「法的に保障されているからこそ、安心していられる」。
15年以上前に同性婚が認められたカナダで暮らす鈴木まど佳(まどぅー)さんは、そう話す。まどぅーさんはカナダ人女性のパートナーと国際結婚し、現在は「ふたりママ」として双子を子育て中だ。
愛する人と結婚したいと思った時、性別にかかわらず、結婚できる。そして、法的な「家族」として暮らすことができる。
こうした法制度は、人々が暮らす社会に大きな影響を与えている、とまどぅーさんは話す。
まどぅーさんとキムさんの出会い
千葉県出身のまどぅーさん。幼い頃からバレエを習い、高校生の時にはストリートダンスにのめり込んだ。
20歳の時にアメリカに短期滞在し、その2年後となる2012年、「なぜダンスが生まれたのか?なぜ人は踊るのか?」を探求しにピースボートに乗り、アフリカや南米を中心に世界一周する旅に出た。
20カ国以上を訪れ、現地で暮らす人々と一緒に踊る日々。この時の経験は、まどぅーさんにとってかけがえのないものになり、価値観にも影響を与えたという。
国や文化によって、「当たり前」や「普通」なことは違う。だから、「当たり前」や「普通」なんてないのだ、と思うようになった。
パートナーとなるキムさんに出会ったのは、世界一周の最中だ。
ピースボート船内でLGBTQ+に関する啓発イベントが開催され、そのイベントに参加したことが出会いのきっかけだった。
まどぅーさんと同じように、踊りながら世界を旅していたキムさん。2人は意気投合し、やがて友人関係から恋愛に発展した。
そして2016年、同性婚が認められているカナダで、まどぅーさんとキムさんは国際結婚した。
「誰を愛するか、誰とともに生きていきたいか、それは自分の心が決めること」
キムさんと恋愛関係になるまで、まどぅーさんは、自分のことを異性愛者だと思っていたという。過去には男性との交際経験もあり、LGBTQ+という言葉も知らなかったそうだ。
キムさんとの関係を築き上げていく中で、自身のセクシュアリティについて考えるようになったというまどぅーさん。「私は何なのか、言葉に当てはめようとすることが自分の中ではとても難しいのです」と話す。
「周りの人からはレズビアンでしょうと言われたり、私の過去を知っている人からはバイセクシュアルだと言われたりすることもあります。自分の中ではパンセクシュアルなのかもしれないな、と思うんですが、自分のセクシュアリティはすごく未知数なんです」
「自分の『属性』を見つけることで、『自分と同じような人がいるんだ』と安心できる場合もある。それと同時に、自分のセクシュアリティが何なのか、わからないまま生きていく人がいてもいいのかなと私は思っています」
まどぅーさんはそう語る。
「大事なことは、どんな性的指向であれ、尊重されるべきだと思うんです。誰かに言われて人を愛するわけではないし、誰を愛するか、誰とともに生きていきたいか、それは自分の心が決めることです。人から強制されたり、努力したりすることで変えられるようなものではなく、それを制限されてしまうこと自体が人権侵害だと思います」
「外国人であること、そして同性であるという理由で、私たちは日本では『家族』になれない」
まどぅーさんとキムさんが暮らすカナダでは、2005年に同性同士の結婚が認められた。
今は28の国で同性婚が認められているが、カナダは世界で4番目に同性婚を合法化した国だ(EMA調べ)。世界の中でも、早い段階で同性カップルを法的に保障し、人権を尊重してきた。
まどぅーさんがキムさんと暮らし始めた2014年当時、「日本でキムさんと暮らす」という選択肢も、頭によぎったという。
しかし、その選択はほとんど「夢」のような話だった。まどぅーさんはそう振り返る。
「これは国際同性カップルが直面する問題ですが、キムは外国籍なので、日本ではキムの配偶者ビザが下りません。法律婚した外国籍の同性カップルの場合は、パートナーに『特定活動』の在留資格が出ることもありますが、私は日本人なので、該当しません。
キムと一緒に日本で暮らすためには、私が日本国籍を捨てないといけないんです。でも、日本人である私が日本国籍を捨てなくてはいけないというのは、国から差別されていると思います」
読売新聞の報道によると、政府は外国で日本人と結婚した外国人の同性パートナーに、「特定活動」の在留資格を認める方向で検討に入ったという。
しかし、「特定活動」はワーキングホリデーやインターンシップなどと同様の資格だ。報道によると、日本の法律上の婚姻関係が認められるわけではないという。
