観終わった後も耳に残る楽曲と、印象的なセリフの数々ーー。
イギリス生まれの大ヒットミュージカルが、東京公演を経て9月4日、大阪で開幕した。
ドラァグクイーンを夢見る16歳のジェイミーと彼を取り巻く人々の織り成す物語をポップな音楽で紡いだミュージカル『ジェイミー』。
BBCで放送された実話をもとにしたドキュメンタリーがベースとなった本作は、タイトルロールのジェイミー役を演じる森崎ウィンさん(髙橋颯さんとのダブルキャスト)の言葉を借りるなら、「この時代に、今伝えるべきメッセージが詰まった作品」だ。
タイプの異なる森崎さんと高橋さん、2人のジェイミーを深い愛情と信頼で見守る母親マーガレット役は、演技と歌唱に定評がある安蘭けいさんが演じている。
内面に弱さを抱えながらも、どんな時でも力強くジェイミーを支えて背中を押すシングルマザーの難役を熱演している。
物語の舞台であるイギリス・シェフィールドは産業革命に貢献した古い工業都市で、ドラァグクイーンはおろか、将来の夢がパフォーマーというだけで「現実を見ろ」と言われてしまうような保守的な土地柄。
幼いころからドレスやハイヒールが大好きなジェイミーは、16歳の誕生日に母親から憧れの真っ赤なハイヒールをプレゼントされたことを機に、周囲に背中を押されながら偏見や差別をはねのけ、プロムにハイヒールとドレスを身につけていくことを決意する。
特徴的なのは、マーガレットが息子のアイデンティティについて一切の葛藤や悩みを見せない点だ。
どんな時でもマーガレットはジェイミーを決して否定しない。
ドラァグクイーンとしての初舞台で成功し、ジェイミーが「自分」を見失って迷走している時でも苦い表情を浮かべながら見守るだけ。
「僕が普通だったら良かったって思ったことある?」というジェイミーの質問には、遮るように「いいえ!」「あなたがあなたらしくいられるなら、ドレスだって裸だって構わない」と強く返す。
実は、公演に先立ち、日本版のキャストと実在のジェイミーさんとマーガレットさんとの対談も行われていた。
安蘭さんは「(ドラァグクイーンになりたいというジェイミーの夢を)初めから受け入れていましたか?」と質問。マーガレットさんの「ドラァグクイーンは典型的な夢ではないけれど、それが問題だと思ったことはない」という回答が役作りに生かされている。
ちなみに、この対談では、BBCのドキュメンタリーの制作背景についても明かされている。実際には、ジェイミーさんはドレスを着てプロムに行こうとしたが、同級生から暴力を受けないか心配していたといい、母子で話し合った結果「撮影クルーがいれば殴られないだろう」と考え、企画を売り込んだという。
安蘭さんがマーガレット役に投影しているのは、今は亡き自身の両親だという。
日本で生まれ育った在日韓国人3世の安蘭さんも、子供の頃には国籍が異なることで自分のマイノリティ性を自覚させられたことがあった。
「学校で嫌なことを言われて、『国籍変えればいいのに』『日本人になりたい』と思った時も、両親が『自分に誇りを持て』と言ってくれました。大人になって、韓国籍であることは私の誇りになった。ジェイミーと同じように、自分の肉親が応援してくれるという経験をしてきました」
「両親はまだ差別を受けてきた世代。私も両親の苦労を知っているから、両親や祖父母のことを想像すると、ジェイミーやマーガレットの気持ちを想像しやすいかな」
ミュージカル『ジェイミー』のラストでは、パンツドレスに身を包んだジェイミーをプロムに参加させまいとする教師に、同級生たちが一丸となって反発する。実際のプロムでも同様だったといい、時代の変化を感じるエピソードだ。
「時代がどんどん変化している今だからこそ、幅広い世代に伝わるメッセージがあると思う」と安蘭さんは語る。
人生は一度きり。自分らしく生きるのに、誰かの許可なんて必要ないーー。
作品に通底するこのテーゼが、ジェイミーをはじめとした登場人物たちをパワフルに鮮やかに印象づけている。
同時に、「人生は一度きり」というセリフに、無事に翌日も幕が開くか分からないコロナ禍での刹那的な公演が重なる。
「自分が一番自分らしくいられるのは、舞台に立っている時」という安蘭さんは、コロナ禍で続く舞台演劇の苦しい状況についてこう吐露する。
「稽古しても上演できない人、稽古すらできない人もいる。その気持ちを思うと、あまりにも辛い。自分らしくいられる場所がなくなってしまうというのは、どうやって生きていけばいいのか、というぐらいに落ち込む人もたくさんいると思います」
「大変なのはエンタメだけではないし、声高には言えないですけど…。『不要不急』と言われてしまうと、生きてる意味をそこに見出している者にとっては、すごく辛いです」
コロナ禍ではライブ配信やライブビューイングによる舞台の楽しみ方も増えてきたが、役者と観客が一緒に作り上げる劇場という空間そのものが、生の舞台演劇の最大の魅力だ。
「コロナ禍で舞台に立つのは申し訳ない気持ちもあるけれど、お客さんが求めてくれるのはすごく嬉しくって…。舞台って演者とお客さんがいて初めて成り立つものだと思っているので、やっぱり本当は劇場に見にきてほしい。エゴかもしれないけど、お客さんのダイレクトな反応を感じていたいんです」
(取材・文:中村かさね 写真:KAORI NISHIDA)
ミュージカル『ジェイミー』
大阪公演は9月4~12日、新歌舞伎座。愛知公演は同25、26日、愛知県芸術劇場大ホールで上演される。緊急事態宣言を受け、観客を定員の50%に制限して上演している。
<公式サイト>
https://horipro-stage.jp/stage/jamiemusicaljp2021/
Source: ハフィントンポスト
子どもの背中をどう押す? 安蘭けいは「今、親として伝えるべきメッセージ」をみせてくれた。 #ジェイミーミュージカル