2019年に導入された、3歳児クラス以上の保育所・幼稚園の費用が無料になる「幼児教育無償化」をめぐって再び議論が持ち上がっている。
きっかけとなったのは、3月8日の参議院予算委員会公聴会で、無償化に対して批判的な意見を述べた慶應大・中室牧子教授の発言だ。
「幼児教育無償化」の今後や、子育て世帯への支援はどうあるべきか。中室教授の発言の趣旨や、背景を踏まえながら、認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さん、女性活躍推進コンサルタントで市民ボランティア団体代表の、天野妙さんを交えて議論した。
(前編はこちら:「幼児教育無償化に所得制限を」とは発言せず。反対の声相次いだ参院予算委での意見、中室牧子・慶大教授に聞いた。)
(駒崎)僕自身も、幼児教育無償化に対しては、導入時に反対の論陣を張りました。幼児教育無償化は導入すべきではなかったという点は、中室先生とほとんど同じ意見だと思います。ただし、あえて違いをあげるとすれば、政治への眼差しかなと思います。
つまり、現時点ですでに幼児教育無償化は導入されている。今の子育て世帯にとっては所与のものとして受け止められています。そこで今さら、「あれは間違っていた」という話が持ち上がると「自分たちの権利が奪われる」という気分になってしまうのは、やむを得ないと思います。
正しさの議論というよりは感情の議論になり、子育て世帯が不満を溜めてしまう結果になる。これは果たして良いことなのでしょうか?
(中室)非常に重要な指摘だと思います。私は、今から幼児教育無償化をやめるべきだとか、幼児教育に所得制限をすべきだとは思っていませんし、公聴会でそのような主張もしていません。
幼児教育無償化は、2017年10月に行われた衆議院選挙において、与党のみならず多くの政党が主張して実現したものです。選挙における国民の選択の結果ですから、今さらこれをやめるべきとは思いません。しかし、これまでのように、個人の状況を詳細に把握することのない「一律」の再分配は改め、もっと近代的な方法を取るべきではないかというのが、私の言いたかったことです。
一方、無償化がすでに導入された今では、カナダのように保育所の利用料引き下げに伴う負の影響が生じないよう、注意深く見守っていく必要があると思っています(前編を参照)。
具体的には、幼児教育の質と量を同時に担保するような仕組みを作っていくようなことが必要なのではないでしょうか?つまり、幼児教育の質をモニタリングするような政府機関が必要ではないかということです。
(駒崎)どのようなモニタリングシステムでしょうか? (イギリスの教育監査局である)Ofsted(Office for Standards in Education)のようなイメージでしょうか?
(中室)そうです。イギリスのOfstedもそうですが、アメリカにも州ごとに幼児教育施設における質の評価と公表を行うQRIS(Quality Rating Improvement System)があり、国や州で統一的な評価制度を構築し、それを対保護者向けに公表するだけでなく、幼稚園や保育所の技術指導も担当しています。
日本では保護者が幼稚園や保育所を選ぶ時に参考にできる情報が少なく、在園児の保護者の口コミで判断しているというのを耳にします。しかし、保護者の評価は、保育の専門家による質の評価とはまったく一致しないことを示した研究があります(Mocan, N. (2007). Can consumers detect lemons? An empirical analysis of information asymmetry in the market for child care. Journal of Population Economics, 20(4), 743-780)。保護者はどうしても施設の新しさや自宅からの近さ、預かり保育の有無など、保護者目線での利便性を重視してしまいがちですが、日中の保育者と子どものやりとりなど発育に影響を与えるような幼児教育の質については直接、観察できないからです。
(駒崎)現在の幼児教育無償化のあり方に疑問を持っている理由として、中室先生は財政には限りがあるから、ということを挙げられました。しかし、現在の国の財政支出は実際にはほとんど国債発行で賄われているし、インフレも今のところ低い水準で抑えられている。だとしたら、予算全体のパイをもっと広げて、子どもに対して手厚くしていくというのは難しいのでしょうか?
