2022年にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:2022年9月5日)
「留年か中退しかないなんて、嘘かと思った。信じられなかった」
2021年3月中旬、とある千葉県立高校の職員室に呼び出されたのは、1年生のネパール人生徒、サポコタ・サイレスさん(当時16)。前触れもなく、教員から留年か中退かの二者択一を告げられた。取得できた単位が足りず、進級できないと説明されたという。
どうしたらいいかわからず、混乱し、学校から帰るとすぐに父親に電話をかけた。しばらく悩んだ末、中退を選んだ。日本語で行われる授業に参加しても何一つ理解できず、楽しいことはひとつもないーー。そんな中で、残りの高校生活を思い描けなかった。
日本語が母語でない外国人の高校生らが、日本の学校で十分に日本語を教わることができずにやむなく中退に追い込まれる例は後を絶たない。本来必要な教育を受けられなかったり、国内で就職できる在留資格への変更が叶わなくなったりすることで、生徒の未来の選択肢は大きく狭められてしまう。
国は、こうした高校生に着実に日本語を教えることで中退を防ぎ、グローバルに活躍する人材に育てようと、2023年度から高校で日本語を学びやすくするための新たな仕組みを展開する。ただ、指導を現場任せにする状況はなかなか変わらず、先行きは不透明なままだ。
2018年、サポコタさんは千葉県内でネパール料理店を営む両親に呼び寄せられる形で来日した。当時、中学2年生。2020年冬の高校入試までのわずか2年足らずで身についた日本語は簡単な日常会話レベルで、漢字はほとんど読み書きできなかった。
滑り込んだのは、当時の時点で受験者数が定員を50人以上も下回る、いわゆる「教育困難校」。
高校に入学すれば、3年かけて日本語を教わり、十分に身につけられるーー。そう期待したが、入学直後の1学期、日本語を教えてくれる人はいなかった。
年度の半分が過ぎ去った頃、サポコタさんへの指導者として高校側が手配したのは、日本語を教えた経験のない同校の卒業生だった。週2回、各1時間ずつ、放課後などに日本語を教わったという。
「授業を受けていても何もわからず、ただ座っているだけだった」
日本語を習得できない間に、すでに1学期分の学習の遅れが生じていた。秋に日本語の指導が始まったところで、もう取り戻すことはできなかった。日本語を教えたことのない卒業生との学習も、芳しくなかった。
同校を運営する千葉県教育委員会は、日本語指導が必要な生徒のいる学校に、教員免許を持たない非常勤講師らを派遣し、日本語を教えている。ただ、外国人の生徒に日本語指導が必要かどうか判断したり、講師を探したり、指導内容を検討したりするのは、各校に任せているという。
同校の教頭は、サポコタさんへの日本語指導が遅れたことについて「指導者の確保が難しかった」と説明する。
一方で、「外国人の生徒には、自分の日本語能力でできる範囲で(勉強を)やってもらっている。読み書きができる程度なら、特別な補習などが必要だとは認識しない。外部から指導者に来てもらうこともない」と話す。同校には2022年度、外国人の生徒が約10人在籍しているが、誰にも日本語指導を実施していないという。
高校中退後、サポコタさんが選んだのは、定時制の東京都立高校への入学だった。定員割れしている同校は、4月になっても生徒を募集していたため、2021年度の入学に間に合った。サポコタさんは千葉県民だが、都内でアルバイトをすれば同校に入学できる仕組みだった。
東京都教委も千葉県教委と同様に、高校からの要請に応じて日本語を教える非常勤のスタッフを派遣している。
新しく入学した都立高では、サポコタさんの担任の教諭が真っ先に「まだまだ日本語がままならない」と見極め、スタッフの派遣を申し込み、5月から指導が始まった。指導者は都教委が設ける人材バンクを通じてスムーズに見つかったという。
週に1度、2時間程度という、限られた時間。ボランティアとして日本語を教えて10年以上になる指導者とコツコツと日本語を学び、「日本語能力試験3級(N3)」相当を目指している。「日常的な場面で使われる日本語を、ある程度理解することができる」レベルだ。
指導者だけでなく同校の教諭も、サポコタさんが苦手な漢字の教材を手作りするなどして支えている。指導者だけでなく同校の教諭も、サポコタさんが苦手な漢字の教材を手作りするなどして支えている。
こうした積み重ねで、2022年4月に晴れて2年生に進級した。
同校の副校長によると、サポコタさんは2度目の高校入学の時点で、日本語での授業について行くことは明らかに困難だった。にもかかわらず、日本語指導を受けられるかどうかは、千葉県と東京都にあるそれぞれの高校の置かれた事情や判断に左右されてしまっていた。
