「現代社会に一石を投じる作品」渡辺謙が初めて挑んだディズニー『ライオン・キング:ムファサ』吹替え秘話【インタビュー】

ハフポスト日本版のインタビュー取材に応じた俳優の渡辺謙さん

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過去にアメリカのアカデミー賞やトニー賞にノミネート。映画『ラストサムライ』『硫黄島からの手紙』『インセプション』、ミュージカル『The King and I 王様と私』など、日本のみならず海外で数々の作品に出演し、今もなお第一線で活躍し続ける俳優・渡辺謙さん。

『ライオン・キング:ムファサ』では、冷酷な敵ライオン・キロス役の超プレミア吹替え版の声優を務めている。

渡辺さんは同作について「現代社会に一石を投じる作品になっている」と語る。65歳で初参加となったディズニーの印象や悪役へのアプローチ、今作で影響を受けたというハリウッド俳優の存在などについて話を聞いた。

「一丁目一番地」に感じた作品の価値

『ライオン・キング:ムファサ』は、1994年に公開されたディズニー・アニメーション 『ライオン・キング』の“はじまり”となる物語。シンバの父・ムファサ(演:尾上右近さん)と、後のスカーとなるタカ(演:松田元太さん)の若き日を描いた作品だ。

両親と離れ孤児となったムファサはある日、別の群れの王子だったタカに救われて行動を共にするようになる。友情を深め、血のつながりをこえて“兄弟”の絆で結ばれていたふたりは、ある出来事をきっかけに、悲しくも対照的な運命を辿ることになる。

「後にスカーがムファサの命を奪う」という『ライオン・キング』の結末を知っているからこそ、終盤から切なさが一気に込み上げてくる。

渡辺さんの「ディズニー作品初参加」という事実を意外に感じた人もいるかもしれない。筆者もその一人だ。自身は「これまでお話がなかっただけで、出演してみたかった。今回ご縁があって参加できたことをうれしく思います」と謙遜する。キロス役はオーディションでの選出となった。

渡辺さんは「自分の心の琴線に触れた作品に出演することにしている」という。『ライオン・キング:ムファサ』の出演には、どのような思いがあったのか。

「ライオン・キングはディズニー・アニメーションの中でも大変歴史の深い話ですし、しかも今回はその「一丁目一番地」のようなストーリーになっている。役者として「これはやり甲斐があるな」と感じました。もう一つ、字幕版ではキロス役をマッツ・ミケルセンが演じているという点も私にとっては大きなファクター(要因)でしたね。

基本的には、事前に脚本を読んで「自分の心が動かされるかどうか」で出演を決めています。今回は脚本を読む前から絶対に良い話になるだろうと思ったし、各々のキャラクターがしっかりと存在意義を持って、スクリーンで活き活きとするという確信があり、オーディションを受けることにしました。

渡辺さんが演じる冷酷な敵ライオンのキロス

「ぜひ今見てほしい物語」と訴える理由

ディズニーアニメーション『ライオン・キング』は今年、公開から30周年を迎えた。エルトン・ジョンが手がけた劇中歌「サークル・オブ・ライフ」は代名詞となった。ライオンの親子が紡ぐ物語を一人の視聴者として見ていたという渡辺さんは、自らが出演する側となり、その印象が大きく変わったと話す。

アニメーションを見ていた感想としては、純粋に「かわいらしい」という印象に加えて、動物を媒介して人間社会を映し出している作品という認識でした。ところが今回、自分が出演していざ携わってみると、キャラクターの設定も含めて「本当に結構深いんだなぁ」という印象に変わりましたね。

今の社会は、物凄く大きなマジョリティが世の中を支配するという構造になってしまっているじゃないですか。それが、マイノリティの人々が存在しづらく、生きづらい世の中に繋がっていると思うんです。だからこそ、多くの人にぜひ今見てほしい物語なんです。今の社会構造が巧みにスクリプトに落としこまれているという印象を持ちました。

『ライオン・キング:ムファサ』の話って基本的にマイノリティの話なんですよ。ムファサにしても、タカにしても、自分が演じたキロスも、ラフィキもそう。皆それぞれの理由で群れを外れてしまって、自分たちの理想の場所を目指していく。その過程で彼らの運命が交錯する。マイノリティとして生きているからこそ抱える孤独や疎外感を、どのキャラクターもちゃんと背負っているんです。映画の中で生きる彼らの存在を通して、現代社会に一石を投じる作品にもなっていると思います。

同作では、タカがなぜ後に孤独なヴィラン・スカーとなったのか。その真実が明らかになる。渡辺さん演じるキロスはムファサに恨みを持ち、理想郷を目指すムファサとタカの”兄弟”の行方を執拗に追いかけるという役どころだ。

