【あわせて読みたい】「子持ち様」と呼ばれる子育て社員。対立招く企業の構造に問題は
ハフポスト日本版が2024年4月から展開しているキャンペーン報道「ネットスラング『子持ち様』問題」。12本目の記事となる今回は、「子持ち様」問題解決の障壁となる「制度の“ゾンビ化”」について報じる。
同問題の解決方法の一つに、子育て社員に限らず「みんなが休める環境づくり」が挙げられている。「誰にとっても」という状態にすることで、子育て社員が突然休暇を取ったとしても周囲から特別視されることはなくなる。
一方、「みんなが休める」制度があるにもかかわらず、社員らに利用されていないケースがある。
制度が“ゾンビ化”してしまうと、子育て社員やフォローする同僚も高ストレスにさらされ、「子持ち様」問題が生じるリスクが高まるのはこれまで報じてきた通りだ。
みんなが休める環境をつくるにはどうしたらいいのかーー。脱“ゾンビ化”を図るだけでなく、収益や採用強化にも繋げている企業4社を取材した。
「有給取得の“裏”で仕事をしている」
「これまで有給はほとんど取得したことがなかった。有給を気軽に取れる雰囲気ではないし、上司も休んでいない。自分が休むわけにはいかなかった」
報道機関に勤める男性社員は11月下旬、ハフポストの取材にこう語った。
突発的に発生する仕事も多く、休むと仕事が溜まっていくため、そもそも年次有給休暇を取得するという発想がなかった。周りの同僚も同じ状況だ。
最近は働き方改革の流れを受け、会社から有給をできるだけ取得するよう呼びかけられている。一方、業務量が多いことから、有給を取得した日も結局仕事をしているという。
男性社員は「会社の有給取得率は向上するかもしれないが、現場は有給取得の裏で仕事をしている実態もある。制度として機能しているか疑問に感じる時はある」と、“ゾンビ化”の現状を語った。
「迷惑がかかる」「上司が良い顔をしない」
厚生労働省の「就労条件総合調査」(2023年)の概況によると、2022年の1年間に企業が付与した年次有給休暇は、労働者1人当たり平均17.6日だった。このうち労働者が取得した日数は10.9日で、取得率は62.1%だった。
1984年以降で過去最高の取得率となったが、政府の「過労死等の防止のための対策に関する大綱」で掲げられた取得率70%には到達していない。さらに、業種によってばらつきがあり、「宿泊業、飲食サービス業」は49.1%と最も低かった。
また、厚労省が民間に委託して実施した「『仕事と生活の調和』の実現及び特別な休暇制度の普及促進に関する意識調査報告書(2023年度)」によると、会社員3549人のうち「年次有給休暇を希望通りの日数で取得できた」と回答した層は計69.5%と、7割を切った。
「希望通りの日数で取得できなかった」と回答した層(計395人)に理由を複数回答で尋ねたところ、「仕事の量が多過ぎて休んでいる余裕がなかった」(47.1%)が最も多く、「休むと職場の他の人に迷惑になると考えた」(35.9%)、「休みの間仕事を引き継いでくれる人がいなかった」(29.4%)、「上司がよい顔をしない様子だった」(20.8%)と続いた。
「生理休暇は男性上司に申請しづらい」
「生理休暇」の取得率の低さはさらに顕著だ。
労働基準法第68条では、「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならない」と定めている。一方、厚労省によると、20年度に生理休暇を請求した人の割合は0.9%だった。
日経BPが2021年、20〜40歳代の働く女性1956人に実施した調査では、生理休暇を利用しにくい要因として 「男性上司に申請しにくい」(61.8%)、「利用している人が少ないので申請しにくい」(50.5%)が上位に挙がっている。
従業員規模約200人の企業で働く女性社員もハフポストの取材に、「男性上司には申請しづらい。生理痛の重さは人によって様々なので、特に重い人は『そんなに休むの?』と言われるのが嫌で我慢している」と打ち明けた。
有給も生理休暇も「申請しづらい」と思っている人が一定数おり、我慢しながら働いている人がいる。そんな中、子育て社員が子どもの体調不良で早退・休暇を取ると、「子育て社員だけがケアされている」と職場で不公平感を生み、「子持ち様」問題に発展してしまう恐れがある。
