恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演し、誹謗中傷を受けた後に亡くなった木村花さんの母・響子さん。後を絶たない誹謗中傷の被害をなくしたいという思いで、侮辱罪の厳罰化を求めるオンラインの署名活動を行なっている。5月17日時点で、3万筆以上の賛同が集まった。
署名を立ち上げた理由の一つに、花さんに向けられた中傷の多くが名誉毀損罪に問うことが難しく、刑事罰がもっとも軽い「侮辱罪」に適用されたという背景がある。花さんへの中傷をめぐり立件された2人はいずれも侮辱罪で刑事処分を受けたが、科料9000円の略式命令にとどまった。
響子さんは、「SNSが普及した今の時代にあった罪の重さではない」と訴える。侮辱罪の問題点について、響子さんや、専門弁護士に聞いた。
男性2人に科料9000円の略式命令
「テラスハウス」放送後にSNS上で数多くの誹謗中傷を受けた花さんは、2020年5月に命を絶った。
警視庁捜査1課は、花さんに寄せられた書き込みのうち約200アカウント、300件の投稿を誹謗中傷と判断。これまでに大阪府の20代男性(2021年3月)、福井県の30代男性(同年4月)が侮辱罪で略式起訴された。
大阪府の男性は、8回にわたり花さんに「テレビ、ネット、社会でも生きてるだけで笑いもの」「ねえねえ。いつ死ぬの?」などと投稿したという。
福井県の男性は花さんのTwitterアカウントに複数回コメントし、「死ねや、くそが」「きもい」などと投稿した。
大阪府の男性は遺族に謝罪 「罪を償い、花のために祈ってほしい」響子さんの思い
響子さんによると、大阪府の男性からは、響子さん宛に謝罪のメールが送られてきた。
メールには、病気が原因でやりたいことがやれず、ストレスの憂さ晴らしで中傷をしてしまったと書かれていたという。
告訴するか悩んだというが、「しっかり罪として形にすることで、罪を償ってほしい」という思いで告訴に至った。
「罪の意識に苛まされていることが伝わってきましたし、警察の聞き取りを受けることもとても辛くて大変なことだったと思います。科料は9000円ですが、前科もついてしまいますし、やってしまったことの重さを感じているのではないかと思います」
響子さんはそう話す。
「これからは罪を償った上で、新しい人生を幸せに生きていってほしいです。幸せになって、時々、花のために祈ってくれたらいいなと思います」
「侮辱罪の厳罰化で、誹謗中傷の抑止力に」署名をスタート
一方で響子さんは、現行の侮辱罪は、今の時代に即していないと指摘する。
今回は悪質な誹謗中傷に捜査機関が動き、刑罰が科されたかたちだが、侮辱罪の法定刑は「30日未満の拘留または1万円未満の科料」で、現行法の中でも最も軽い。
立件された2人には、それぞれ科料9000円の略式命令が出された。
「私は今回、侮辱罪が法定刑の中でも最も軽いということを知りました。今の時代にあっていないと感じましたし、ほとんどの人がその事実を知らないということも問題だと思います」
SNSやネットが普及した現代では、人格否定や侮辱などの中傷被害が後を絶たない。
誹謗中傷を少しでもなくしたいという思いから、響子さんは4月、Change.orgで侮辱罪の厳罰化を求める署名キャンペーンを立ち上げた。5月17日時点で3万4000筆の賛同が集まっており、署名は今後、法務省に提出する予定だ。
「まずは知っていただき、賛同してもらうことで、少しでも誹謗中傷の抑止力になればと思っています」と話し、署名への賛同を呼びかけている。
侮辱罪の問題点とは?