(中室)一部には「自国通貨を発行できる政府であれば、財政赤字を拡大しても債務不履行になることはない」というような議論もあるようですが、この是非について議論するのは私の能力を超えることです。一方、それを理由に「子育てに対する支出だけは、効果的、効率的でなくてよいのだ」とは言えません。その主張は他の分野についても同じことが言えるということになりかねないからです。支出先によらず、効果的、効率的なお金の使い方をする必要があると思います。
(中室)私が、子どもの教育や健康への投資であったとしても、効果的、効率的であるべきと考えるのには他にも理由があります。ご承知の通り、家計においても国においても、教育費とそれ以外の支出にはトレードオフがあります。
現在の日本では、65歳以上の人口が30%近くを占めていますから、医療や介護に対する支出を優先すべきという選好を持つ人が多いのです。これは、東京大学の濱中純子教授らが実施した世論調査の中でも明らかになっています。ですから、国民の意向に従って多数決で支出の優先順位を決めると、必ず医療や介護に対する支出が多くなり、子どもの教育や健康への支出は劣後することになるのです。
現在、日本では、15歳未満人口は全体の12%、15歳未満の子どもがいる世帯は18%にとどまっています。数の論理を越えて、子どもの教育や健康に対する支出を増やそうと言うのであれば、残り82%の世帯にも、子どもの教育や健康にお金をかけることがいかに「お得」であるかを示し、そうしたお金の使い方に納得してもらう必要があります。
幸い、教育には「外部性」があり、教育を受けた本人だけでなく、他の人々にもプラスの影響があることがわかっています。このため、子どもの教育や健康への支出だけは、効果や効率性は不問にして子育て世帯への支援を増やしましょうという主張をするのではなく、どのような投資をすれば社会全体に便益や恩恵があるかと言うことを示しつつ、多くの人の納得を得たうえで持続的に子どもの教育や健康への支出を増やすことが重要だと思います。
(天野)私も幼児教育保育の無償化には当時反対していました。というのも、親の収入に応じて負担する緩やかな坂道で設計されていた保育料は、多子世帯の保育料免除などもあり、理にかなっていたからです。なので、幼児教育無償化より先にやるべきことをやってほしいという想いが強くありました。
ですが、今さら、所得制限をすることにも反対です。ある所得額までは無償、それからわずか1円でも超えると支援ゼロ。といった高校無償化のような支援の「崖」を作るのではなく、現物給付で困難な状況に応じて支援にすべきだという中室先生の意見に賛成です。
ただ、中室先生の言う、「デジタル庁で個人のデータを収集して、一人一人の状況に合わせた支援」それはいつなのか?という点が、今回のニュースで皆さんの怒りを引き起こす要因の一つになったと思うんです。
本当に実現可能だという筋道が見えているのであれば、皆その方針にも納得したと思うんですが、現実の行政制度を見ると「一体いつになるんだろう、それは…」という感じですよね。現実味がない分、怒りが巻き起こってしまった。
(駒崎)それはすごくわかります。国のビジョンが見えないし、今まで子育て世帯が求めている政策が全く進まずに、邪険にされ続けてきていると感じているから信頼もできない。「そんなこと言われたって信じられるか!」という感じですよね。
しかし、そうして政治に対する信頼度が下がり、関心を持てなくなり、自分たちの世代への再分配をますます失っていく、悪いスパイラルに入ってしまっている。
例えば、僕たちフローレンスでは多胎児支援をやっています。双子・三つ子の家庭は本当に大変です。しかし、データを取って「大変ですね」ということがわかっても、それに対する支援のための政策メニューがない。同時に「支援のためのメニューを作ります、10年後はこうなっているから安心してくださいね」という道筋をつけなくてはならないのに、それがありません。
(中室)私が予算委員会でアメリカの例を挙げたのは、それが技術的には不可能ではなく、わが国でもデータを利用した分配の在り方を実現していく必要があるということを問題提起するためです。
また、天野さんがご指摘の「崖」は、予算委員会で、公明党の杉久武参議院議員からも同様のご発言がありました。再分配における所得制限は例えば、所得が年960万円の人は対象になるが、960万1円の人は対象にならないという「崖」を生むことになります。言うまでもなく、960万円と960万1円には実質的な差はありませんから、不公平感が生まれるのは当然のことです。
しかし、公聴会で紹介したアメリカにおける現金給付は、この「崖」を作らないよう、坂をならす努力もしています。例えば、所得が7.5万ドル以上から8万ドルにかけて緩やかに減額するような現金給付になっているのです。私はこれは合理的な方法の1つだと思います。このためには、やはり正確な所得に関するデータが必要になります。