ハフポストの記事「『子持ち様』問題…フォローする側も4割が『高ストレス』。アプリ活用の調査で判明」(7月3日)でも、ストレス可視化アプリで高ストレスと判定された社会人68人のうち、75.0%が「みんなが休める制度が形骸化・制度化されていない」と答えたことを報じた。
こうした状況を打破するためには、日常的に休暇を取得することが「当たり前」という空気を職場で醸成し、みんなが休める環境づくりに着手する必要がある。
noteの「シックリーブ」「大切な人のケア休暇」経営に好影響も
メディアプラットフォームを運営する「note」(東京都)は2022年9月、特別有給休暇「シックリーブ」「大切な人のケア休暇」をそれぞれ導入した。
シックリーブは社員本人の病気やけがなどの際に取得でき、大切な人のケア休暇は“ペット”を含む家族の病気や通院を対象としている。いずれも年3日付与される特別有給休暇で、そのほかにも入社初日に10日の有給を付与する制度もある。
同社人事責任者の中西麻子さんによると、シックリーブ取得率は85.6%(2023年12月1日〜24年11月30日)に上る。
有給を取得しづらい一般的な理由の一つに「病気などいざという時のために残しておく」があるが、noteでは有給とは別にシックリーブがあるため、社員らが「残」を気にせず有給を取得できる環境がつくられている。
また、大切な人のケア休暇の取得率も62.9%(同)と高い水準を維持している。特に子育て社員が子どもの体調不良時に利用しているが、単身社員もペットの具合が悪い時や親の通院の付き添いなどで利用しており、「みんなが休める雰囲気の醸成」に一役買っている。
休める範囲を拡充したことで社員の満足度も上がっており、働き方の柔軟性・多様性に対する評価は2024年8月、5点満点で4.67点になった。シックリーブ・大切な人のケア休暇導入前の22年2月(4.47点)と比較すると、0.2ポイント上昇した。
社員自身が人材を紹介・推薦する「リファラル採用率」も上昇しており、24年度(10月17日時点)は22年度比9ポイント増の26%だった。つまり、自信を持って自社を紹介する社員が増えているということだ。
中西さんは、「制度利用の範囲を本人から家族、婚姻関係のないパートナー、ペットまで拡充したことで、休むことに対する公平感が社内に浸透していった。結果的に多様な人材が働ける職場ができ、『利用している人が少ないので休暇を申請しづらい』という状態も生まれにくくなった」と語った。
さらにnoteでは、シックリーブ・大切な人のケア休暇導入後、売上高が一人当たり約65%上昇。みんなが休める環境を整備しつつ、社内に生成AIの活用をサポートする専任チームを立ち上げ、業務の効率化を図った。
今では50%以上の社員が生成AIを活用しながら仕事をしており、これまでは60分ほどかかっていた議事録の作成が2分で完了するようになった。文章やメールの作成支援、教育やトレーニングにも活用されている。
中西さんは「発想の転換」とした上で、「休める環境を整備したら『業績が悪くなる』という人もいるが、決められた時間内で業務を終わらせる方法を突き止めた結果、一人当たりの生産性が上がり、会社に良い影響をもたらしている」と述べた。
シックリーブ導入で男女比改善も
ストレス可視化アプリを運営する「DUMSCO」(東京都)は、毎月1日付与される休暇「なんとなく休暇」を運用している。
使用する権利は月末でリセットされるため、社員らに「使わなければもったいない」という意識が芽生え、申請率は94%に到達。さらに制度化して約1年で、従業員の男女比が40%改善されたという。
同社人事マネージャーの加勇田雄介さんは、「厚労省の調査では生理休暇を申請しない理由として『利用している人が少ないので申請しにくい』と回答されている。生理休暇に限らず、利用者がマジョリティにならない限り、日本では人事制度が“ゾンビ化”する傾向にあると推察した」と語った。
その上で、「生理休暇を含めた制度の申請者が多数派になり、申請に罪悪感を感じないように設計したのがなんとなく休暇。社員のバックボーンにかかわらず、誰もが平等に休める組織を目指した結果、リファラル採用などによって男女比も大幅に改善された」と述べた。
デジタル・トランスフォーメーション(DX)を支援する「スパイスファクトリー」(東京)も、2022年から「ウェルネス休暇」を導入している。
