どうも、半導体というものがすごく重要らしい…。
そんな認識が広まって久しい。
半導体はパソコンやスマホ、自動車から最先端兵器まで、あらゆる電子機器の製造に欠かせない。特に高性能な半導体をめぐっては、アメリカと中国が繰り広げる技術覇権競争の主役に躍り出ている。
日本も半導体確保に動く。世界最先端の技術力を有する台湾・TSMC(台湾積体電路製造)の工場を熊本県に誘致したほか、岸田政権の看板政策「経済安全保障」に関する法案にも安定供給を目指す内容が盛り込まれる。
「日の丸半導体」時代の再来か、と思いたくもなるが、まずは日本の立ち位置と、あるべき未来を探ってみたい。科学技術政策などに詳しい東京大学大学院の鈴木一人・教授に話を聞いた。
まず前提として、半導体は何かを押さえておきたい。
半導体とはそもそも、電気が通りやすい金属などの「導体」と、ゴムやガラスのように全く通らない「絶縁物」の中間にあることから名付けられている。
もっともポピュラーな素材はシリコン(ケイ素)だ。対して、複数の元素を使用するものを化合物半導体という。高価だがシリコンと異なる特性を持ち、発光ダイオードなどに活用されている。
私たちが日々ニュースで見聞きする半導体とは、こうした材料ではなく「半導体デバイス」のことを指している。これは主に「メモリ(記憶)」と「ロジック(演算)」などに分類され、それぞれ異なる役割を発揮する。前者はデータの記憶保持、後者は演算や命令などを司り「コンピューターの脳」とも呼ばれる。
注目されているのが「回路幅」だ。狭ければ狭いほど性能が上がるとされる。2021年時点の最先端のスマホに用いられているのは「5ナノメートル」クラス。1ナノメートルは1メートルの10億分の1だ。
ちなみに、日本のルネサスエレクトロニクスは、自社では40ナノメートルクラスのものしか生産できないとされる。技術競争から大きく立ち遅れているのだ。
そんな日本もかつては、半導体分野で世界のトップをひた走っていた。経済産業省のまとめによれば、1988年、半導体産業で日本勢は世界シェアの50.3%を獲得。1992年には世界の売り上げ金額トップ10のうち、6社を日本企業が占めた。
しかし今や完全に凋落した。世界シェアは2019年時点で10%程度に落ち込んでおり、将来的にはほぼ0になる可能性も指摘されているのだ。
なぜ、日本勢はかつての栄光を失ったのか。これには諸説ある。
その一つが1986年に締結された「日米半導体協定」だ。これは日本勢に市場を逆転されたアメリカが仕掛けたもので、当時10%に満たなかった日本国内における海外製品のシェアを20%以上に引き上げる、などの内容が盛り込まれた。この協定はおよそ10年も続き、日本企業がシェアを失った代わりに、欧米や韓国企業を大いに利したとされている。
しかし、鈴木教授は「アメリカに協定を押し付けられたことが全てではない」とし、3つの原因を挙げる。
「1つは、日本が強かったのはDRAM(ディーラム)などのメモリということ。それが今はTSMCなどが扱うロジック、つまり演算用の半導体にシフトしました。それについていけなかった」
「2つ目は垂直統合と水平分業です。大きな会社の中に半導体部門を抱え、そこで生産するのが垂直統合。日本はこの形式の会社が多かったのですが、国全体で見ると、人材やお金が(会社ごとに)分散してしまいます。半導体は装置産業です。大量の投資を必要としますが、会社自体の体力により、投資できる額が決まってしまうのです。
一方で水平分業は製造工程だけを抜き出し、複数の顧客から半導体製造を請け負います。すると量産ができますので、巨額な投資ができるだけの余力を持てます」
「3つ目はナショナル・チャンピオン(国を代表する企業)を作ってこなかったこと。世界的な競争に敗れる前に、リソース(資本や人材など)を統合し、そこに集中的な投資をするべきでした」
シェアの落ちた日本だが、ここに来て半導体確保へ積極的な動きを見せている。その目玉が、台湾・TSMC工場の熊本誘致だろう。
TSMCは半導体のニュースでは必ず目にする名前だ。自身で設計などは行わず、委託を受けて製造に専念する「ファウンドリ」と呼ばれる業態を取る。
世界最先端である「5ナノ」の量産が可能なほか、次世代の「3ナノ」「2ナノ」の研究開発でも先行する。TSMCの存在があるため、アメリカをはじめとする世界中の国々にとっての台湾の重要性も上がる。そのため台湾では「護国神山」の異名をとる。
その最先端企業が日本にやってくる。日本にとっては朗報のようにも見えるが、鈴木教授は「100%反対ではないが、良い政策だとは思わない」と話す。
理由の一つが「付加価値」だ。
「付加価値が高いのは研究開発やデザインで、製造過程は一番低い。つまり(最先端工場の場合)1兆円や2兆円の投資をして、1枚数百円のチップを作る。すると大量に売らなければいけない。製造コストの高い日本で、わざわざ付加価値の低いものを作る必要があるのでしょうか」
鈴木教授が示したのは「スマイルカーブ」という概念だ。人がにっこりと笑った絵を描くと、口の両端は上がるが、真ん中は下がる。これは電子機器の製造コストにも例えられ、両端=企画や開発と販売などは高い付加価値が見込めるが、中央の製造工程は低くなることを指す。
半導体においても「製造はスマイルカーブのボトム(最底辺)です」と鈴木教授は話す。それを人件費や土地代などが他国と比べても高い日本でやる必要があるのか、という疑問だ。
もう一つが日本政府の補助金だ。熊本工場の設備投資額は約8000億円。日本政府がその半額程度を補助することになっている。単純計算で4000億円だ。これは年間の科学技術関係予算のおよそ10分の1に相当する金額だ。
「TSMCを誘致することで得られるメリットは何か、きちんと論じた上で4000億円の価値があるかを判断しなければいけません。TSMCを誘致したら日本企業が回路幅の狭い高性能半導体を作れるようになるかといえば、そんなことはありません」
