社会福祉法人の長期の「性暴力」認めた東京地裁判決。「3年」の消滅時効は「性被害者の実情に合っているのか」と原告

訴訟の受け止めを語る笹本潤弁護士(左)。記者会見は、原告の2人はパーテーションで顔を隠した状態で行われた。(2024年10月24日、東京地裁で撮影)

障害者施設や障害者アートの美術館などを運営する社会福祉法人「グロー」(滋賀県近江八幡市)の北岡賢剛・前理事長から性暴力やセクハラを繰り返し受けたとして、元職員の女性ら2人が北岡前理事長とグローに計5254万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(野口宣大裁判長)は10月24日、長年にわたって性加害行為があったことを認め、北岡前理事長とグローに計660万円の支払いを命じた。

一方でグロー側が主張した、不法行為から3年で損害賠償請求権がなくなる「消滅時効」を認め、北岡前理事長に対する原告1人への損害賠償請求は棄却した。

原告弁護団の笹本潤弁護士は、同日東京地裁で開いた記者会見で、事実認定については「評価できる」とする一方、「消滅時効の判断は、性被害者の実情にしっかりと向き合っていない」と指摘。

同じく原告弁護団の角田由紀子弁護士は、損害賠償額について、「『人格的利益を違法に侵害する不法行為』と認めながら、低すぎる」と訴えた。

弁護団と2人の原告が感じている、性暴力に関する「法整備の問題点」とはーー。

※性被害の実態を報道するため、この記事には性暴力の描写が含まれています。フラッシュバックが心配な方などは注意してお読みください

【原告2人の係争中のインタビュー記事(2022年)はこちらから】

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◆どんな判決だった?

北岡前理事長は、厚生労働省の社会保障審議会障害者部会や内閣府の障害者政策委員会の委員などを務めた。

判決によると、北岡前理事長は原告の木村倫さん=仮名=に対し、2012年8月ごろから、「抱きしめたい」「男と最近やっているのか」「ご褒美に身体が欲しい」などと記したメールを長期間にわたって送信し続けた。また胸を触り、「良い胸をしているんだよな」などと発言。2012年から約7年の長期間にわたり、タクシー内で尻を触るなどの行為を繰り返した。

原告の鈴木朝子さん=仮名=に対しても、2014年4月、「好きです」「二人で恋人気分でお願いします」などと書いたメールを送信。同年11月にホテルで性加害行為をし、口止めをした。2015年6月ごろにも再び、ホテルで性加害行為に及ぶなど、不法行為を繰り返した。

判決では「北岡前理事長が性的欲求を実現させるための行為」と認定。グローにも、安全配慮義務違反があると認めた。その上で、以下の判決を言い渡した。

①北岡前理事長は木村さんに対し、220万円を支払う
②グローは鈴木さんに対し、440万円を支払う
③(性加害の事実は認めるものの)3年の「消滅時効」が発生しているため、鈴木さんに対する北岡前理事長の損害賠償は棄却

◆3年の「消滅時効」は、性暴力被害の実情に合っていない

「消滅時効」とは、権利を行使しないまま一定期間が経過した場合に、その権利を消滅させる制度だ。今回の訴訟では、グロー側が2人への加害行為について、3年の「消滅時効」を主張し、それが争点の1つとなっていた。

判決では木村さんについて、最後に受けた被害が2019年1月、提訴は2020年11月だったため、消滅時効は認めなかった。北岡前理事長からの加害行為は、長期間にわたる一連のものだと判断し、2012年のものなども含めて不法行為だと認めた。

笹本弁護士は「先進的な判例に沿った判断で、ここは非常に評価できます」と話す。

一方で、鈴木さんが最後に受けた被害(2015年6月)から提訴(2020年11月)まで、5年以上経っていることを根拠に、被告側が主張した3年の「消滅時効」は成立すると判断。鈴木さんに対する北岡前理事長の損害賠償請求は退けた。

鈴木さんは、「納得はいっていません」と思いを吐露する。そもそも被害に遭ってから3年以内に、訴訟を起こすのは現実的だったのだろうかと問いかける。

鈴木さんは北岡前理事長に性暴力を受けた後、毎日のように泣いていたという。「被害を回避する方法があったかもしれない」と自分を責め、何回も死のうと思った。「誰にも信じてもらえないんじゃないか」といった不安を抱え、なんとか上司に相談したが、聞き入れてもらえなかったと振り返る。

