くことが無かったのが、大変残念に思っています。国会議員の皆さんの力で、全体を動かしていただければと思っています」
たかしさんは、結婚の平等が人権問題だとはっきり感じたと振り返った。
「この裁判に参加し、そして判決を得て、本当に身をもってわかったのは、この問題が人権の問題だということです。そして判決の時に、裁判長の言葉がどれほど自分を勇気付けてくれたのか、今もうずっとそれは心の奥底にあります」
たかしさんは「結婚の平等が人権問題だということが、もっと世の中に知れ渡って欲しい」とも述べた。
九州訴訟の原告、こうすけさんとまさひろさんは、国会議員たちに「自分が結婚が認められない立場だったらどう感じるか考えてほしい」と訴えた。
「国会答弁では、この(婚姻平等)問題について極めて慎重な検討が必要」と言われました。自分のこととして考えてみてください。
結婚をする時『あなたの結婚を認めるかどうか国会でそのうち議論するから、何年かかるかわからないけど待っていて欲しい』と言われたらどうでしょうか。
好きになる人が同性だというだけでなぜ、想定されていないから結婚はさせない、生産性がない、国が滅びる、など言われなければならないでしょうか」
熊本在住のこうぞうさんは、同性愛者として学校で話をした際に、バイセクシュアルの生徒から「親にカミングアウトし拒絶された」と打ち明けられた。
その生徒は「自分は悪くないと頭ではわかっているが親の言葉が頭から離れない」と泣いて話したという。
「僕がカミングアウトして生きてきて、20年程度が経ちますが、この国はまだこんな状態なのかと悲しみと怒りが湧いてきました。これは国がもたらしている一種の呪いのように思えます。
同性愛者をはじめとするLGBTQ+の人々を、普通ではないものたらしめているのは、相手が異性でないと結婚や家族になることができない、異性愛規範の強い日本の社会に他ならないと思っています」
こうぞうさんの言葉に続いて、パートナーのゆうたさんが、短かくも力強いメッセージで、議員たちに思いを伝えた。
「私たちの願いはありふれた、切実なものです。結婚の自由をください。家族になりたいんです」
香川県に暮らす、田中昭全さんと川田有希さん。
田中さんはカミングアウトする前、家族や親戚などから異性と結婚するよう強く求められて苦しんだ。
川田さんと出会ってカミングアウトした時には、親から「出ていけ」と言われた。それでも周りに伝えて川田さんと一緒に生きていこうとした時、今度は結婚という選択肢がないことに苦しめられた、と話す。
「カミングアウトして、一生をともにするパートナーができて、じゃあいよいよ結婚だって思った時に、やっぱり日本では結婚できないわけです。
それでやっぱり、ちょっと落ち込んだというか。わかってはいたんですけど、いざ自分が特定のパートナーと今後の生活を考えようという時に、(結婚)制度がなかったのは、きつかったと思っています」
坂田麻智さんのパートナーのテレサ・スティーガーさんは、8月に出産予定だ。
本来なら、生まれてくる子どもとの生活への期待に胸を膨らませている時期。しかし2人は、様々な不安を感じている。
例えば、坂田さんとスティーガーさんは結婚できないために、坂田さんは日本で子どもの法律上の親権がない。さらに子どもに、日本国籍が与えられない可能性もある。
こういった問題は、結婚が認められている異性の国際カップルであれば生じない。坂田さんは、この現状を子どもたちにどう説明するのかと国会議員に尋ねた。
「近所の子どもたちが、小学校の授業でLGBTについての差別をしてはいけないということを学んだそうです。その子たちが『なぜ日本では同性で結婚できないのか』と聞いてきました。
国会議員の皆さんはその理由をきちんと子ども達に伝えることができるでしょうか。
正直、私はまともに答えることができません。なぜなら社会や学校では差別してはいけないと教えている一方で、肝心の国の制度は私たちを差別し続けたままなんです。
どうか一刻も早く、制度上の差別をなくしてください。上辺だけでなく真の人権先進国になってください」
パートナーの大野利政さんとともに里親をしている、名古屋訴訟原告の鷹見彰一さん。
レスパイトケア(里親が休息を取る時などに、子どもを一時的に他の里親や施設に預かってもらう制度)で一時的に迎えた中学生の子どもの言葉が忘れられない、と話した。
「来てくれた中学生の男の子が、今回の裁判の話を聞いた時に『僕の友達にもそういう子がいて、日本を変えるために闘ってくれてるんだね、ありがとう』って言われたのが、すごく心に残っています。
ただ、私たち原告は、きっかけを作ることはできても、国を変えることは先生方にしかできないです。
現在進行形で困っている方もいれば、中学生や小学生で『今後の日本はどうなるのかな、友達は大丈夫なのかな』って心配してる子が数多くいます。いち早い(結婚の平等)実現をお願いしたいと思います」
東京1次訴訟原告の小野春さんは、2021年に亡くなった2人の名前を挙げ、結婚が認められないカップルが死後も直面する差別を語った。
その2人は、同じ原告仲間の佐藤郁夫さんと、青森でパートナーシップ制度導入やパレード立ち上げなどの活動に携わってきた、宇佐美翔子さん。
「どちらのカップルも長年連れ添ってこられたカップルでしたが、病院では家族だと認めてもらえず、とてもつらい思いをさせたということでした。このような悲しい思いはもうこれ以上したくありません。どうか一日も早く法律を作っていただきたいと思っています」
小野さんのパートナーの西川麻実さんは、札幌判決を引用して、国会議員の責任の大きさを訴えた。