しかし、ここで問題になるのは政府への信頼度です。データを用いて支援を行うというと、必ずデータが正しく使われるのか、きちんと管理されるのか、といった疑いの目が向けられます。政府や行政への信頼感が低いのは個人としては理解できる部分もありますが、だからといってデータを利用することを放棄するというのももったいない話です。
医療の分野でデータ連携が先行している北欧諸国では、「何も隠さないことこそ、信頼獲得のカギである」であるという哲学から、医療データについては患者のデータがどのように使われたのか、そのことを患者自身が確認(トレース)できるようになっています。これは、データのコントロール権は国民の側にあることを明確にし、不適切で不当な使用が行われていないことを国民側から監視するという観点でも非常に参考になります。
(駒崎)実際の現場で「神経を逆撫でする制度」が多いのも問題です。支援を受け取るために、さまざまな紙の申請書を大量に書かされたり、ひとり親が窓口に行ったら「付き合ってる人はいないんですか?(支援は必要ないのでは?)」としつこく聞かれたりとか…。心情を考えずに機械的に落とし込まれていくことが多過ぎますね。それもデータと紐付けられれば、政策の満足度の高さや、例えば良かれと思った政策が逆効果だったといったことがわかり、改善できると思うのですが。
そして、18%しかいない子育て世帯や、若者が求める政策をどう実現するか。僕は民主主義のアップデートが必要だと思います。選挙に行くことだけで、政治にこの世代の声が十分に反映されないことは明らかです。民間の立場で事業を進めることで必要性を示し、時には法律を変えることで国・自治体の制度として実現する「政策起業」が必要だと思って、自分は実践しています。
また、中長期的な視点に立った政策が実現できるような仕組みづくりが必要だと思います。子育て世代や若者の声がより反映されやすくなるよう、例えば子ども投票制(ドメイン投票制)のような新しい投票制度の検討・推進がなされてほしいです。民主主義の実験を僕らが生きているうちにしていきたいですね。
(天野)確かに!今ある民主主義は完璧なわけじゃない。アップデートが必要ですよね。私も、自分の経験を生かして「私のような普通の人でも政策に関わることはできる」とアピールしているんですが、最初の一歩としてはハードルが高いようで、実際は難しい。どうしていくのがいいでしょうか?
(中室)若年世代、子育て世帯、教育に対する投資を増やす方法の一つとして、若い政治家を増やすことは大変重要だと思います。ハーバード大のチャールズ・マクリーン研究員が、2004年から2017年までの間に日本で収集した、5770回の選挙に出馬した計1万人以上の基礎自治体の市長候補者のデータを用いて行った最近の研究があります。この研究では、45歳以下の若年候補が、僅差で高齢の対立候補に勝利した時、その自治体の子供向けの教育や福祉への支出は増加することを明らかにしています。また、45歳以下の市長は、子どもの教育や福祉に対する児童扶養手当などの短期的な控除や給付額の増加ではなく、より長期的な、保育所の建設などの「投資」を行っていることもわかっています。
私はこの論文を読んだ時に、私たちの投票行動を考える際の1つの判断の基準になると感じました。
(駒崎)若い世代が政治家になりやすい社会の仕組みづくりも必要ですよね。現状は、政治家を一度経験して民間企業に戻るというのも非常に難しいし、政治家になろうとすること自体非常にハードルが高い。子どものうちから例えば生徒会が学校のルールづくりに携わるような、シティズンシップ教育も大切なのではないでしょうか?
駒崎弘樹さんプロフィール
認定NPO法人フローレンス代表理事。2005年日本初の「共済型・訪問型」病児保育を開始。07年「Newsweek」の“世界を変える100人の社会起業家”に選出。10年から待機児童問題解決のため「おうち保育園」開始。のちに小規模認可保育所として政策化。その他障害児保育、赤ちゃん縁組事業、こども宅食事業などを行う。内閣府「子ども・子育て会議」委員など複数の公職を兼任。近著に『政策起業家「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』(ちくま新書、2022年)。
天野妙さんプロフィール
Respect each other(リスペクトイーチアザー)代表。働き方改革、女性活躍推進コンサルタント。市民ボランティア団体「みらい子育て全国ネットワーク」を設立し、子育てをしやすい社会の実現を目指して活動している。共著に『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』(PHP新書、2020年)。ハフポスト日本版でインタビュー企画「タエが行く!」連載中。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
子どもの人口は12%、高齢者は30%。幼児教育無償化から考えた、若年世代のためのルール作りのこれから。