同社正社員の2023年(1〜12月)の有給取得率は107.7%。このほか、自身がお祝いしたい日に年1日休める「セレブレーション休暇」、ドナー提供者に選ばれた際に最大5日間休める「ドナー休暇」、体調不良の際に月1日利用できる「ウェルネス休暇」などがある。
同社には創業当初から、コアタイム以外は自由に休憩を取得できる「シエスタ制度」があるが、さらにウェルネス休暇を制度化したことで「辛い時は休む」という意識が社内により浸透した。
ウェルネス休暇はもともと、生理や不妊治療、更年期障害などでの利用を想定していたが、2023年から風邪やけがなどの休暇にも適用範囲を拡大。その結果、利用率が2.5倍に増加したという。
同社取締役CSOの流郷綾乃さんは、「生理や不妊治療など女性に特化した休暇だったため、自分の状態を表明するような気まずさを感じる社員がいた。さらに女性自身が申し訳なさや優遇されているという不公平感を感じ、結果として休暇を取得しづらい状況にあった」と語った。
それを「誰もが取得できる休暇」に拡充したことで、休暇取得のハードルの低下や心理的安全性の向上につながり、利用率の増加だけでなく、業務パフォーマンスも向上した。
また、制度の“ゾンビ化”を防ぐには、制度の存在意義を全員に伝えることや定期的な観測、振り返りが大事だといい、同社では年1回、制度の振り返りを実施し、問題点などを洗い出しているという。
流郷さんは「休むことは集中力と生産性を高めるだけでなく、個人の成長やキャリア形成を支える土台となると信じている」と述べた上で、「制度自体も会社の成長に合わせて成長させていくことが大事だ」と話した。
「有給、かましてこんかい!」
在庫を利益に変える分析クラウドサービス「FULL KAITEN」を展開する「フルカイテン」。CEOの瀬川直寛さんは社員らが有給を取得する際、「かましてこんかい!」とユーモアたっぷりに送り出す。
瀬川さんはその理由について、「制度を皆が活用できる雰囲気を醸成するには、カルチャーづくりが一番影響している」と述べる。
仕事以外のことから受ける刺激は仕事や人生にも価値があり、仕組みを制度と捉えたらその時点で形骸化するといい、「代表が遠慮なく制度を活用するよう言い続けることは有効」と指摘した。
また、特にストイックで真面目な社員は頑張れば頑張るほど視野が狭くなると述べ、「目の前のことに必死すぎる脳を解放する。つまり脳をデトックスするような瞬間をつくらなければ素晴らしい成果を出すのは難しい」と話した。
例えば自然の中に行ってみたり、自身の仕事とは異なる経験をしたりするなど「異空間に身を置く」ことで脳はデトックスできると考えているため、「有給はどんどん取ってほしいと思っている」という。
フルカイテンは24年11月からフレックスタイム制を導入した。背景には、「人は歳を重ねるごとにライフステージが変わる」という瀬川さんの思いがある。
会社が運用する働き方が独身の若者に最適化された画一的なものになれば、優秀な社員がライフステージが変わった途端に優秀ではなくなるという現象が起きる。
「とことん働きたい」という価値観も含めた多様性が必要だといい、瀬川さんは「子育てや介護、独身など関係なく、どんなライフステージの社員でもその中でベストパフォーマンスを発揮できるようにしたい」と述べた。
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ハフポスト日本版発のキャンペーン報道「ネットスラング『子持ち様』」。
2024年4月3日に報じた「子持ち様」と呼ばれる子育て社員。対立招く企業の構造に問題は」は大反響を呼び、テレビや新聞、ネットメディアなどもそれ以降に相次いで報道した。
そもそも業務の偏りが生じてしまう企業の構造に問題はないのか。立場が違う人同士がぶつかり、一方に業務の皺寄せがいく環境を変えるにはどうしたらいいのかーー。ハフポストは様々な取材を通して解決策を探っている。
これまでの「ネットスラング『子持ち様』」の全記事はこちらで確認できる。
情報提供は、ハフポスト記者・相本啓太のメール(keita.aimoto@huffpost.jp)かXアカウント(@AIMOTO8989)まで。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
職場の不公平感高める「子持ち様」問題は、有給など「使われない制度」も要因。脱“ゾンビ化”を図る4企業を取材