この点、同志社大学の児島明教授(教育社会学)は「高校教員は外国人の生徒を『高校に入るだけの日本語力がある』と見なし、『あとは本人の頑張りの問題』と捉えてしまいやすい」と指摘する。
「外国人の生徒の置かれた状況や日本語教育について学んだことがなく、どうしたらいいかわからない教員も少なくない。教職課程や在職中の研修などで学べる機会を充実させていく必要がある」
2年生になったサポコタさんは「今は先生の話している内容が理解できて、授業を受けるのが楽しい」と笑顔をみせる。部活動も掛け持ちし、高校生活を満喫している。
サポコタさんが県境を越えた高校に入学し直してまで卒業を目指すのは、将来、日本で働きたいと思っているからだ。現在、サポコタさんが持つ「家族滞在」の在留資格で働けるのは「週28時間以内」という制限がある。これでは正規雇用の職に就くのは難しい。
ただ、就労制限を取り払う方法がある。法務省は、高校を卒業していることなどを条件に、日本で育った「家族滞在」の外国人が就労制限のない在留資格(「定住者」)に切り替えられるようにしている。サポコタさんが高校卒業を絶対に諦めない理由だ。
定時制は4年制で、卒業する時期には20歳。サポコタさんは「卒業後は専門学校でIT技術などを学び、得意な英語を活かしながらゆくゆくは国際的なビジネスを手掛ける会社を起業したい。いつかはネパールの故郷に、いま通っている高校のような楽しい学校をつくることもしたい」と夢を語る。
高校での日本語指導が自治体や学校任せになる中、サポコタさんのように、日本語が母語でない高校生らの中退は相次いでいる。日本語指導が必要な生徒の中退率は2021年度時点で5.5%で、全高校生の中退率(1.0%)の5倍以上に上る。
国は、こうした生徒らに日本語を着実に教えることで未来の選択肢を奪わず、グローバルに活躍する人材を育成するねらいで、2023年度から高校で日本語を学びやすくするための新たな制度を始める。
全国の高校で正規の授業時間内に日本語指導を行い、生徒が単位を取得できるようになる仕組みだ。「特別の教育課程」と名づけられている。
通常の科目の授業中に、在籍するクラスとは別の教室で日本語を教わることから、「取り出し授業」とも呼ばれる。公立小中学校では2014年度から受けられるようになったが、高校には同様の制度がなかった。日本語がわからなくても、日本人の高校生らと同じ通常の授業や試験を受けるしかなかった。
文部科学省の調査によると、日本語指導が必要だとみなされている高校生は、2021年度時点で全国に4809人いる。ただ、このうちどれだけが「取り出し授業」を受けられるようになるかは不透明だ。
大きな理由は指導者の不足だ。
とある県の教育委員会によると、教育現場からは「別室で日本語を教えるための人手が足りない」「(文科省が『特別の教育課程』の指導者として想定する)高校の教員免許を持ち、日本語教育の専門性もある人材なんて、そもそもいない」と懸念する声が上がっているという。
文科省は日本語指導を担当する高校教員の追加配置に向けた検討をしているが、人数の規模などは未定としている。同省国際教育課の担当者は「地域によっては、(制度が始まる)2023年度時点で日本語を教える教員が不足することも十分にありうる。足りなければ、数年かけて体制を整えていく」と話す。
都道府県の独自の判断による追加配置に踏み切れない自治体は少なくない。
千葉県教委の担当者は「高校からは『教員の追加配置が必要だ』と要望が寄せられている。だが、さまざまな教育課題がある中で、外国人の子どもだけのために教員を増やすのは難しい」と説明する。
学校現場にも危機感がある。サポコタさんが現在通う都立高校の副校長は、「できるならサポコタさんら外国人の生徒に『取り出し授業』を受けさせてあげたいが、校内に教員が増えなければ実施は難しい」と話す。
現在の指導体制について「教員免許を持たない外部のスタッフによる指導では、高校の高度な教育内容に追いつけるほどの日本語を十分に教えることは難しく、限界を感じている」とした上で、「日本の高校で外国人の生徒が学ぶことを前提とした教育環境の整備が必要だ」と訴える。
外国人の子どもの教育に詳しい東京女子大学の佐久間孝正名誉教授は「指導者が足りず、『特別の教育課程』を始められない地域も相当数あるはずだ」と指摘する。「指導状況の更なる地域格差を生みかねない。国や教育委員会は教員の確保を急ぐ必要がある」と話している。
〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉
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