8月1日に公開したディズニー&ピクサー最新作『インサイド・ヘッド2』が好調だ。公開4日間の累計興行収入は7億3692万2780円で、2024年洋画No.1のオープニング記録となった。
世界での興行収入は約2323億円を超え、日本でも長期的な大ヒットとなった『トップガン マーヴェリック』などを上回り、すでに世界興行収入ランキングでトップ10に入った。
前作から9年ぶりとなる続編でデザインチームのトップとなる「キャラクター・アート・ディレクター」を務めたのが、2022年にピクサーに入社した村山佳子さんだ。新しく登場したキャラクターのなかで、「イイナー」と「ハズカシ」のデザインを担当している。
母の“一言”でその人生は大きく動いた。ピクサーで働くリアルを聞いた。
母の一言でアメリカへ。「幽☆遊☆白書」に導かれ
村山さんは学生時代、元々英語を学ぶためにアメリカ・カリフォルニア州に留学した。その後、現地で見たアニメに惹かれ、アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(美術大学)に編入し、キャラクターデザインの道に進んだ。
Netflixやドリームワークス・アニメーションなどいくつかの会社でキャラクターデザインに従事し、2022年ピクサーに入社。担当した長編アニメーション映画『私ときどきレッサーパンダ』が第95回アカデミー賞にノミネート。その実績を引っ提げ、『インサイド・ヘッド2』では早くもデザインチームを率いる立場になった。
千葉県船橋市で育った村山さん。幼い頃からアニメや漫画が好きだった。
アートに傾倒する最初のきっかけは、母が買ってくれた漫画の漫画の「幽☆遊☆白書」。それを読むのが本当に楽しみでした。その後、高校生の頃にプレステを買ってもらい、ビデオゲームにハマって、イラストを描くようになりました。でも、その時は絵を描いてお金を稼げるなんて思ってなかったですね。進路についてぼんやりと悩んでいる時に、母に「英語、勉強してみたらいいんじゃない?」と提案されて。その一言がなければ、全く違った人生を歩んでいたのではないかなと思います。
入社する以前、ピクサーに対する印象はややネガティブなものもあったという。
正直、入社前は「プライドが高くてとっつきにくい」という印象でした。素晴らしい作品を創っているが故に。ところが入社して仲間になってみたら、皆のハングリー精神が本当にすごくて。次々に作品を創り出していても驕ることなく、毎日ものすごい熱量で仕事をしている。スタジオ全体として熱量がすごく高いので、それに追いついていくのが大変だと感じることは多々あります。ピクサーは外側から見ると「遊び心」がフィーチャーされることも多いのですが、私個人としては、特徴としてはパッションの方が強いと思っています。「ストイックに仕事ができる」という点は働くメンバーに共通しているので、もし働きたいという人がいるとしたら、それが求められる資質だと思います。
ピクサー社食の“あるメニュー”が勝負メシ
“ストイックさ”が求められるというピクサーでのクリエイティブ。だが村山さんは、自身を「スロースターター」だと自覚しているという。子育てをしているため、自分に合った働き方で、時には力を抜いて働くことも心がけているという。
1日のスケジュールでいうと、午前9時から仕事を始めるんですが、私は大変なスローペースなんです。いつの間にかランチタイムになってて、午後1時や2時ごろもまだのんびり。ようやく午後3時頃からエンジンがかかり始めるんですが、幼い子どもがいて午後5時半くらいには迎えにいかなくてはいけないので、実働時間は…どうかお察しください(笑)。仕事は“集中型”で、それを毎日のように少しずつ積み重ねます。
キャラクターデザインの仕事は良いアイデアが浮かんでくるかどうかが勝負なのですが、一生懸命ずっと考えていてもアイデアが浮かんでこないことも多いので、そんな時ほど潔くスローペースで働いています。
もちろん、働く中でささやかな楽しみもある。社食での食事だ。あまり知られていないピクサーの“ランチ事情”。村山さんにはお気に入りのメニューがあるという。
ピクサーの社食は週替わりのメニューなんです。個人的にこれまでで一番美味しかったのは「ハニーグレイズチキン」。これが本当に美味しくて。会社近くに良さげなランチプレイスがないので、皆お弁当を持ってくるか、社食で食べていますが、このメニューはいわゆる“勝負メシ”ですね。
絵を描くことは「自分をさらけ出す」こと
アニメーションは、ストーリーやプロットのクオリティの高さはもちろん、観客のキャラクターへの愛着や共感も、ヒットの要因としてかなり重要だ。その分、キャラクターデザインを担当する村山さんの責任は大きい。
楽しいことばかりではなく、プレッシャーを感じることも多く、製作陣からアイデアを跳ね返される時もあるという。