侮辱罪とは、どんな法律なのか。誹謗中傷問題に詳しい小沢一仁弁護士に聞いた。
SNS上で誹謗中傷を受けた場合、法的に責任追及をとる手段は主に以下の2つだ。
(1)名誉毀損罪や侮辱罪などの刑事罰
(2)損害賠償請求を求める民事訴訟
このうち、(1)の刑事罰に問う場合、名誉毀損罪もしくは侮辱罪で立件することが多いと思われるが、このふたつには罪が成立する条件や法定刑に違いがある。
《名誉毀損罪》
成立の条件:「公然と事実を摘示」し、人の名誉を毀損した場合に成立する。
刑罰:3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金刑
《侮辱罪》
成立の条件:「事実を摘示せず」に、公然と、人を侮辱した場合に成立する。
刑罰:30日未満の拘留または1万円未満の科料
小沢弁護士によると、「事実を摘示する」とは、たとえば、嘘か本当かにかかわらず、「〇〇が人から物を盗んだ」とか、「〇〇は不倫をしている」など、「証拠によってその存否を決すること」ができる事柄を指す。
略式起訴された2人の投稿は、こうした具体的な事実を示したものではなかったため、名誉毀損罪ではなく侮辱罪が適用されたとみられる。
「大量の投稿、中傷される人は大きなダメージを受ける」
誹謗中傷の問題をめぐっては、法的措置をとる際のハードルの高さから、被害者が泣き寝入りせざるを得ないことも多い。
政府は侮辱罪の厳罰化も含めて法改正の検討作業を進めている。
小沢弁護士は、「現行法は拘留または1万円未満の科料となっていますが、事案に応じたより適切な刑罰を与えることができるよう、法定刑に幅を持たせてもいいのではないか」と指摘する。
「侮辱罪に該当する行為によって人が亡くなってしまう事態が起きていることや、インターネット上の誹謗中傷事件では、発信者を特定するのに長期間を要することを考えると、法定刑の見直しに伴い、公訴時効期間が長くなれば、被害者救済にもつながるのではないかと思います。
ネット上の誹謗中傷は集団でやってくるという特徴があります。書き込みはひとりひとりによって行われますが、中傷される人は大量の投稿を一身に受け止めることになり、対処しきれず、大きなダメージを受けます。
侮辱罪の見直しだけではなく、表現の自由との関係で極めて難しいことですが、法改正により、そうした類型特有の刑罰等の創設もできれば、被害の事前抑制にもつながると思います」
「表現の自由の『例外』として名誉毀損罪や侮辱罪が規定されている」
法改正の議論をめぐっては、厳罰化が「表現の萎縮につながるのではないか」という見方もある。
小沢弁護士は、「表現の自由を抑止することに繋がるではないか、という議論がありますが、一方で、そもそも侮辱罪に当たるような表現がどこまで保護されるべきなのか、という見方もあると思います」と話す。
その上で、以下のように指摘した。
「そもそも、表現の自由の『例外』として名誉毀損罪や侮辱罪というものが規定されています。
この罪が成立する構成要件を、より犯罪が成立しやすいように変えるのであれば、表現の自由の観点から慎重になるべきですが、法定刑の見直しは、構成要件を満たす行為があることを前提とした刑罰の軽重の問題であり、構成要件自体を緩くすることと比較して、表現の自由に対する侵害の程度は低いのではないかと思います。
当然、行為に照らし不相当な刑罰を定めることはできませんが、刑罰の下限を現状維持したままで、上限を上げるのであれば、表現に対する過度な制約とまではいえないのではないかと思います」
◇
花さんの母・響子さんは、刑事だけではなく民事でも裁判を起こし、さまざまな方法で、中傷した人への責任を問うている。
5月19日には、Twitterで花さんを中傷する投稿をしたとして、長野県の男性に対し約294万円の損害賠償を求めている民事訴訟の判決が言い渡される。
「ネットリンチが日常茶飯事になっている。その風景を変えるため、裁判、署名活動、NPO法人の立ち上げなど、いろいろな角度からできることがたくさんあると思っています」と響子さんは語る。
「裁判を通して一つでも多くの事例を残すことで、こういうことが誹謗中傷になるんだと、SNSで書き込みをする人の考えるきっかけになってほしいと思っています」
Source: ハフィントンポスト
「死ね」という中傷で、9000円の科料。木村花さんの母・響子さんが侮辱罪の厳罰化を求める理由