一方で、プラスに働く面もある。それが台湾有事への備えだ。台湾併合を悲願とする中国が、今後、武力を用いた統一に乗り出した場合、台湾からの供給が途絶するリスクがある。熊本工場が生産するのは20ナノ台のチップで、工場建設に出資するソニーなどが必要とするデバイスとなる見込みだ。
そのほか、TSMCは茨城県つくば市にある産業技術総合研究所(産総研)内に開発拠点も新設する。半導体を製品の形に仕上げる「後工程」技術の研究がされ、産総研は「世界水準の半導体後工程技術を国内に確保する」と銘打っている。
ここまで、日本の半導体シェアが凋落の一途を辿っていること、そしてTMSC誘致が直ちに最先端技術の入手につながるわけではないことを見てきた。
しかし、絶望的な状況ばかりでもない。日本が世界トップクラスのシェアを誇る分野もある。それが半導体の「川上」、つまり製造に欠かせない材料と製造装置だ。例えば「レジスト」や「フッ化水素」など、シェアが80%、90%を超えるものも少なくない。
つまり、日本企業なしでは世界の半導体生産が滞る可能性がある。半導体が国際戦略物資となった今、一見すると有利な状況に見える。
「これはチョークポイントを握った状態だと言えます」と鈴木教授は指摘する。チョークポイントとは、 締められると供給が滞りかねないサプライチェーン上の弱点のことだ。
日本も、この優位性を外交カードとして活用したことがある。2019年だ。
前年に韓国大法院(最高裁)が日本企業に対し、元徴用工への賠償を命じる判決を出した。日韓請求権協定で解決済みとの日本政府の立場とは相いれず、ともに半導体製造に欠かせない「レジスト」と「フッ化水素」などの輸出管理を強化した。事実上の対抗措置と言われている。
「韓国からすれば、自らの首根っこを掴まれているようなものです。しかし、それで日本の言うことを聞くようになるかと言えば、むしろ反発が強まった。あまり良い政策ではありませんでした」
さらに、制裁を発動することで、貴重なカードを失いかねないという。
「いわゆる制裁のジレンマです。制裁をすればするほど相手は自律性を高めていきます。いつまでも唯一無二ではいられないのです。『やるぞ、やるぞ』と脅しておき、実際には使わない方法が一番良いのです」
実際、韓国では、輸出規制強化を受けて材料の国産化を推し進めた。このうち、フッ化水素は国産化に成功し、輸入量はおよそ8割も減ったという。
制裁の代償を払うのは韓国ばかりではない。一部の日本企業も同じだ。このケースでも韓国向け輸出が減少する企業が出た。今後の経済安全保障政策でも一定程度の影響は出るとみられ、経団連は「企業活動に過度な制約を課すべきではない」と釘を刺している。
「企業の営業活動を国家の理屈でやめさせることもある。安全保障のためといっても、企業にとっては『やってよかった』と実感を伴うものではありません。理不尽だという考え方もあると思います」
半導体の先端技術獲得は遠く、強みである「川上」のシェアも優位性は限定的とみられる。しかし、半導体を常に確保し続ける重要性は変わらない。
そのために日本がとるべき道は何か。鈴木教授に聞いた。
「RCEP(地域的な包括的経済連携)のような地域共同体を作ることではないでしょうか。TSMCも、日本やアメリカ、それにヨーロッパなどから材料や製造装置を買っています。自由貿易を基盤に考えることだと思います」
「最終的に半導体チップを確保できれば良いわけです。自由貿易がきちんと守られていれば、半導体を日本で作らないといけない絶対的な理由はありません。ただし、全面的にオープンにすると大事なもの(技術等)を奪われる可能性はあります。そこをある程度、制限するような形で調整していくことが大事なポイントになるでしょう」
自由貿易を進めることで、日本が持つ「川上」の優位性も増していくという。
「相手を自分たちの製品の『中毒』にする。あなたの製品なしでは生きていけない、という状態にしてしまうことです。その状態にすればするほど相手に対してレバレッジ(大きなリターン)を持つことができる。相手の弱みを握るためには、自分たちをさらけ出してでも自由貿易を進めたほうが合理的です」
参考資料:
「日本半導体 復権への道」牧本次生 筑摩書房 2021年
「半導体戦略」 経済産業省 2021年(https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210604008/20210603008-4.pdf)
「半導体の部屋」 日立ハイテク
(https://www.hitachi-hightech.com/jp/products/device/semiconductor/index.html)
「はじめての半導体」 株式会社フェローテックホールディングス
(https://www.ferrotec.co.jp/semiconductor/semiconductor1.php)
「半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力 湯之上隆のナノフォーカス」湯之上隆 EE Times Japan
(https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html)
韓国への輸出規制強化2年 終わらない「勝者なき対立」:朝日新聞デジタル
(https://digital.asahi.com/articles/ASP7146X5P6ZUHBI01Z.html)
日本の半導体に「危機感」 高まる国家支援への期待:朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/ASP5V6J2VP5SULFA02Y.html
森田化学、フッ化水素の韓国輸出を再開 半導体向け: 日本経済新聞
(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54226930Z00C20A1TJ2000/)
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「日の丸半導体」の現在地と未来が分かる。世界を「中毒化」させる戦略に活路を見よ