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習近平氏は「安心できない」道のりへ踏み出した。元・駐中国大使に聞く「歴史決議の読み解きかた」

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「習近平は、安心できないことを自覚しているだろう」

中国共産党の重要会議、第19期中央委員会第6回全体会議(六中全会)で採択された「歴史決議」。共産党結党からの100年を総括し、習近平総書記(国家主席)が目指す異例の長期政権への布石とされている。

だが、元・駐中国特命全権大使の宮本雄二さんは、この歴史決議は習氏にとって「安心できない」道のりの始まりになるとみている。

複雑な言い回しが並ぶ「歴史決議」を宮本さんの分析をもとに読み解くとともに、今後の中国共産党が目指す方向、そして習氏が自らに課したものは何か、見ていこう。

(※取材はコミュニケを元に行った)

中国・習近平総書記(国家主席)

■「習近平思想」とは、つまりどういうこと?

今回、採択されたのは「党の100年奮闘の重大な成果と歴史経験に関する決議」。歴史決議が採択されるのは史上3度目だ。

過去の2回は「建国の父」毛沢東時代と、社会主義国の中国に市場経済を取り入れる「改革開放」を主導した鄧小平時代。いずれも歴史「問題」に関する決議で、過去の誤りを総括し、新しい政策へ転換する基盤となった。

しかし、今回の決議は過去の否定を主要な目的とはしていない。共産党が生まれてからの100年を肯定的に振り返り、習近平思想の確立が「新時代の党と国家の発展、中華民族の偉大な復興の歴史プロセスに決定的な意味を持つ」と謳った。

「中国共産党にとって『時代が変わっている』ということ。毛沢東や鄧小平の時代とは違う次元に置かれた中国にとって、何が目標で、何をすべきなのか。その答えが習近平思想だということだ」と宮本さんは分析する。

この歴史決議について、メディアでは、過去に決議を採択させた指導者(毛沢東、鄧小平)と習氏が並ぶ権威を手に入れたとみる分析もある。

しかし宮本さんは「それは副次的な効果だ。本来の目的は、権威あるドキュメント(決議)に支えられて、習近平思想がこれから発展していくという形を取ることにある」と指摘する。

宮本雄二さん。1969年外務省入省、2006年から10年まで駐中国特命全権大使。現在は宮本アジア研究所代表。

この時点で、頭の中にいくつもの「?」が浮かんできた。

歴史決議の言う「新しい時代」、そして答えだという「習近平思想」とはつまりどういうものなのだろうか。

「新しい時代とはつまり、中国が世界の強国としてアメリカを視野に入れたということ。国内では『絶対的な貧困を無くした』と宣言したが、文化的にも幸せな生活を求める国民の声は絶えず強まっていて、それに応える必要がある。同時に、国際的にはアメリカと並び立つ大国になることを目指す」

「そして習近平思想とは、まずは中国共産党が政権党であり、党の指導を堅持し続けるという前提がある。学者が考えた理論は首尾一貫した美しいものになるが、共産党はガバナンスを考える必要があるため、現実を混ぜ込んだものになる。習近平は必要があるたびに『重要講和』などを発表して自身の方針を示しているが、その積み重ねが習近平思想だ」

■個人崇拝にできない理由

ここ最近の中国で指摘されるのは、習近平氏の「個人崇拝化」だ。事実、決議が採択された会議の前後には、習氏を礼賛する記事が中国メディアから配信されていた。

しかし宮本さんは、今回の決議には「個人崇拝」を強化する意図はないとみている。それを知るための手がかりは、習氏の一代前の指導者・胡錦濤(こ・きんとう)氏への記述にあるという。

「胡錦濤を含めて、過去の指導者を皆『主要な代表』と表現している(※)。毛沢東や鄧小平、江沢民、習近平は『核心』とも書けるが、胡錦濤は在任中、江沢民によって権力を制限されたため『核心』にはならなかった。決議文は胡錦濤を差別せず、(言い換えれば)習近平が突出した書き方になっていない」