仕事は大好きだったが、こうした経験から疲弊し、2019年8月に退職した。今回の判決に則ると、退職時には「消滅時効」がすでに成立していることになる。鈴木さんの場合、被害を受けた北岡前理事長は上司であり、在職中に訴訟を起こすことは現実的に難しかったという。

一般社団法人「Spring」の調査(2020年)では、被害者が性暴力を受け、「被害」と認識するまでに、平均7年半かかるという実情も明らかになっている。鈴木さんも、自らが受けたのは性被害だと言って良いとはっきり自覚できたのは、退職後、弁護士やNGOに相談した後だった。

笹本弁護士は「判決ではこうした性被害の実情に加え、言うことを聞かないとパワハラをする上司が消滅時効を主張するのは被害者の権利行使を妨げる権利濫用である、といった視点が考慮されていません」と、判決の問題点を指摘する。

そもそも「3年」の消滅時効は、性暴力被害の実情に合っているのだろうか。鈴木さんは会見で「3年というのは、私だけでなく、多くの性暴力の被害者にとっても、あまりにも短いものではないかと感じています」と指摘。

木村さんは、「被害を受けたと自覚することも、訴訟を起こす覚悟を持つことも、時間がかかることです」と語り、消滅時効の見直しを訴えた。

◆「低すぎる慰謝料」

原告2人は北岡前理事長とグローに対し、計5254万円の損害賠償を請求していたが、今回の判決で認められた賠償金は660万円だった。

角田由紀子弁護士

角田弁護士は「『人格的利益を違法に侵害した』と認めながら、低すぎる。『人格的利益』が大事なものと認識されていない。この額の慰謝料では制裁にならない。裁判所はもう少しまじめに考えてほしい」と述べた。

角田弁護士は、性暴力の訴訟に長く関わる中で、慰謝料が低額なケースが多いと感じてきた。その理由について、「裁判所にはまだまだ、性的な差別を受けない権利や人格権が大切なものだと認識されていないと思う」と分析する。

「様々な被害がありますが、性暴力は加害者が男性、被害者が女性のケースが多い。だけれどもこの国の法律は男性の発想に立って、男性の言葉で語られています。もっと男性的な視点ではなく、被害者の視点に立って理解してほしい」

「裁判官は今の社会の認識を反映しているわけです。性暴力に関しては、そもそも社会の認識が遅れており、裁判官も自分たちの判断がおかしいとなかなか思えない。人の教育をどうしていくかという問題でもあります」

「世間でも、こんなのはおかしいよねという思いや、暴力を受けた人っていうのはきちんと償われなきゃいけないんだという声が大きくなっていく必要があると思います」

提訴から約4年。原告の木村さんは「性暴力について、被害者からの声が上がり、裁判も起きている中で、法制度が被害の実態に即さないという指摘も増えています。そうした現状を知って、苦しんでいる人の声をもっと聞いてほしい。特に政治家の人たちは(法制度を)変える立場にあると思うので、人権を守る仕組みづくりに取り組んでほしいと思います」と話した。

◆グローの対応は?

グローは同日、判決を受けた見解などについては10月28日15時にホームページ上で公開し、今後の方針については11月8日ごろに発信すると発表した

■相談窓口一覧

ワンストップセンター、性犯罪・性暴力に関する相談窓口の全国共通短縮番号

#8891

警察庁の性犯罪被害相談電話全国共通番号

#8103

内閣府「性暴力に関するSNS相談支援促進調査研究事業」 Curetime

相談時間:24時間365日(17~21時はチャット、それ以外の時間はメールで相談可能です)

チャットのみ、外国語での相談も受け付けています。

これらの相談機関は性暴力専門の相談員が対応しており、状況や本人の意思に応じてどのような対応が良いか考え、一緒に警察へ行くなどの支援もしています。

■「衣服」と「身体」を洗わないこと

性被害に遭った際、すぐに身体を洗いたいと思う人もいるかもしれません。

しかし、証拠採取のため以下2つのことが重要になります。

1. 被害に遭った時の衣服を洗わない

2. 身体を洗わないでおく

また、薬物の使用が疑われる場合は、尿検査や血液検査をしておく必要もあります。

そして、なるべく早く警察やワンストップセンターに相談することが大切です。

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Takeru Sato