「性被害の長期にわたる影響や重さを実感してもらえる作り方をしなきゃいけないという思いがありました」
そう語るのは脚本家の野木亜紀子さん。『アンナチュラル』や『MIU404』などのドラマで、現実社会で今起こっている問題を取り入れながらヒット作を生んできた。
そんな野木さんが次に挑んだのは、「沖縄を舞台に、2人の女性が性的暴行事件の真相を追う」ドラマだ。
タイトルは『フェンス』。松岡茉優さんと宮本エリアナさんがW主演を務め、WOWOWで3月19日より放送・配信中だ。
沖縄ではこれまで何十年にもわたり、何度も米軍関係者による性犯罪事件が起きてきた。事件化されず表に出なかったものもあると言われている。
日米地位協定や基地問題。そして性犯罪。日本ではなかなかドラマで描かれることのなかったこれらのテーマを、今取り上げた理由とは? 野木さんと、プロデューサーの北野拓さんに聞いた。
「生半可な気持ちで書くわけにはいかない」テーマへの挑戦
──プロデューサーの北野さんがNHKの沖縄放送局で事件記者として取材をしていたのが、企画の出発点になっているんですよね。
北野:NHKに入局して初任地が沖縄でした。事件記者として沖縄県警を担当し、米軍関係者によるひき逃げ死亡事件や公務中の交通死亡事故など数多くの事件事故を取材しました。
被害者や遺族に話を聞く中で、日米地位協定(※)の不条理さや沖縄の複雑さを痛感しました。沖縄の内部では問題になっていることでも、本土にはなかなかその現実が伝わっていないと感じていました。
こうした記者時代の経験から本土復帰50年のタイミングで、ニュースでは伝えきれなかった沖縄の現実をエンターテインメントにして伝えたいと考え、このドラマを企画しました。社会的なテーマをエンタメにする力を最も持っている日本の脚本家は野木さんだと僕は思っていて。NHKで『フェイクニュース』(2018年のドラマ。野木さんが脚本、北野さんがプロデューサーを務めた)を一緒に作った経緯もあり、声をかけさせていただきました。
※日米地位協定とは、在日米軍が日本国内で円滑に活動できるよう、特別な権利を定めた協定。米軍関係者による公務中の犯罪は米軍が裁判権をもつなどの取り決めがあり、日本側が十分に捜査できない恐れがあると指摘されている。
──野木さんは最初、断ったと聞きました。
野木:日米地位協定や基地問題を描く上では、たくさん勉強する必要があります。今まさに解決してない多くの諸問題があり、その中で生きている人たちがいて、生半可な気持ちで書くわけにはいかないですから。
北野さんから声をかけてもらった時、『MIU404』(2020年のTBS系ドラマ)を書き終わったばかりで疲れきっていたこともあり、ちょっと休みたいな…というのも正直ありました。
なので最初はお断りしたんですが、北野さんがめげずに相談してきて。私が脚本じゃないにしても、こうしたら面白いんじゃないかとか色々話しているうちに、やることになっていた感じです。
北野:野木さんはきっと引き受けてくれると信じていました。この企画は日本のドラマでは過去に描かれていない内容であり、実現のためには沖縄の人脈や取材力が必要で、野木さんとでしか作れないものでした。
この企画に賛同し、一番に手を挙げてくれたWOWOWのプロデューサー高江洲義貴さんは普天間出身で、基地のすぐそばで育ち、沖縄の事情を肌で知っている方です。この上ない座組で制作に挑めました。
性犯罪を描いた理由。「あなたは悪くない」と言い続ける
──野木さんも沖縄で取材をされたんですか?
野木:そうですね。地位協定に詳しい大学教授から米軍基地の従業員、米兵事件に関わる弁護士、ブラックミックスの方や性暴力の被害者、支援団体など、一般の方も含めて100人以上に話を聞きました。
──米軍関係者による犯罪の中でも、女性への性犯罪、性暴力をストーリーのメインに据えたのはなぜでしょう?
