東欧ルーマニアの首都ブカレストで2015年に起きた痛ましいクラブ火災をきっかけに、医療制度や国家権力の腐敗を追ったドキュメンタリー映画「コレクティブ 国家の噓」(2019)。2021年の米アカデミー賞の2部門(国際長編映画部門、長編ドキュメンタリー部門)にノミネートされるなど、世界で高い評価を受けた。
国家権力の腐敗はどうすれば防げるか。民主主義とは何か。作品の日本公開を前に、アレクサンダー・ナナウ監督(42)がハフポスト日本版の単独インタビューに答えた。
2015年10月30日、ルーマニアの首都ブカレストにあるナイトクラブ「コレクティブ」で演出用の火花が燃え広がり、27人が死亡、約180人が負傷する大惨事が起きた。その後、大やけどを負いながらも一命を取り留めた被害者が入院先の病院で次々に死亡し、最終的な死者は64人にものぼった。不審に思ったスポーツ紙の記者たちが調査報道に乗り出し、製薬会社と大病院の癒着や、医療システムの腐敗、政府の噓を次々に暴いていく。怒る市民の抗議を受けて内閣は退陣し、新たに就任した若き保健相は汚職撲滅のための改革に着手するが、根深い腐敗に直面することになる。
━━「コレクティブ 国家の噓」は世界中で上映され、ローリングストーン誌やオバマ前アメリカ大統領も2020年のベスト作品に選出しました。人々がこの映画に引きつけられる理由は何だと思いますか。
作品のストーリーが、私たちの多くが社会で感じている「不安」をとてもよく反映しているからだと思います。
私たちは、民主主義が自分たちが思うほど常に安定したものではないと気づき始めています。極右政党が政権を握ることもあるし、ひどく腐敗した政治家が現れることもある、と。そしてすべてがもろい状況では、人々は自分の人生のコントロールを失ったような感覚に陥るのだと思い当たるのです。このことが、作品では巧みに表現されています。
制作チームの努力と人々が心から共感できる物語が合わさって、単なる「ルーマニアの映画」の話ではなく、多くの社会に当てはまる物語になりました。それが世界の多くの人を引きつけたのだと思います。
━━ルーマニア国内の反応はどうでしたか。
非常によく、映画館での興業成績もよかったです。大手動画配信プラットフォームHBOでは「アベンジャーズ」などハリウッドの人気作品をしのいで、ルーマニアで最も視聴された映画になりました。
好意的な反応の一つが、内部告発の急増です。これまで1日に10件程度だった告発件数が、映画が公開された後は100件にもなったのです。作品が、人々に行動を起こさせたと感じています。
━━映画には、スキャンダルの渦中の人物が急死したり、調査報道チームの記者が諜報機関から脅されたと明かすシーンがありました。撮影中に身の危険を感じることはありませんでしたか。
私たち自身は危険だとは感じませんでしたが、諜報機関から監視されていることは知っていました。携帯電話も盗聴されていると内部告発者から聞いていました。それで撮影した映像データを守るために、毎晩その日撮影した映像をコピーして、複数の場所に分散して保存し、時には国外に送って保管してもらいました。
━━作品中には、病院の腐敗を告発する医師や職員たちが、顔を隠さず実名で登場します。どう説得したのですか。
告発者とは最初に「撮影はするけれど、公にしてもよいかは完成した作品を見てから決めていい」という取り決めをしました。幸い、全員が勇気を持って公開に同意してくれました。
内部告発者は全員が女性でした。この映画は女性たちの勇気も示していると思います。ジャーナリストの調査報道も、彼女たちの存在なくしては不可能でした。
━━作品にはナレーションや字幕による説明がなく、ナナウ監督が得意とする「観察的」手法がとられています。カメラは記者や保健相に密着し、いっしょに真実を見つけていきますが、ここまでの巨大な権力の腐敗が明らかになると想像していましたか。
いいえ。何かしらストーリーはあるだろうという直感はありましたが、何が起こるかは分かりませんでした。そこが観察的手法の面白いところだと思います。撮りながら発見する、そしてそれが作品にも、映画の作り手と同時に(事実を)発見しているという緊迫感をもたらすのです。
━━調査報道により、病院で手術などに使われていた消毒液が製造時点で薄めてられていたことや、製薬会社と病院の癒着が判明します。それを知ったとき、監督自身はどう感じましたか。
