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女性蔑視発言、障害者への凄惨ないじめ、ホロコーストを揶揄したコント――。東京五輪は招致決定から開会直前まで、関係者の問題発言が次々と発覚し、日本の人権意識の未熟さが世界に露呈した。
批判を浴びているのは、個人の言動だけではない。国連の人種差別撤廃委員会が「虐待的かつ搾取的な慣行」と非難するのは、日本が国家として推進してきた外国人技能実習制度だ。
アメリカに「ヒーロー」と表彰された弁護士
「国際協力」という建前の陰で、債務を背負った外国人を「安価な労働力」として日本企業が利用している実態を、政府は見て見ぬ振りをしてきた。
7月にアメリカ国務省から「人身売買と闘うヒーロー」に選ばれた指宿昭一弁護士(59)は、表彰式のあいさつで「(制度が)人身取引と中間搾取の温床になっている」とし、「数年以内に廃止に追い込む」と誓った。
日本は、あらゆる差別の撤廃をうたう五輪憲章にかなった開催国と言えるのか。政府や企業がとるべき行動を聞いた。
「死産」したベトナム女性、なぜ有罪?
五輪開会式3日前の7月20日、熊本地裁では技能実習生のベトナム人女性に、執行猶予付きの有罪判決が言い渡された。裁判官は、被告のレー・ティ・トゥイ・リンさん(22)が2020年11月、死産した双子の遺体を自室に1日放置したとして、死体遺棄罪を認定した。
弁護団によると、リンさんは妊娠が発覚すれば帰国させられると思い、誰にも相談できずに一人で出産したという。遺体は「安置」していただけだとして無罪を主張したが、認められなかった。
裁判官に「恥を知れ」と言いたい
弁護団を支援してきた指宿氏は、判決を受け「この日本という国が、被害者を加害者として処罰する国であることについて、私は本当に許せない。裁判官の娘や家族が、そんな目に遭ったらどう思うか。そういう人を処罰しますか。裁判官、恥を知れと言いたい」と憤る。
実習制度の問題点は主に3つあるという。
制度を廃止すべき3つの理由
①制度目的が実態と乖離
実習制度の目的は、法律で「開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進すること」とされ、「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と定められている。
しかし、指宿氏は「その目的は噓だ。実際は安価な労働力を受け入れるための制度だ」と言う。
実習生は2019年末時点で約41万人。受け入れているのは建設や食品製造などの中小零細企業が中心で、企業側にとっては「労働力の補充」、実習生にとっては「出稼ぎ」が実態とみられている。「日本政府は正直に労働力の受け入れ目的だということを明言すべきだ」と指宿氏は訴える。
②勤務先の固定が失踪を誘発
実習生は最長5年間、受け入れ企業で働くことになるが、最初の3年間は勤務先を変えられないのが原則だ。そのため、劣悪な労働環境を背景に、実習生の失踪が後を絶たず、2019年はその数が8796人に上った。
リンさんの場合、妊娠に気付いたのは実習3年目にさしかかるころ。実習先の監理団体から「妊娠などしないように」と釘を刺されたというが、理解ある職場に移りたくても制度上困難で、孤立出産に追い込まれる結果になった。
指宿氏は「賃金の未払いや労働基準法違反、パワハラ・セクハラがあっても、事実上、勤務先は変更できない。変更には権利侵害を証明する必要があり、証明できたとしても、他の企業が引き受けてくれるとは限らない」と指摘する。
③ブローカーによる中間搾取
実習生は自国のブローカーである「送り出し機関」に仲介手数料を支払うのが一般的だ。実習生全体の約半数を占めるベトナムの場合、年収の数倍に相当する100万円を超すこともあり、リンさんは150万円を払ったという。
実習生にとっては、その返済が当面の目標となるため、労働環境が劣悪でも我慢し、人権侵害が発覚しにくい要因となっている。
手数料の高騰は、実習生を受け入れる日本の監理団体(商工会議所、協同組合など)にも責任の一端がある。指宿氏によると、監理団体が送り出し機関からキックバックや高額な接待を受けている事例があり、それらの費用も手数料に跳ね返っていると考えられている。
送り出し機関が実習生に不当なルールを押し付けているケースもあるという。「日本での妊娠・出産のほか、弁護士や労働組合、労働基準監督署への相談・申告を禁止するというルールが決められていることがある。それを守らせるため、保証金をとったり違約金契約をつけたりしている」
アメリカが酷評する日本政府の取り組み
外国人技能実習制度は海外からも問題視されている。
アメリカ国務省は世界各国の人身売買に関する2021年版の報告書で、日本国内外の業者が実習制度を「外国人労働者搾取のために悪用し続けている」と批判。日本政府の取り組みを「最低基準を満たしていない」と厳しく評価した。
日本政府は20年10月に「ビジネスと人権に関する行動計画」をつくり、企業にサプライチェーンの人権リスクを管理する「人権デューデリジェンス」を導入するよう期待を表明したが、具体的な対応は企業任せだ。
日本企業は、実習制度にどう向き合うべきなのか。
「この制度は危なすぎる」
――実習生を受け入れている、もしくは受け入れ予定の企業は、どんな点に注意すべきですか?