「キムが外国人であること、そして同性であるという理由で、私たちは日本では『家族』になれない。キムと暮らし始めた2014年当時の日本は、LGBTという言葉がニュースに出始めたくらいの段階でした。その状態で、日本でキムと一緒に暮らしていくというビジョンは描けなかったんです」
カナダ政府の謝罪「私たちは何度も何度も、LGBTQ2の人たちを失望させてきました」
LGBTQ+コミュニティーの人権をめぐり、カナダが「先進国」であることを象徴する出来事がある。
2017年11月28日。ジャスティン・トルドー首相が、首都オタワで開かれた議会で演説し、過去のカナダ政府による性的マイノリティに対する差別的取り扱いを謝罪したのだ。
16年前に同性婚が認められたカナダだが、かつては性的マイノリティは厳しい差別や偏見にさらされていた。1960年代まで同性愛行為は犯罪とされ、東西冷戦中だった1950年代には、多くの性的マイノリティが「脅威」とみなされ政府や軍の職から解雇された。
BBCによると、「同性愛者はソ連のスパイに利用されやすい」という理由で、当事者を通報するように強制されたという。被害者らは政府に損害賠償を求める集団訴訟を起こした。
「政府の一番の仕事は、市民の安全を守ることです。そしてこのことに関して、私たちは何度も何度も、LGBTQ2(※)の人たちを失望させてきました」
この日議会に立ったトルドー首相は、こうスピーチした。
「この国がかつてしたことを恥と思い、悲しみと深い後悔を持って、私は今日ここに立ち、こう申し上げます。私たちは間違っていました。謝罪します。申し訳ありません。私たち全員が、申し訳なく思っています」
議会には、かつて不当に公職を追われた当事者も招待されたという。その後、カナダ政府は被害者らに対し、最大1億カナダドル(約90億円)の賠償金を支払うことを決めた。
政府による組織的な差別を「間違い」だったと認め、政府を代表して、被害者や当事者に謝罪をする。このスピーチは「歴史的な謝罪」だと言われている。
(※)LGBTQ2は、カナダで性的マイノリティを表す総称として使われている。「2」は北米の先住民が用いる「Two-Spirit」を意味する。
▼謝罪することを宣言したトルドー首相のツイートより
On November 28, the Government will offer a formal apology to LGBTQ2 Canadians in the House – for the persecution & injustices they have suffered, and to advance together on the path to equality & inclusion.
— Justin Trudeau (@JustinTrudeau) November 19, 2017
「私たちは間違っていた」トルドー首相の歴史的な謝罪がもたらしたもの
まどぅーさんは、トルドー首相の謝罪スピーチを生中継で見ていたという。
「すごく心が揺さぶられました」と、当時受けた印象を振り返る。
「国のトップが、かつての間違いを認めて国民に向けて謝罪をする。スピーチでは、『6歳であろうと、16歳であろうと、60歳であろうと、全員に愛される価値や自分らしく生きる権利がある』とも述べていました。
重要なのは、あの日、トルドー首相だけではなく、全ての政党のトップが謝罪をしたことです。右派、左派、保守やリベラルも関係なく、『これは人権問題である』という意識がすべての政党にあるんだということが伝わりました。あのスピーチは本当に大きな意義があったと思います」
カナダでは、1996年に人権法が改正され、性的指向が差別禁止の対象に含まれた。性的マイノリティへの差別解消を約束したトルドー首相は、2017年、ジェンダーアイデンティティ(性自認)と性表現を差別禁止の保障対象に加えた。
トルドー首相はプライド・パレードにも毎年参加するなど、LGBTQ2コミュニティへの支持を表明しつづけている。
「もちろん政策すべてが完璧というわけではないんですが、内閣の男女の割合をカナダで初めて同数にしたのもトルドー首相でした。
その時、記者の方の『なぜ男女平等にこだわるのか』という質問に、『だって2015年だから』と答えていた姿が印象に残っています。それくらいシンプルなことで、それを実行にうつすだけなんだと感じました」
「法的に保障されているからこそ、安心していられる」
トルドー首相の謝罪は、国として、性的指向や性自認を理由にした差別は許さない、というメッセージでもある。