左から、胡錦濤氏、習近平氏、江沢民氏。胡氏のみが「核心」の称号を得られなかった。

なぜ、こうした抑制的な書き方になったのか。宮本さんは、習氏にはやりたくてもできない限界があると指摘する。

「習近平の権力が強くなっていることは事実だが、あくまで『個人崇拝の禁止』と『集団指導体制』を定めた共産党規約の枠の範囲内。習近平は大きな枠組みの中で総書記の力を強める。しかし枠組み自体は動揺していない。これが今の中国共産党の実態だ」

(※)…過去の5指導者の業績を評価する部分。それ以外では「習近平同志を核心とする党中央」などの記述がある。

■レガシー作り「自分でやり切る必要」

習近平氏は今回の決議採択で、来年の共産党大会で総書記ポストの「3期目」を狙うとみられる。総書記の任期自体に制限はないが「68歳定年」という不文律がある。現在68歳の習氏がこれを破れば異例だ。

しかし宮本さんは、この3期目は「安心できない」道のりになるとみている。

「歴史決議は出したが、結果を残さないといけない。それも過去の例では、毛沢東も鄧小平も結果を出すまで自分でやり切った。たとえば、鄧小平時代の歴史決議が出たのは1981年。しかし改革開放が実際に定着するまでにおよそ10年かかった。私は81年から83年まで北京の日本大使館で勤務したが、当時、改革開放が成功すると自信を持っている人は少ないくらいだった。(決議が)正しいか、正しくないかはその後の実践が決める。習近平は歴史を知っているから、安心できないことはよく自覚しているだろう」

では、毛沢東、鄧小平に並ぶために習氏が残すべきレガシーは何になるのか。

「1つは幸福度の高い社会をつくるということ。もう一つはアメリカと並び立つ大国になること。それ以外にはまだ見当たらない

共産党の悲願である台湾統一については「武力による『台湾解放』は習近平にとって圧倒的にマイナスの方が大きい。国際社会が武力を使わざるを得ない状況に追い込まなければ、現状維持が続く」とみる。

習近平(左)と毛沢東(右)

■今の路線で大丈夫?

異例の3期目を見据え、レガシー作りに挑む習近平指導部だが、実現には「10年では足りない」と宮本さん。今後の見込みについて聞くと、IT企業や教育事業、それに芸能関連などで次々と統制を強めていることを念頭に、こう話した。

「習近平のように締め付けを強めた先に、果たしてどれだけの国民がついてくるか。たとえば『90後(中国の20〜30代)』のような若い世代はどうか。共産党もこれから中産階級を増やす方針としているが、彼らの価値観や願望は多様化し、モノを考え、モノを言う国民が増えることにもつながる。習近平の今の路線で引っ張っていけるのか、という問題はある」

宮本さんによれば、中国は今後シンガポールをモデルにしたような社会を目指すとみられる。

「シンガポールは事実上の一党支配だが、指導者は人々が何を求めているかをしっかり把握して、強い政治の力で実現している。 シンガポールの人々はその中で、政治的にはともかく幸せに生活している。こうなる可能性はゼロではない。もちろん人口14億で、日本の26倍の広さがある中国と同一視はできないが、可能性はゼロだと断定もできない。そこに向けて共産党は邁進するのだろう」

■これまでの歴史決議

これまでに歴史決議が採択されたのは2回。いずれも、過去の誤りを総括することで、今の指導者の路線を正当化するものだ。

最初は毛沢東時代、現在の中国が成立する前の1945年で、「若干の歴史問題に関する決議」。建党からの歩みを総括する内容で、毛沢東の政敵がとった路線を誤りだったと認定。「今日に至り、全党は毛沢東路線の正確性について完全に一致し、毛沢東の旗の元に自覚的に団結する」と結んでいる。

次は鄧小平時代の1981年の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」。毛沢東の指導下で発動され、数千万人にも及ぶ死者を出したとされる「大躍進政策」や、権力を取り戻すために毛が仕掛けた「文化大革命」を含めて総括する。この中で、毛に対する個人崇拝的な風潮が強まり、党はそれを正すことができなかったと認定。文革についても明確に「誤り」と断じ、毛には「功績第一、誤り第二」という評価が与えられることになった。

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習近平氏は「安心できない」道のりへ踏み出した。元・駐中国大使に聞く「歴史決議の読み解きかた」

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