実習生の受け入れはやめた方がいい。この制度は危なすぎる。自分のところできちんとやろうとしても、本国の「送り出し機関」が何をやっているわからない。気がついたら人権侵害の片棒を担いでいる可能性がある。企業としては労働基準法を守り、パワハラ・セクハラをなくしても、送り出し機関が「妊娠禁止」としていたら、その実習生は出産できず、妊娠したら失踪せざるを得なくなる。子どもを産んで遺棄する可能性もある。
実際、技能実習は債務労働という意味での奴隷労働だ。受け入れ企業が法令を守っても、100万円も借金をさせられた奴隷的な労働者を使っていることに変わりはない。それでも受け入れるなら、監理団体や送り出し機関が何をやっているか、しっかりチェックをして欲しい。本気でチェックするのは非常に難しいが、その難しさがわかったら、受け入れをやめた方がいいと思う。
「特定技能」の受け入れを
――労働力不足の問題が残るのでは?
そこは苦しいところだ。現在であれば「特定技能」(※)の外国人を受け入れた方がいい。ただ、特定技能はブローカーが儲かりにくい仕組みなので、供給源が少ないのが問題だ。厚生労働省が主導して民間の健全な人材派遣組織を養成するなど、人権侵害がない形で労働者が移動できる労働力のマッチングシステムを作らなければならない。企業も政府に対し、制度を改善するよう声を上げて欲しい。
(※)特定技能
2019年4月に新設された在留資格。目的を「労働力不足に対応するため」とし、介護や外食業、農業など14分野を対象とする「特定技能1号」は最長5年滞在できる。取得には、国内外で実施される分野別の技能試験と日本語試験に合格するか、技能実習を3年間修了する必要がある。
「取引先の事件」では済まない
――大企業など、実習生を受け入れていない企業にできることは?
サプライチェーンの末端にある中小零細企業が、実習生を使っていることはよくある。そこに大企業としての責任を感じて欲しい。大企業として直接人権侵害をしていなくても、供給元で人権侵害がある状況で、果たして健全な企業活動ができるのか。実際、サプライチェーンで人権侵害があったとき、社会的な批判はその会社だけに留まらず、一番先にある大企業にまで及ぶ。
「レピュテーションリスク」と言われるが、評判が落ちれば、企業として億単位の打撃を受けるはずだ。「ビジネスと人権」の指導原則が2011年に国連で採択され、それが社会的に重要な規範となっている。日本も20年に行動計画を策定した。今までは「うちは関係ない」「単なる取引先の事件だ」で済んでいたことが、もう済まない時代になっていることを認識した方がいい。
【指宿昭一(いぶすき・しょういち)弁護士】
1961年、神奈川県生まれ。大学卒業後、労働運動の傍ら、司法試験の勉強を続け、40代半ばで弁護士に。外国人労働者の権利保護に取り組み、スリランカ人女性が2021年3月に名古屋の入管施設で死亡した事案では、遺族の代理人を務めている。
第二東京弁護士会所属。日本労働弁護団常任幹事、外国人技能実習生問題弁護士連絡会共同代表、外国人労働者弁護団代表などを務める。
著書に「使い捨て外国人 ~人権なき移民国家、日本~」(朝陽会、2020年)、「リアル労働法」(河合塁・奥貫妃文編集、法律文化社、2021年)などがある。
Source: ハフィントンポスト
「この制度は危なすぎる」 五輪でも露呈した日本の人権意識の低さ、“ヒーロー” 弁護士が指摘する問題とは