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「狂気」のレンズを外した先に見えた画家の本当の姿とは【ゴッホ自画像展ルポ】

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炎の画家と呼ばれるファン=ゴッホは、10年の活動歴で命を削るように膨大な数の作品を残した。 

なかでも、自画像は画家にとって特別な意味を持っていた。亡くなる前の4年間で35枚もの自画像を残している。その半数の作品がリニューアルオープンしたばかりのコートールド美術館(ロンドン)に会し、注目を集めている。  

自画像展では初めての本格的展示という触れ込みに期待して、展示会場に入ると一瞬戸惑うかもしれない。小ぶりな部屋が2つあるだけで、そこに並んでいるのも、小さなキャンバスばかりだからだ。

しかし、その軽い落胆は間違いだとすぐに気付くだろう。色彩や筆のタッチに表れた画家独自の表現とその多様性、傷ついた自分や自信をもった自分など、さまざまな角度から自己をみつめる眼差し、複数の自画像を集中的に見るからこそ、画家の魂が観る者の心を揺さぶる。

ゴッホの自画像展「Van Gogh Self-Portraits」(コートールド美術館)の様子ゴッホの自画像展「Van Gogh Self-Portraits」(コートールド美術館)の様子

なぜ自分を描くのか

展覧会は時系列に沿っているが、短期間で同じ顔がこうも変わるのかと、驚くばかりだ。  

最初の作品(1887年1月)では、暗い褐色を背景に、黒っぽいフェルト帽を被り、オレンジ色の整った髭をもった白い顔がこちらを見ている(写真)。色調やスムーズな筆遣い、その写実性はオランダ時代の表現を引き継いでいる。

ところが、同年の春になると、途端に色が明るく、タッチにも個性がでてくる。エメラルド色の瞳と目の縁の赤、ピンク色の頬、オレンジ色の髭を蓄えたゴッホが、白シャツ、青の三揃いを着て、淡い緑のバックの中に描かれている。パリで活動するうちに、色彩を重視する印象派の影響を強く受け、すぐにそれを取り込んだのだ。

さらに、点描技法に挑戦した作品もあれば、同年の秋には、顔の中心から光を放つように放射線状に描くという独自のスタイルも生まれてくる。身に着けるものもダークな 紳士服から仕事着に変化する。抜歯したせいで老人のように頬が痩け、眼光鋭い正面の顔もあれば、パレットをもち画家としての自信がのびのびと表現された顔もある。黄色の麦わら帽と青の作業着という反対色を有効に使う実験をしたり(写真)、一脚の椅子を自分とみたてて表現したり、さまざまな角度から精力的に自己探求を試みている。その集中力には目を見張るものがある。

《フェルト帽をかぶった自画像》(1887)《フェルト帽をかぶった自画像》(1887)
《麦藁帽をかぶった自画像》(1887)《麦藁帽をかぶった自画像》(1887)

売れない画家にとって、自画像は安くつくし、注文主に迎合する必要もない。しかし、自己を描く真の理由は、おそらくそこにはない。弟テオに宛てた手紙の中で、ゴッホは次のように書く。 

「自分を知るのは難しいと、人はいう。だけど、自分を描くことも簡単ではないよ」

目の前にあるものを、あるがままに描こうとする率直なゴッホらしい言葉だ。

別の手紙では、「ポートレートには画家の魂の底からくる生命ってものがある、それは機械にはできないことだ」と、伝える。

ここでゴッホがいう「機械」とは、当時発明されたばかりの「カメラ」を指す。機械を使えば、素人でもたちどころに写実的なイメージ=「写真」が作れる。そんな時代にあって、絵描きは何を目指すべきなのか、機械にはできないこと、自分にしかできないことは何か、他の画家たちと同じようにゴッホも問いかけた。

自己を見つめ、それを描くという行為の先には、ゴッホのいうように、生命そのものに対する探求があるに違いない。

どん底の自画像に新しい光があたる

自分の耳を切り落とすという有名な事件後に描かれた《耳に包帯をした自画像》(写真)は、この美術館が所有するお宝のひとつで、今回の特別展示でも重要な位置を占めている。