人が、ここまで人間性を失って「殺人者」になれるのか、こんなことがありうるのかと理解できませんでした。
さらに、ルーマニアが抱える複雑な問題として、当時から今日まで誰もその責任を取っていないのです。消毒液を薄めて販売した会社の関係者も自由の身です。ルーマニアでは司法制度と政治家のせいで、誰も罰せられていません。ルーマニアはEU加盟国ですが、旧社会主義国家です。40年間以上にわたった社会主義体制を洗い流すのは非常に難しい。司法制度も政治システムも、今でも内部はとことん腐敗しているのです。
━━調査報道を率いた記者が「火事のあと、みんなが黙っていたことが国家の噓を許した」「報道が目を光らせなければ、国家は国民を虐げる」と述べるシーンがあります。欧米各国でポピュリスト政権が誕生している民主主義の現状をナナウ監督はどう感じていますか。
民主主義制度は乱用されうると思っています。
立法を担う政治家が司法制度を支配してうまくやれば、司法は腐敗した病院長や政治家ら権力者を裁くことができません。裁けたとしても軽い罰しか科せずに、結果的に汚職を助長することになります。権力者は逃げおおせてしまうのです。人々が無関心をやめることが、私たちがお互いを守り、民主社会を守るすべだと思います。
━━クラブ火災をきっかけに、批判を浴びた当時の内閣が退陣しましたが、その後もルーマニアでは汚職スキャンダルはなくならず、政府の透明性を高めようと奔走した保健相ものちに解任されました。ルーマニアの未来をどう見ていますか。
いらだちはありますが、同時に、良い方向に向かっているとも思います。人々は以前とは異なる投票行動を取っています。この間にも、汚職と闘うことを掲げて若い世代の支持を集めた改革派の政党から市長が誕生しています。
変革には時間がかかり、前進もあれば後退もあります。人々が警戒を続けなければ民主主義は手にできません。それは当然のように与えられるものではなく、日々、勝ち取らなければいけないのです。
ルーマニアのように、社会主義体制に由来する汚職文化によってシステムが骨抜きにされているような国では時間もかかります。私自身、祖国の未来に楽観的になることもありますが、そうしてばかりもいられません。変化は一進一退なのです。
━━映画では権力腐敗を暴くのにジャーナリストの活躍が光りますが、日本では報道機関が人々の信頼を得るのに苦労しています。
民主主義が機能している国では、長らく報道の大切さが忘れられていましたし、「メディアは悪者の味方」というとらえ方が世界的に広がっていることも理由でしょう。
作品が示すとおり、ジャーナリストが市民の信頼を勝ち取ることは非常に難しいのです。そうして得た信頼も簡単に失われます。いったん失われると、回復させることはほとんど不可能なのです。
━━日本政府も公文書を改ざんしたり、情報開示を渋ったりと透明性が欠けています。これから映画を見る日本の人たちに伝えたいことは何ですか。
ルーマニアでは、映画を見た多くの人が報道機関に内部告発を行いました。この映画を制作していて私たちが得た教訓の一つが、人々が声を上げて汚職と闘えば、変化は起こせるということです。
民主主義は、報道機関と市民による権力のチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)によってこそ保たれます。民主主義制度においてもっとも重要なのは市民の存在で、彼ら自身が権力に対して「噓は許さない」と意思表示する必要があるのです。
■アレクサンダー・ナナウ Alexander Nanau
1979年ルーマニア出身。ベルリン映画テレビアカデミーで演出を学ぶ。ホームレスの男性の夢を追ったドキュメンタリー映画「The world according to Ion B」(2009)で国際エミー賞を受賞。ブカレストの貧困地区に暮らす少年らの成長を追った「トトとふたりの姉」(2014)で欧州アカデミー賞ノミネート。「コレクティブ 国家の噓」は2021年、ルーマニア映画として初めてアカデミー賞ノミネートを果たした。
「コレクティブ 国家の噓」は2021年10月2日からシアター・イメージフォーラムやヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で上映される。
Source: ハフィントンポスト
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