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あなたが仕事ができないのは「能力」不足のせいじゃないかも。がん闘病中の「母さん」が子どもに残そうと書いた本、異例の売れ行き

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自分にはセンスや能力が足りないのではーー。仕事で、そんな不安に駆られたことがない人は、果たしているだろうか?

勅使川原真衣さんの「『能力』の生きづらさをほぐす」(どく社)は、私たちを苦しめる「能力」のカラクリを解き明かす本。小さな出版社からの刊行で異例の売れ行きとなっている。

外資コンサル会社などを経て、組織開発の専門家として起業した勅使川原さんは、ステージ3Cの乳がんと診断され闘病中だ。

本書は、2037年の設定。会社で「使えないやつ」となじられ悩む息子の元に、「死んだはずの母さん」こと、勅使川原さんが、幽霊となって現れ、語りかけるという設定。

かつて人材開発のコンサルタントとして「能力主義」を強化するサービスを提供し、今は否定する側としてその危うさを語り始める。

書籍より書籍より

そして最終章では、「母さん」自身が「わかりたい」という能力主義を招く欲望に囚われていたこと。それががん診断の遅れを招いていたという衝撃の告白もーー。

私たちは「能力の生きづらさ」をなぜ認識すべきなのか、聞いた。

※ハフポスト日本版では日建設計とのコラボで勅使川原さんを招いたワークショップを企画しています。5月26日(金)午後6時半より。お申し込み方法は記事の末尾で。

ーーこの本は「どうしても子どもに残す必要があった」と書かれていますね。

病状が深刻で、死が迫った存在になったんです。自分が死ぬのは仕方がないとしても、子どもはその当時で保育園児と小学生。彼らがこのしんどい社会で生きていくには、少しでも拠り所になるものを残さないといけない。

特に働くことの苦悩について、彼らの行く末を憂いました。「本当は『能力』なんてものは固定的には存在しない。周りとの関係性次第ですよ」と、私は組織開発の専門家としてそう言い続けてきました。それなのに、大人になるほどに「あの人は仕事ができる人だ」「あの人は、あれが足りない」と、社会では能力主義的な言説がどんどん降りかかってくる。

それが本当に切実で、今回の「執筆伴走」をしていただいた人類学者の磯野真穂さんに、2020年のクリスマスの日に会ってもらって、泣きながら相談して、生まれたのがこの本です。

ーー実際の社会は、ますます「強い個人」「サバイバルする能力を身につけないと」という傾向が強まっている感覚があります。「育休中のリスキリングを支援」という首相の国会答弁と、それに対する反発もありました。

個人の「能力」は自己責任であるという「ゲームの設定」をしたのは誰でしょうか?

その方が富を集められる、あるいは国が本来するべき責任を逃れて、その代わりにその責任は個人へ…など、誰かのメリットに基づいた社会原理であることを知る必要があると思います。

ーー「未来を作る、自分になりたい」という企画をハフポストで始めました。「弱肉強食」だけの社会にはついていけない。かといって、ただ「ユルく」生きていきたいわけではない。「何か」を成し遂げたい気持ちはあるんだ。そういう気持ちの間で揺れている人も多いのではと感じています。

「リスキリングしなきゃ」「でも自分らしく」とか。ベクトルが違うたくさんの力に私たちは引っ張られていて、それが居心地の悪さになっていると思います。

「能力主義」を仕掛けている人に気づいた上で、大事なのは自分はどう生きたいのか。

お勧めなのは「幽体離脱」。私もよくやるんですが、迷ったら上を向いて、ゆっくり考える。引力の存在を確認して、自分がそこに巻き込まれたい・勝負に勝たなければ気が済まない側の人なのか、距離をとっていきたい側の人なのかもわかると思います。

人生は一度きりだから、どっちの方が今の自分がやりたいことなのか。ただ言えるのは「こう生きるべき」の解は一つではないということだけ。

勅使川原さん勅使川原さん

最終章で「母さん」の「取り返しのつかない失敗」が明かされる。それは、胸にしこりがあることに自分で気づいたのに、出産後に乳腺炎の「治療」から発展して、一回1万円を支払って「解毒」をしてもらっていた「スピリチュアル整体師」に「乳がんではない」と断言されて、診断が遅れ、がんが進行していたというエピソード。文中で、勅使川原さんは「断言をもらい、葛藤を終わらせたいと思ってしまう」と振り返り、「母さんは科学という客観性に傾倒するあまり『私』を置き去りにしてきたのでは」と成長した娘による分析も入っている。

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ーー「スピリチュアル整体師」に心酔し代替療法にハマってしまったというこのエピソードは、適切な場所で「私」の話をすることの大切さを痛感するものでした。

この人は一回行くと、2時間とか私の話を引き出すんです。最初は「困っていることは?」と言われても何もなかったのに、過去のことを色々思い出すように迫られると、わだかまりというのは誰にでも見つかるもの。しまいには号泣しながら、自分の話をして。そこにうまくつけ込まれてしまった。

私が10年以上身を置いていたコンサル業界は「データは?」「それってあなたの感想ですよね?」のようなことを常に問われ続ける環境でした。確かに「私」を自分で殺していた。

でも、過去の辛かった経験などは友達に話したりして、だんだん溶かしていたら良かっただけのことだと思います。自分も結局「能力論」の世界に生きていたから、「こんなつらいことがあった」って話すことが、「不出来の象徴」のような気がしていたんです。「自分で解決できる人、自立した人が優秀さの象徴」みたいな風に、結局私も思ってしまっていたんです。