「札幌の判決では立法府の立法裁量は大きいと書いてありました。国会議員の先生方にはそれだけの力がおありなんだと思います。本当に一刻も早く法律を作ってください」
自身のセクシュアリティーを公表しない「クローゼット」であるケイさんは、一緒に暮らすパートナーの存在を、親にも隠しながら生きてこなければならなかった。
ケイさんは、そんな生活を想像してみてほしい、と訴えかけた。
「ご結婚をされている方がこの中にいらっしゃいましたら、ぜひ想像していただきたい。職場やコミュニティ、実家、親戚、学生時代の友人、ご近所など、ご自身の周りの方々に、何年にもわたって配偶者の存在を隠し通す毎日を。
家族のこと、家であったこと、一言も出さずに過ごすのは、たとえ一週間でも難しいのではないでしょうか」
ケイさんは「結婚の平等の実現してセクシュアルマイノリティーが特別な存在でなくなれば、隠す必要性は薄れていく」とも話す。
「結婚の自由は人の生き方の根幹にかかわる問題です。個人の尊厳に対して賛否を問われること自体が苦しいので、一日も早い法制化をお願い致します」
東京第2次訴訟原告の藤井美由紀さんと福田理恵さんは、結婚が認められないことで「不幸な時により不幸になる」と実感してきた。
福田さんは40歳の時に、がんと診断された。藤井さんはその時のことを振り返り、次のように語った。
「理恵ががんになった時に、(付き添うために)病院にはいとこだと嘘をつきました。(中略)あと親と死別をした時に葬儀に呼べなかったり、 嘘をつかなければいけないという、大きな節目で困難に直面しています」
福田さんは、お互いを守るためにできる限りのことをしているが、個人では限界がある、と訴えた。
「私たちは、生活を守るためにできることはすべてしてきています。 友人にも家族にも会社にカミングアウトして、同性パートナーとして申請をしております。相続もできるように公正証書を作成しております。勇気を出してこのように同性婚訴訟にも加わっております。ただ個人の努力できるのはここまでが限界だと思っています。
これからの日本に生まれてくるLGBTQには同じような思いをしてほしくないと思っております。どうか次の世代のLGBTには好きな人と結婚できる、その希望を叶えていただきたいと思います」
同じく東京2次訴訟原告の鳩貝啓美さんも、パートナーの河智志乃さんとの生活を守るために、できるすべてのことをやってきた。
しかしその努力は「婚姻届を一枚書くことの足元にも及ばない」と語った。
「私たちは50代のレズビアンカップルです。結婚を求めていた同世代の人達が先に逝くのを、本当に身近に感じるようになってきました。
病床に立ち会えない、最後までパートナーとしていられるために闘わなければならないという状況は悲しすぎると思います」
山縣真矢さんが、パートナーと付き始めたのは1998年。当時同性婚を法制化している国はなかったが、それから24年経った今、世界で30以上の国や地域で認められている。
主要7カ国(G7)では、同性カップルに対して法的保障のない国は日本だけだ。
山縣さんは、「結婚していれば当たり前に享受できる、社会的保障や法的保障が認められないという理不尽な現実がある」と話す。
「婚姻の平等、同性婚を認める流れが世界のスタンダードになってきています。遅かれ早かれ日本でも同性婚ができる日が来ることになると信じていますし、そうなることでしょう。そうでないと、日本はどんどんこのグローバルスタンダードから遅れを取ってしまいます」
また、山縣さんも佐藤郁夫さんの死を悼み「私も腎臓に持病を抱えて健康に不安を抱えております。一日でも早く同性婚の実現をお願いしたいと思っています」と求めた。
4回目となったマリフォー国会の会場には、党派を超えた国会議員たちが、直接参加やメッセージの形で、結婚の平等への賛同を表明した。
主催者によると、参加した議員数は自由民主党6、公明党7、立憲民主党32、日本共産党10、日本維新の会3、国民民主党1、社民党1、れいわ新選組2 、沖縄の風1、無所属3だった。
なぜ、結婚の平等実現のために、国会議員のアクションが重要なのか。
札幌訴訟の須田布美子弁護士は、「国会が立法をしてくれないと、訴訟の目的である法律上同性間の婚姻は実現しないから」と話す。
「訴訟は、(婚姻平等の実現を)国会議員に訴えかけるため、あるいは裁判所から言ってもらうための手段です。国会議員がきちんと理解して行動する、むしろ判決が出る前に行動してくれることを、強く望んでいます」
5つの地裁・高裁で進む6件の裁判のうち、2022年6月には、大阪地裁で判決言い渡しが予定されている。また、東京1次訴訟も2022年には判決が出る可能性がある。
札幌地裁の違憲判決など、3年前の提訴時と比べ、結婚の平等をめぐる状況に進展は見られる。
しかし須田弁護士は、札幌判決後に国会での動きがないことについて「裁判所が差別と言ったのに、1年も放置している国会議員はどうなのか」と、フラストレーションをにじませる。
そして、これは一刻を争う裁判だということを、国会議員に強く認識してほしいと話す。
「裁判の間にも、亡くなった方たちや、別れたカップルがいます。別れる時に必要な法制度を使えていない人たちもいる。これは待っていられない裁判です。のんびりしないでほしいと思っています」
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「もし自分が結婚を認められない立場だったら、どう感じるか考えて」同性婚訴訟の原告20人が、国会議員に訴える