毎日聞こえてくる軍用機の騒音に、水道水の汚染。フェンスが日常風景の一部で、住居や学校のすぐ横に、米軍基地が隣接している──。
『アンナチュラル』や『MIU404』などの人気作で知られる野木亜紀子さんが脚本を務めたドラマ『フェンス』(WOWOWで放送・配信中)は、「沖縄を舞台に、2人の女性が性的暴行事件の真相を追う」ドラマだ。
クライムサスペンスのハラハラ感とともに、多発する米兵関係者の犯罪や基地問題、性暴力、ジェンダーの不平等、ミックスルーツの若者への差別や偏見など、今現実社会で起きている様々な問題が交錯する。
これらは「想像で書いて許されるテーマではない」と考え、野木さんと、本作のプロデューサーを務めた記者出身の北野拓さんは、沖縄で100人以上に取材を行ったという。
取材を通じて見えた、沖縄が抱える複雑さや理不尽さとは? また、社会の問題をドラマで描く意義とは? 野木さんと北野さんに聞いた。
前編はこちら≫性暴力被害の“その後”を生きる女性たち。脚本家・野木亜紀子さんが、沖縄で闘う人々から学んだこと
沖縄出身のキャスト50人以上を起用した理由
──前編では、性犯罪を追う主人公の一人の桜は「沖縄を体現する人」だという話がありました。演じる宮本エリアナさんもブラックミックスで、過去のインタビューでは、桜と同じく父が米兵で、祖母に育てられたというバックグラウンドを明かしています。
野木:宮本さんはオーディションで選び、桜とバックグラウンドが似ている点は偶然なんです。宮本さんは長崎出身ですが、日本のミックスルーツの人の中には、桜のような出自や環境で育った人は少なくないということでもあると思います。取材でも、そうしたブラックミックスの方たちに会いました。
北野:宮本さんは演技初挑戦でしたが、脚本の理解度が高かったです。心根が優しく、怒るお芝居が苦手なところが、沖縄のブラックミックスの方々が抱える複雑さとリンクすると感じ、選ばせていただきました。
野木:一方のキーのほうは、作品を引っ張ってくれる俳優がいいなと思い松岡茉優さんにお願いしました。キーは「壁を壊して闘う人」ですが、同時に複雑さもある人なので、これを実在感を持って演じられるのは松岡さんしかいないなと。
──驚いたのが、性被害の電話相談を受ける精神科医役の新垣結衣さんや、桜のおばあ役の吉田妙子さんはじめ、沖縄出身の俳優が50人以上キャスティングされていることです。これはこだわった部分だったのでしょうか?
北野:そうですね。世界的に当事者性を大事にする動きがありますし、そもそも沖縄の言葉は非常に難しく、本土の人が中途半端に演じると違和感があることも多いので、リアリティや空気感を出す上で、沖縄の人の役は沖縄の人をできる限り起用することにこだわりました。
ただ一方で、当事者をキャスティングするのが絶対でもないと考えました。例えば、ある役の人物が「基地反対」と言えば、役と自分の考えが違っていても、役柄とセットにして見られてしまうこともあり、キャスティングすることが暴力性をはらんでいると思います。そういった意味では、過去に沖縄の人の役を演じた経験があり、沖縄への愛も深い青木崇高さんに沖縄県警の警察官・伊佐役を演じてもらえたのは良かったと考えています。
──主題歌を務めたラッパーのAwichさんも沖縄出身です。
北野:企画が通った時から野木さん脚本に、Awichさん主題歌を実現したいと思っていたんです。「より良い世界を作りたい」と、野木さんが脚本で、Awichさんがラップで世界と闘っている姿を見て、それぞれの業界の女王2人を掛け算できないかなと。
Awichさんには当初書き下ろしの主題歌をお願いしようと思っていましたが、本土復帰50年のタイミングでリリースされた「TSUBASA feat. Yomi Jah」を野木さんや音楽プロデューサーの岩崎太整さんと聴いて、2人ともこれ以上の曲はないと即答されました。
僕自身もこのドラマが描こうとしている世界観にシンクロしているなと感じました。Awichさんは娘さんもブラックミックスで、娘さんのラップのパートも素晴らしく、ドラマの世界観を大きく広げていただいたと感じています。
「ドラマは安易に人の感情を操作できてしまう」だからこそ慎重に取材を
──北野さんはドラマで沖縄を伝えることに、記者の時とは違う手応えは感じていますか?
