コロナ禍で「近くて低い山」が人気。夏の登山で気をつけたいこと【塔ノ岳「花立山荘」高橋守さんに聞く】

今年も夏の登山シーズンがやってきた。 

私が初めて山登りの楽しさに出会ったのは、2009年夏。よく知った友人と一緒に北穂高(長野県)に登ったのが最初だ。山の先輩から、涸沢(からさわ)での景観の美しさを聞き、どうしてもという私の願いを友人が受け入れてくれた。

先輩からは事細かに必要な装具を学んだ。多少の重量があろうとも、山の危険性を真剣に語ってくれたからこそ、過剰にリュックに詰め込んだ。山のビールが高額だと聞いて500mlの缶ビール2本も持ち合わせた記憶がある。結局のところ、山の麓で飲みほしたのだが。

初めての登山であることと同時に、自分たちの常識に自信のなかった我々は、先輩の教え通りに準備を行い、無事に下山することができた。怪我することも、体調も崩すこともなかった。安心と同時にほんの少し、山の経験を重ねることができた。

それから10年間、毎年のように屋久島を訪れては、身の丈にあった登山を楽しんでいる。

コロナで「遠くて高い山」から「低くて近い山」へ

今年のゴールデンウィークには例年と同じく、多くの山岳遭難が発生した。4月29日〜5月9日の間で、死者26人、行方不明者3人、負傷者54人。1150人の救助隊員が投入され、ヘリコプターも48回出動したという。

昨今は新型コロナ感染拡大の影響もあって、登山者の行動も変わりつつある。多くの登山愛好家が活用する登山アプリYAMAPとNHKが整理・分析したデータだと、コロナ前の2019年と比較して2020年は、2000m以上の高い山に登る人の割合が減少した。それと同時に1000m未満の比較的低い山への登山者が増加。

また、100km以上離れた山に行く人が減少しており、50km以内の山に行く人が増加。つまり、「遠くて高い山」から「低くて近い山」が選ばれやすくなっているのだ。

今回、神奈川県秦野市にある塔ノ岳(約1300m)に登る機会に恵まれた。都心からもアクセスが良く、「低くて近い山」にイメージが近い。山のケアについて山小屋の主人に話を聞いた。快く受けてくれたのは、途中の山小屋「花立山荘(はなたてさんそう)」の高橋守さんだ。 

「このルートは正しい」という自信が事故につながる

花立山荘の歴史は古い。1955年(昭和30年)に第10回国民体育大会が神奈川県で開催された。山岳競技が実施されるため、丹沢の山小屋を整備する必要があり、その一環で作られたそうだ。

今から31年前に高橋さんはこの山小屋へ。元々は山岳競技の国体選手だった高橋さん。トレーニングで山を行き来する中で、次第に小屋の経営に興味を持ったという。平日はサラリーマンとして働き、週末は土日だけオープンする山小屋「花立山荘」の番を務めることとなった。 

「私がやっていたものの1つに縦走があります。いわゆる荷物を背負って山を駆け上がるものです。1チーム3人のチーム重量が与えられ、チーム最後尾がゴールしたタイムで計測される。荷物はみんなで分けて、強い人は多く持ち、弱い人をカバーしてあげるなど、山での助け合いが競技の中にありました。体力と読図(地図を読む)力が試される競技ですね」(高橋) 

 特に事故やトラブルに見舞われることはなかったそうだが、ご自身も気をつけていることがある。

 「山の中では慎重な行動と言いますが、大事なのは『自信過剰にはなるな』ということ。『このルートは正しい』という自信だけは持たない方がいいです。

道を間違えたことに気づいたら、元の位置まで引き返すことが大事。人間の性質上これができないことが多いんです。上りはいいんですけれど、下りでミスに気づいても、なかなか戻る勇気がでない。下山時は疲れています。そんな中、再び登って戻るよりも他のルートがあると考えてしまう。そこから始まる事故が多いですよね。

上りは頂点に行くからいいんですけど、下りはどこにたどり着くかわからない。だから現在地を見失いがちになります」

 一度、ルートを外して整備されてない道に出ると、崖から滑り落ちる可能性も出てくるから注意が必要だ。

夏の登山の装備で忘れてはいけないものは…

最近の登山客に対しても警鐘を鳴らしている。

「若い世代の人たちが、登山装備を持たずに登っているケースが多い。『どんな時でも地図、雨具、ヘッドランプを持ちなさい』と、我々は言われてきたものです。

でも最近は、ヘッドランプを持っていない人が特に多い。心配で『持っていますか』と聞くと、『いや、スマホがあるんで』と。日帰りでもヘッドライトは登山において必携です。トラブルがなってからでは遅い。ですので、なるべくお声がけをして、確認をしています。山小屋にもヘッドランプを用意し、購入できるようにしています。でも、基本的なことですので、ぜひ、ご準備いただきたいです」

今の時代において、登山に必要な道具はECサイトで簡単に購入できる。便利な一方で、偶然教えてもらえるエピソードに触れる機会が減っていることも想像できる。これまでだと山の専門店で購入していたので、そこでの事故の話や、それに対応する必需品の話などを聞くことができた。能動的に身を守るためのアイテムを準備していたはずだ。

そんな中で、高橋さんはスマホに対しても理解を示す。 

日々の生活の中でもスマホの充電切れは厄介だが、山においてもこれは避けなくてはならない。スマホのバッテリーに余裕があってこそ行動にも余裕が出てくるもの。山小屋にはソーラーパネルと風力発電をつけているが、「電力は不十分」とやや心配だ。

また、最近ではLACITAのポータブル電源・エナーボックスも設置した。若者が利用しやすいようにと、手に取りやすい食事場に置いてある。「使い勝手や発電量など不十分な部分はあるが、将来性に期待したい」と話すが、登山客のためにできることなら、新しいことにも取り組む姿勢だ。 

「今はスマホ時代。写真撮影や登山アプリにも使います。ですので、スマホを充電できる中継基地のような場所は必要だと思います。さらに、充電ができるスポットが、今後は地図上にも記載されるようになれば、皆、安心して登山ができるのではと思います。トイレの場所が書いてあるようにね。電子機器に頼り過ぎるのもどうかと思うけれど、ある以上は、有効に使うのが、遭難を回避する手段の1つになるんじゃないかとも思います」

 

デジタルに頼り過ぎない準備を

2009年6月。とある女性(68歳)が花立山荘に助けを求めてやってきたそう。脱水症状で体調を崩していた。県警にヘリコプターを要請したが、天候不良で到着が難しい。そこで、高橋さんは女性を背負って下山することを決意。1時間10分かけて女性を背負い、警察に届けたという。人命救助の感謝状を受け取ることとなった。

悪天候の中、人を背負って山道を行くのは、やはり危険なことである。だが、目の前に困っている人がいれば、じっとしていられないのも山男の性分だ。だからこそ、こういった実態を招かぬよう、自身の準備が必要。デジタルは便利ではあるけども、アナログも忘れてはいけない。そういったマインドの準備こそが、今の山登りに必要なのではないだろうか。少し便利になった時代の、近くて低い山。高橋さんの笑顔を見ていたら、この人を困らせてはいけないと思った、初夏の登山だった。

そして、いただいた「山菜うどん」の味も忘れてはいけない。

(取材・文:上沼祐樹 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版

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Source: ハフィントンポスト
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