ーーその経験もあって、勅使川原さんは今は組織開発コンサルタントのお仕事でも「話を聞く」をもっと手厚くされるようになったそうですね。

私の仕事は企業の研修などが多いので、新型コロナで、ステイホームが始まった2020年4月ごろに入っていた仕事はほとんどなくなりました。がんにもなるし、散々でしたね。もはや家賃が払えるか心配したし「勅使川原は終わった」と言った人もいましたし。

その時に思ったのは、「未来予測」の仕事は全然当てにならなかったなということ。

それまでコンサルタントの仕事は、科学的にあらゆる専門知識をかき集めて、最速で最善の方向に向かって歩む…というイメージがあったのですが、現実は予測不可能なことばかりで、皆振り回されるしかなかった。一つの正しい「ゴール」に私たちが向かっていっているわけではないと痛感させられたのが新型コロナであり、自分の病気でした。

勅使川原さん勅使川原さん

そこから、終点を決めないで私が人の役に立つにはどうすればいいのか考えました。そうしたら結局、誰かの話をしっかり聞くということでしかないと思ったんですよ。

誰にでも大切な「私」がある。迷い苦しむ者同士が、互いの「生」を認め合うこと、相手がどんな葛藤の中にあって「合理的」に行動しているかを引き出せないと、結局正しさでしか相手と対話できない。でも「それってすべきじゃないですよね」とか言っても、人は動かないんですよ。

誰でもご経験があるかと思います。お互いに「自分は正しい」と思ってやっていることに、間違ってるとか間違ってないとか言っても相手は動かない。マネジメントの語源は「折り合いをつける」。相手の状況を聞いて、想像して、少しずつ我慢してやっていきましょうかみたいに、落とし所をつけないといけない。

ーー能力主義に苦しめられる反面、「私」という個人の力をうまく合わせることで、社会課題解決などのために大きなことができるのも会社という存在ですよね。

企業が「新卒者に求める能力」を調査した結果では、コミュ力、主体性、協調性、リーダーシップ…と「能力」が並びます。いったいいくつの能力があればいいのか。それは、会社が事業を成り立たせるために必要な「機能」であって、一人の個人に求める「能力」ではないですよね。

「能力」ではなく、人はレゴブロックのようなそれぞれの機能を持つ存在だと私は考えています。会社はその小さなレゴの部品をどう組み合わせれば、大きな船を作ることができて、そして壮大な景色を見ようじゃないか!と考えるべきで。本来は可能性の塊だと思っています。

クラクション、ハンドル、タイヤ、人間にはそれぞれのタイプの人がいる。それぞれをうまく配置することで組織という「車」を走らせることができる。クラクション、ハンドル、タイヤ、人間にはそれぞれのタイプの人がいる。それぞれをうまく配置することで組織という「車」を走らせることができる。

それなのに、会社の人事評価では「コンピテンシー」という言葉を用いて「トップセールスのあの同僚の行動を真似するように」と無茶なフィードバックをしたり、その手前でも、同じ教科書で同じ進度で、全員が同じ形のレゴだと認識して教育が行われている。大学になると、企業の要請に応じて、どんな形にも合わせられる大きな一つのレゴに育てるという幻を目指してさえしている。

ーー自分の形を知った結果、がっかり…にならないかは、ちょっと心配です。

自分の特性を知った上で、それをどう生かしていくべきか。そこまで含めて学ぶのが本当は教育の役割だと思います。しかし、確かに実態は「キャリア教育」と称して、「企業で活躍できる人材」「そうでない人材」と振り分けている。

学歴偏重を変えようと編み出された「非認知能力」など様々な指標がありますが、現実は、新たな序列を生み出し、危機を煽って商売をすることに使われ始めている。それがすごく残念です。

例えば転職の時にはさっきのレゴの話でいうと「今こんな『形』の人を求めてます」「あ、ちょうど私その形です」「私違うんで、他の会社にします」でいいじゃないですか。「優秀」とか「求める能力」とか言うからわからなくなる。

「よい形」「悪い形」なんてないんです。良し悪しを言い出すと、無理する人が出たり、働き始めてからズレが露呈する。一元的な能力観を脱すれば、もっと多くの人が「私」を生かして働ける可能性があると思っています。

勅使川原真衣(てしがわら・まい)さんプロフィール

勅使川原さん勅使川原さん

1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。BCG、ヘイ グループなど外資コンサルティングファーム勤務を経て独立。2017年に組織開発を専門とする、おのみず株式会社を設立し、企業はもちろん、病院、学校などの組織開発を支援する。二児の母。2020年から乳ガン闘病中。

「未来を作る、自分になりたい」ワークショップ開催

ハフポスト日本版では連続ワークショップ企画「未来を作る×ピントとミカタ」を日建設計イノベーションデザインセンターとのコラボで開催します。
第一回目は勅使川原真衣さんを招いたトーク&ワークショップを開催します。
勅使川原さんが企業研修でも活用する手法の一部を転用し「自分のブロックの形を知り、どう組み合わせるか。どうすれば周りに貢献できるか」を考える時間にします。
5月26日(金)午後6時半〜8時(その後、参加者同士の交流タイム予定)

日建設計東京オフィス(本店)3F PYNT
〒102-8117 東京都千代田区飯田橋2-18-3
TEL: 03-5226-3030
参加費無料。ハフポスト読者枠は応募者多数の場合先着25名となります。

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