野木:米軍基地への反対運動が拡大する発端となったのが、米兵による性犯罪(1995年の米兵少女暴行事件)だと北野さんから聞いて、やはり沖縄のドラマを作る上では避けて通れないなと。だったらメインストーリーとしてしっかり描こうという話になりました。
取材を通して、事件化されていないもの、何十年も経ってから証言されたものも含め、性被害に遭った女性はとても多いと知りました。精神科医や支援団体、一般の人など闘っているのはみな女性で、彼女たちの話を聞き、私自身も励まされました。
北野:沖縄で記者をしていた時も、表に出ない性犯罪事件はありました。性暴力は沖縄だけの問題ではありません。女性が訴えにくい環境が日本全体にあり、被害を受けた女性の声が埋もれてしまうことも少なくなく、このドラマではそこにも踏み込みたいと考えていました。
──日本のドラマでも、一話だけ、一要素として性犯罪・性暴力のエピソードを取り入れた作品はありますが、『フェンス』ほど全話通してしっかり描いている作品はあまりなかったなと感じました。
野木:いちエピソードとしてだけ扱うのは抵抗がありました。性犯罪は一過性の問題ではないですし、被害者の人生が変わってしまうような出来事で、いつまでもその経験を抱えて生きていかざるを得ない。取材でも、電話相談で40年前の被害を打ち明けられたという話も聞きました。
視聴者にも、被害の「その後」も含めて、性被害の長期にわたる影響や重さを実感してもらえる作り方をしなきゃいけないなという思いがありました。
──被害者が責められてしまう二次被害やPTSD、またその後をどう生きたか、という点まで描かれています。
野木:性暴力被害の支援者はどの方も「あなたのせいじゃない。あなたは悪くない」といかに言い続けるか、という話をしていました。ドラマの中でも、色々と形を変えながら何度も言ってるんですよね。
やっぱり被害に遭った当事者の人も見るかもしれないので、そういうことは伝えていかなきゃいけないなと。実際、被害者の方にお話をうかがったとき、そういう作品を吸い込まれるように見てしまうことがあると言っていたので。
現実問題として、支援に繋がることができずに、誰にも言えずに、悪いほうに絡め取られてしまうケースもあります。それを描くこともできたけど、そうじゃない道──支援を求められることや、自分の人生を生きていけるんだ、とドラマで伝えるのは大切なことだと思っています。
“肌の色が異なる”2人のバディ。 違う人がいかに理解し合えるか
──海外のドラマや映画では、この数年で性犯罪を描いたものが増えましたが、何か参考にした作品はあるんでしょうか?
野木:特にこれと言ってはないですが、Netflixの『アンビリーバブル たった1つの真実』は見ました。『フェンス』を女性2人のドラマにしたいと希望を伝えたら、まさにそういうドラマがあるよと教えてもらって。実話を元にした、よくできた作品でした。
──『アンビリーバブル』も、2人の女性の刑事がレイプ事件の犯人を追うストーリーです。野木さんのオリジナル作品でも記者や法医学者、警察官が主人公の作品があり、個人的な勝手なイメージですが、そうした職に就く人が性犯罪を追うストーリーも作れたのかなと思ったんです。でも、本作ではキー(松岡さん)は週刊誌のフリーライターで、桜(宮本さん)は沖縄のカフェバーの経営者です。
野木: 実は、北野さんに最初に提案されたのは、刑事の男女2人のバディドラマだったんですよね。ただ、警察官といった職業倫理が必要なキャラクターを主役にすると、脚本上の縛りが生まれてしまう。今までの作品は結果的にそういう職種の主人公が多かったのですが、その倫理のもとに動かさなければいけないことに難しさも感じていました。
特に今回は全5話しかなく、立ち向かう相手が日米の問題で巨大すぎますよね。いち市民が正攻法では闘いようがないというか。だからこそ、ある種乱暴に突き進む主人公で、色々な壁をぶち壊していきたいなと。
2人の設定は色んな要素があって、ブラックミックスの桜はお父さんが米兵で、沖縄の女性との間に生まれた人で、基地の街である沖縄を体現する人。もう1人の主人公のキーはパワフルに突き進みますが、彼女には彼女の事情があります。
──キーと桜、2人のバディの関係性はどう考えていましたか?
野木:2人を通して、違う人がいかに理解し合えるかという可能性を探った感じです。特にバディものは違う2人だからこそ面白いと思いますし。
やっぱり他者のことはわからないし、立場も考え方も違う。同じ属性の人間でも、意見がまるで同じことはないですよね。でも互いを知りその違いや差をいかに愛するか、が大事なんじゃないかなと。
沖縄自体、住んでる場所や立場によって違いが多く生まれる土地です。いろんな立場や考え、ルーツ的な違いを書くことこそが、沖縄を描くことに繋がると考えました。
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt)
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『フェンス』のインタビューは、後日配信の後編記事へと続きます。後編ではキャスティングの背景や、沖縄が背負わされている「理不尽さ」、そしてドラマで社会の問題を描くことの意義について、2人の考えを聞きました。
▼作品情報
『連続ドラマW フェンス』(全5話)
WOWOWプライム、WOWOWオンデマンドにて3月19日(日)放送・配信スタート、毎週日曜22時
脚本:野木亜紀子
監督:松本佳奈
製作:WOWOW、NHKエンタープライズ
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
性暴力被害の“その後”を生きる女性たち。脚本家・野木亜紀子さんが、沖縄で闘う人々から学んだこと