《耳に包帯をした自画像》(1889)《耳に包帯をした自画像》(1889)

ところが、当該作品が他の自画像たちと並んでいることで、いつもの常設展示では見えなかった部分に光が当たった。それは、《耳に包帯をした自画像》が心持ち大きく、色が明るいということ。 

また、他の作品と違い、背景にモノが描かれている事だ。1つはゴッホが影響を受けた日本の浮世絵、もう1つはイーゼルに架けられた白いキャンバス。その違いには一体どんなメッセージが込められているのだろう。 

これまでこの絵の前で私は、心も体もズタズタに傷ついたゴッホの心情ばかりが感じられた。事件を起こしてからまだ1カ月も経っていない。また、孤独の淵に戻ってしまった。私なら鏡を見るのも嫌だろうと。そんな時でも自分を見つめようとする画家の姿勢に心を動かされた。

確かに、事件の前に描かれた代表作《ひまわり》(ナショナルギャラリー所蔵)に比べるとタッチも荒く、まだ精神的な落ち着きを戻していない様子が画面に表れている。

それでもなお、包帯をした自分を鏡の中に見ながら、画家は明るい色を選んだのだ。背景に白いキャンバスや浮世絵を入れたのも、再び絵描きとして立ち直るのだと、自分に言い聞かせているからではないか。

切った方の耳がはっきり見えるように頭を傾けて描いているのも、傷ついた脆弱な自分を認めた上にしか、真の自画像を描くことはできないという信念からではないか。一枚の絵が、異なる構成・並べ方によって、新しい側面を見せてくれることに改めて気付かされ、さらに深く感銘を受けた。

「狂気」というレンズを外してみる

展示の最後は、サン・レミ療養所で描かれた2枚の肖像画だ。約130年ぶりに、再び隣合わせに展示されている。

制作された時は1週間しか違わないのに、やはり随分と異なる顔だ。1889年8月末の自画像(オスロ国立美術・デザイン・建築館所蔵)は、9月初めのそれ(ワシントン国立美術館所蔵)に比べて、全体的に暗く、筆に勢いがない。下から自分を見つめているように見える。長い間、真贋が問われていたが、近年になってオリジナルと判明されたほど、他の自画像と雰囲気が違う。

弟に宛てた手紙から、この絵は、精神的に再び最悪の状態になった時に描いた事がわかっている。「もし、病いが治るとしたら、それはわたしが絵を描くことによってだ」とゴッホは訴える。絵を描くことこそが、本当の自分を取り戻す方法なのだと。

それと比べると、後に描かれた絵には、筆のタッチに勢いがある。やせ細って頬骨が浮き出ているが、こちらをみる眼差しには活力がある(写真)。

明るめの青い仕事着と白シャツを着た画家の背景には、《星月夜》にみられるようなコバルトブルーの絵の具のうねりがある。オレンジや赤のゴッホの髪や髭は、周囲の寒色とコントラストをつけ、クリーム色、薄い緑、淡い灰色などの細かいタッチで描かれた顔には、青い瞳がふたつ、こちらをみている。手には絵描きの道具をもち、パレットにはチューブから出したばかりの盛り上がったピンクや青がのっている。色彩はエネルギッシュでかつ考えられた調和がある。

そこには画家の活力と集中力と同時に静かな理性がみてとれる。画家としてのアイデンティティーをしっかりと取り戻して、自己に向き合っているようだ。

《自画像》(1889)《自画像》(1889)

わたしたちは、ゴッホの晩年の絵を見る時、どうしても「狂気」という窓を通してみてしまう。

しかし、この展覧会でさまざまな自画像をみていくうちに、炎のようなエモーションや情熱だけではなく、そこには冷静な理性と洞察力が見事に融合していることに気がつく。

小さな規模の展覧会だからこそ、130年前の画家が今ここに生きているかのように感じられる展覧会だった。それこそがゴッホがめざした「永遠なる生命」の表現ではないだろうか。 

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