北野:もちろん報道で社会を変えることはできると思うのですが、情報を伝えるニュースでは人の感情を描き込むのは難しいと記者時代に感じていました。取材で聞いたたくさんの複雑な話をニュースでは伝えきれなかったなと。
今回のドラマでは全5話をかけて、ブラックミックスの人の葛藤や、沖縄県警の忸怩たる思い、性被害にあった方の苦しみ、基地従業員の複雑な思いなど、キャラクターの一人ひとりの感情を通して沖縄が抱える問題の一端を見せることができたのかなと思っています。
ただ同時に、ドラマは作り方によっては安易に人の感情を操作したり、プロパガンダにもなり得る可能性があるとも考えています。ニュースは事実の積み重ねでしか流せないですが、ドラマはある種の創作で強烈なメッセージを伝えることができてしまう。フィクションで社会問題を題材にする時はより慎重に事実を取材した上で作らないといけないと実感しています。
野木:その自覚は大事ですよね。今回は特に想像で書いて許されるテーマではありませんでした。事実を積み重ねた先に、フィクションとして何を書けるか、何を伝えられるのか。エンターテインメントとしてのストーリーテリングと、取材した事実は足を引っ張り合うことが常ですが、そこを無視しては不誠実だし、リアリティラインを保ちながらエンタメを作るのが脚本家の仕事だと思っています。
「社会や法律が変わらないと、理不尽なことは温存されたまま」
──確かに『フェンス』は基地問題などに対して賛否によるのではなく、そこで暮らす人たちの葛藤が様々な立場を通して描かれていると感じました。沖縄での取材で感じたことを改めて教えてください。
野木:米軍関係者の犯罪や事故の多さ、それを防げない一因である日米地位協定(※)の問題、基地問題や差別など本当に色んなものが複雑に絡み合っていて、多くの沖縄の人たちはその中で本音を隠しながら生活していることを知りました。
それらは日本全体の問題なのに、さも当たり前のようにそのほぼ全てを沖縄が押し付けられている状態は、非常に理不尽かつ不公平だなと強く感じました。本土の私たちは楽をさせてもらっているんだなと。
※日米地位協定とは、在日米軍が日本国内で円滑に活動できるよう、特別な権利を定めた協定。米軍関係者による公務中の犯罪は米軍が裁判権をもつなどの取り決めがあり、日本側が十分に捜査できない恐れがあると指摘されている。
沖縄では、本当に目の前に基地があり、フェンスに囲まれていて、軍用機の騒音が鳴っています。部品が落下する事故なども後を絶たず、実生活への影響があまりにも大きい。
完全に“目に見えている”問題なのに、家族や友達、近隣の間でも、それを話さない・話せないって、しんどくないかと思ったんです。
例えば基地の騒音訴訟にしても、原告に加わるか加わらないかで住民の間で線が引かれるわけですよね。基地移設についても、おばあは基地に反対しているけど、基地で働いている孫はそれで生活をしていて、また線が引かれる。家族や友達、近隣の間で引き裂かれている状態を目の当たりにしました。
──『フェンス』を見て、個人が目の前の現実を変えるために行動を起こすことの重要さを感じた一方で、やはり社会全体が向き合わなきゃいけない問題だと強く思いました。
野木:下っ端の個人が、身を挺して身体を張らないと物事が動かない苦しさがありますよね。大元である社会や法律が変わらないと、明らかに理不尽なことが温存されたまま、個人が綱渡りをして生きていかなければならない。今回はどうにかなったとしても、それを諸手をあげて喜ぶこともできないなと。
『フェンス』で描いたのは、沖縄で実際に起きている事実です。それをアンタッチャブルなものにしてきたのはおかしくないか?というのも含めて、これからどうしていくのか、という問いを、ドラマで立てることができたら良いのかなと思っています。
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt)
▼作品情報
『連続ドラマW フェンス』(全5話)
WOWOWプライム、WOWOWオンデマンドにて3月19日(日)放送・配信スタート、毎週日曜22時
脚本:野木亜紀子
監督:松本佳奈
製作:WOWOW、NHKエンタープライズ
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「個人が身体を張らないと動かない」社会の苦しさ。脚本家・野木亜紀子さんが問う、沖縄の基地問題