同性婚が法的に認められ、差別が法律で禁止されている。そして、国のトップはそれに沿った姿勢を示している。こうした国の制度や行動は、社会にどんな影響をもたらしているのだろうか。
まどぅーさんは、こう話す。
「カナダに差別や偏見が全くないというわけではありません。個人的に差別されたことはあるし、マイクロアグレッションもある。今後もきっとあるだろうし、子ども達がその標的になる可能性だってあります。
でも、首相が謝罪したということを含めて、法的サポートがあり、差別が禁止されているということは大きな意味を持っていると思います。愛する人と望んだら結婚できる。それが保障されていて、それができないのは人権侵害である。国がこう認めているんです」
まどぅーさんとキムさんは、2019年に双子の子どもを授かった。子どもたちの出生証明書には、「Parent(親、保護者)」という欄にまどぅーさんとキムさんの名前が並んでいたという。
「『母』、『父』ではなくて、私とキムが親なんだと。その証明書をもらった時は本当に嬉しかった」とまどぅーさんは振り返る。
「親が同性同士であることで心配することは何もないです。
例えば、万が一子どもが病気になって入院した時、私もキムも、親として面会ができる。幼稚園や学校へも保護者としてお迎えに行ける。外国人同性パートナーへの配偶者ビザや、子どもの親権の問題がないので、家族がいきなり離れ離れにさせられることもない。
ふたりの母がいる。本当にそれだけで、血縁がどうだ、ということは言われません。
法的に保障されているからこそ、安心していられる。大きな主語になってしまいますが、日本との違いはそこにあると思います」
「勝ったり負けたりを繰り返しながら歩んできた」
日本では、婚姻の平等を求める集団訴訟「結婚の自由をすべての人に」が進んでいる。
原告らは、法律上同性同士の結婚が認められないのは法の下の平等を定めた憲法に違反しているとして、国を相手取って戦い続けている。3月には札幌地裁で違憲判決が下され、大きな追い風となった。
Twitter(@madocanada)やブログなどを通して、カナダや日本でのLGBTQ+をめぐる情報について発信を続けているまどぅーさんは、固唾を飲んで訴訟の行方を見守っている。
まどぅーさんが強調するのは、LGBTQ+の人たちが安心して暮らせると言われるカナダも、数々のステップを踏んできたということだ。
「カナダがもともと寛容だったのかというとそうではなくて、少しずつ少しずつ、歩んできた歴史があります。それこそ、1960年代はゲイ男性が刑務所に入れられたこともありましたし、保守的なアルバータ州では、2002年に同性婚を禁止するという法案が可決されたこともあります。
なぜ変わったかというと、いま日本で裁判が行われているように、カナダでも多くの同性カップルが訴訟を起こし、勝ったり負けたりを繰り返しながら歩んできました」
当時のカナダでも、反対意見はあった。「少子化が進む」とか、「結婚しなくても一緒に住めるならいい」とか、「子どもがかわいそう」などといった、日本でもよく聞くようなフレーズだ。
「カナダでも当時から反対している人はもちろんいたし、差別が今もゼロだというわけではありません。でも、2005年に同性婚が認められてから16年が経ったカナダでは、今日本でされているような議論を聞くことはもうほとんどありません」
なお、同性婚が認められた2005年からカナダの出生率は横ばいがつづいている。同性婚と少子化を結びつけるデータは見当たらないという。
そして、「周囲と違う家族であることが、子どもの幸せに関係しているという根拠はない」と、まどぅーさんは指摘する。
まどぅーさんは、キムさんと2人の子どもたちとともに、幸せな日常を送っている。日々の暮らしの様子は、「特別」なことなど何もない、家族の風景そのものだ。
「『子どもがかわいそうだ』とか、そんなふうに決めつけられることもありますが、周囲と違う家族であることが、子どもの幸せに関係しているという根拠はないと思います。あるとしても、そうなってしまうのは、社会や制度が原因だと思うんです。
私たちはまぎれもない『家族』で、泣いて怒って笑って日常を過ごす『家族』です。私たち『ふうふ』は子どもの幸せをいちばんに考え、ふたりでしっかり愛情を注ぎ、親として精進していくのみなんだ、と感じています。
そして、日本でも私たちが家族になれる日を待ち望んでいます」
(取材、文:生田綾 @ayikuta)
Source: ハフィントンポスト
同性婚が16年前に認められたカナダで暮らす“ふたりママ”。「日本で暮らすビジョンは描けなかった」