ヴィラン(悪役)へのアプローチ

初のディズニー作品でヴィランを演じることになった渡辺さん。自身が演じるキロスや自身の悪役へのアプローチについては、次のように話す。

今回は冷酷な敵ライオンですが、これは人間にもキャラクターにも共通していて、ある部分に光が当たっているとき、そこには同時に影ができる。その影があるからこそ、人間も立体的かつ魅力的になる。演じる上では「悪という存在がなぜ、そこに立たざるを得ない状況になったのか」という視点を常に大切にしています。「この役は悪役だ」と過剰に捉えることはしないというか。例えば、主人公と対立する役ではあるけれど、なぜ憎むのか、なぜ恨むのか、なぜ敵対するのか、ちゃんと理由となる立脚点を見出せさえすれば、あとは同じ人間だったりキャラクターなので、「悪役だからあえてこういう表現の仕方や言い方をしよう」という考えはないですね。

キロスというヴィランに命を吹き込むにあたって影響を受けたというのが、字幕版で同役の声を演じる俳優マッツ・ミケルセンの存在だという。

デンマーク出身の俳優で世界で活躍するマッツは『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)の悪役で注目を集め、『偽りなき者』(2012年)でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。その後は『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)や『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2024年)など大作で存在感を放ってきた。

今回のマッツの演技には、とてもポジティブな影響を受けました。特に“距離感”が素晴らしくて。いい意味で無茶苦茶なんですよ。例えば、遠くにいるムファサに向かって普通なら大声で「おい!」と叫んでしまうところが、マッツはあえて耳元で「おい…」と静かにささやいています。その演技によって、一体どこにキロスがいるのか、どこから不気味な声が発せられているのか、見る側に考えさせる。吹替えをするにあたって本当に参考になりました

彼の歌唱もなんというか、まぁ粘っこい。まるで真綿で首を絞めているみたいな。どこか人をおちょくってるような陰湿さがあった。その質感にインスパイアされた上で歌も練習して収録しました。今回のリン=マニュエル ミランダの歌は、普通じゃ考えられないような、聞いたことのない転調があり難しいので、楽しいけど苦労はありましたね。

劇中の一場面。左がタカ、右がムファサ

自分は「ムファサと同じ」だった。未来の世代へ伝えたい思い

渡辺さんが演じるキロスは、後のスカーになる若いライオンのタカに影響を与える。渡辺さん自身も、若い頃に影響を受けた人物がいるという。

私は中学2年の時に父が倒れてリタイアせざるを得なくて、そういう状況もあって、いわゆる反抗期がなかったんですよ。「反抗したい」という対象がいないという感じ。そういう意味では、父に先立たれたムファサと同じなんです。

だから映画界で出会った先輩の俳優たちが父親の代わりをしてくれたという感じがありましたね。例えば、山崎努さんだったり勝新太郎さんだったり。お芝居を通じて彼らにぶつかっていくことで、私に少し欠けていた反抗期の”やり足りなさ”みたいなものを受け止めてもらったという印象があります。

今思えば彼らが、若かった頃の自分に良い影響を与えてくれたなと思います。

現在65歳。日本だけでなく海外でも長らく活躍し、名優として業界を牽引してきた渡辺さん。これからの未来を担う若い世代との共演も増えている。今作で言えば、タカ役を演じるTravis Japanの松田元太さんもその一人だ。

「もっと“チャラいやつだ”と思っていたんだけど、結構ちゃんとしてたんで…びっくりしました」と笑いながらも率直な印象を語る。自身が若い俳優に影響を与える存在となったことについては、次のように捉えている。

私が海外の作品に出始めた頃とは時代も違うし、俳優それぞれのパーソナリティやストロングポイントもまるで違いますから。正解はないですね。それでも、たまたま私が歩んできた道を「フットプリント」(足跡)だと感じてくれていて、歩きやすいと感じるのであれば、「どうぞ自由に歩いていってください」という気持ち。海外に行きたいのなら、どんどん行ったほうがいい。海外進出の方法論なんてものはないから。思いがあるなら自分で最善の道を見つけて、まずはトライするところから始まると思いますね。トライしないと始まることはないですから。

44歳でハリウッドに進出し、55歳でニューヨークで全編英語でのミュージカル公演。その後は病との戦いもあった。壮絶な努力の末に世界に認められた存在となったからこそ、一つ一つの言葉が胸に響く。

オファーをいただける限り、今後も「これは面白い」という作品に携わっていきたい。そのために、需要があり続ける俳優でありたいなと思っています。

『ライオン・キング:ムファサ』は劇場公開中だ

期は熟した。満を持して初参加となったディズニー作品は『ライオン・キング』を“完成”させる物語における冷酷なヴィラン。その生き様と唯一無二の存在感をスクリーンで堪能してほしい。(取材・文/小笠原 遥)

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Haruka Ogasawara