プロのキャラクターデザイナーとして「絵を描く」ということは、「自分をさらけ出す」ということなんです。だって、監督らに自分の作品を見せて、ジャッジされるわけですから。結構、傷つくこともあるんですよね。でもそんな時、「私は毎日好きな絵を描けて、これでお金をもらえている」と思うと少し気持ちがラクになれるんです。
私たちの仕事は、ストーリーができて、キャラクターに対するイメージが共有されるところからスタートします。例えば今回担当したハズカシは、監督からのイメージは「一番大きくて・フードをかぶっている」という2点だけでした。最初に書いたキャラクターデザインは今はもう跡形もなく残っていません。大体、“第1ラウンド”はほぼ却下なんです。「トライ・アンド・エラー」をひたすら繰り返します。まず突拍子もないアイデアを出して、それを却下される。これの繰り返し。そのフェーズを経て、段々と最終的なキャラクターデザインを作っていくというプロセスです。
監督にアイデアを跳ね返された時は一瞬落ち込むけれど、それよりも「何がいけなかったのか」をしっかり分析します。この時こそ、「プロフェッショナル」な姿勢が求められます。多い時は週に一度はチェックがあるので、立ち止まっている時間があまりないんです。“切り替えるマインド”はとても大切です。
「やる気が出ない」。そんな時の対処法
とはいえ、どんな人間も完璧ではない。筆者もそうだが、どうしても上手く切り替えることができなかったり、モチベーションを保てなかったりする瞬間はある。
そんな時は、今作で新たに登場した「シンパイ」や「ダリィ」のような感情が自分の中に確かに生まれてしまう。村山さんも例外ではないようだが、その時の対処法を自分でしっかりと持っていると話す。
「ダリィ」みたいな時、しょっちゅうありますよ。そんな時、私はよくエンタメ作品を見ています。日本のアニメを見たり、漫画も読み返したりします。特に、絵が上手い方の漫画を読んでテンションを上げるんです。絵に関しては、最近でいえば『ダンジョン飯』という作品の絵はすごく上手なので、壁にぶち当たった時に読んで「私も負けていられないな」と思いました。私は、やる気が出ない時に絵やデザインから離れるというよりは、息抜きとして気がつくとコンテンツに触れていますね。見ると触発されて、また自分の仕事に戻るみたいな感じです。
余談ですが、ピクサーは会社でslackを使っているのですが、「アニメクラブ」というチャンネルがあるんです。ピクサーの中での、アニメ好きが集まるチャンネル。日本のアニメはよく雑談であがっています。「ハイキュー!!」がすごく好きで熱く語っている監督の投稿も見ました。日本のアニメの話をすることが圧倒的に多いですね。
「0」から「1」を生み出すキャラクターデザインの仕事。プレッシャーが大きいクリエィティブだからこそ、村山さんは「リラックス」をとても大切にしているという。
やっぱりオンとオフがないと、自分が良い絵を描いているかもわからないんですよね。(主人公の)ライリーを書いている時も、ライリーをずっと見続けていると、本当にいいのかよくわからなくなる。そんな時はライリーはいったん置いておいて、他のキャラクターを描いたり、半日とか1日くらい空けて新鮮な気持ちで描くようにしています。
家で作るカレーって、1日置くとなんか美味しいじゃないですか?あんな感じですかね。
誰しも、完璧じゃなくていい。『インサイド・ヘッド2』は、人間の感情を持つキャラクターたちが新たに登場し、思春期を迎えた主人公の女の子が自分と向き合う物語。子どもだけでなく、大人たちが観てもきっと感じるものが多くあるはずだ。
「キャラクターを描くことは自分を曝け出す」こと。試行錯誤を繰り返して時に傷つき、立ち直り、また歩む。村山さんの話が、劇中のライリーの姿と少し重なった。
【作品情報】
『インサイド・ヘッド2』
監督・ストーリー:ケルシー・マン
プロデューサー:マーク・ニールセン(『トイ・ストーリー4』)
エグゼクティブ・プロデューサー:ピート・ドクター(『インサイド・ヘッド』)
日本版声優:大竹しのぶ(カナシミ)、多部未華子(シンパイ)、横溝菜帆(ライリー)、村上(マジカルラブリー/ハズカシ)、小清水亜美(ヨロコビ)、小松由佳(ムカムカ)、落合弘治(ビビリ)、浦山迅(イカリ)、花澤香菜(イイナー)、坂本真綾(ダリィ)
日本版エンドソング:SEKAI NO OWARI「プレゼント」
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公開日:2024年8月1日
(C)2024 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
『インサイド・ヘッド2』キャラクターデザイン責任者の村山佳子さん。人生を導いた「幽☆遊☆白書」と母の“一言”