2020年に過去最高の40万人を超えた外国人技能実習生。彼らが日本で働き、生活する上で大きな障壁となっているのが「言葉」だ。
専門用語が多い仕事の現場では、日本語が不自由なことがミスにつながることもあり、暴言や暴力といった人権侵害のきっかけにもなっている。職場や地域で人間関係が築けず、過酷な労働環境にも声をあげられなかったり孤立したりするケースも少なくない。
こうした状況を改善しようと、ベトナム人実習生に日本語学習や地域の日本人との交流の場を提供する留学生がいる。
ベトナム出身のホアン・ゴック・ビックチャンさんだ。
実習生のうちベトナム人は約22万人(2020年10月末)で、送り出し国別で最多。母国の実習生のために立ち上がった背景には、自身もベトナム人として日本で味わった苦しい経験があるという。
失踪し、摘発された元実習生と重ねた自分自身
ビックチャンさんが、実習生を取り巻く状況を知ったのは、大学3年で始めた接見通訳のアルバイトでのことだ。弁護士が逮捕されたベトナム人に接見するときに同席し、通訳をする。
ベトナム人による窃盗事件や不法滞在などがニュースでよく報道され、肩身の狭い思いをしていた当時。「逮捕された人なんて…」。最初はそう感じたが、印象は変わっていった。
ビックチャンさんが接した被疑者のほとんどが、元実習生だった。「職場で殴る蹴るなどの暴行を加えられた」「残業代が支払われない」ーー。理不尽な環境に耐えきれず失踪し、オーバーステイとなって摘発される。そうしたケースをたくさん目撃した。
胸が締め付けられるような気がした。
彼らの姿に自分自身を重ねざるを得なかったからだ。
「ベトナム人は人間じゃない」アルバイト先で放たれた一言
今も忘れられない経験がある。来日して間もなく、コンビニでアルバイトをしたときのことだ。
日本人の同僚と同じミスをしても、なぜか自分だけがひどく叱られた。ほんの小さなミスでも、同僚は欠かさず店長に報告し、わざと聞こえる距離で悪口を言った。
「たくさん努力して、相手の自分に対する見方を変えなさい」。故郷の母からは、そう背中を押された。
ある時、大学の行事のため「シフトを欠勤したい」と1ヶ月前に申し入れた。代わりを見つけるように言われたが、誰も代わってくれない。
店長に事情を話したときに放たれた言葉は、今も耳に残っている。
「ベトナム人は人間じゃない」
「同僚の日本人は一言伝えるだけで休ませてもらえるのに…」。必死に歯を食いしばったが、もう限界だった。
実習生は「逃げられない」
結局コンビニのバイトは退職した。
しかし、ビックチャンさんはこう言う。「私は辞めることができた。でも、実習生はそうはいかない」
実習生は原則、転職ができない。実習先の企業で違反などがあった場合には同一業種への「転籍」が認められるが、そのハードルは高い。また、実習生の大半が本国の「送り出し機関」に支払う手数料のため多額の借金を背負って日本にやってくる。つまり、家族に仕送りをしながら、借金返済もしなければならないのだ。
そのため、強制帰国を言い渡されることを恐れて、過酷な労働環境にも声をあげられず我慢してしまう実習生が多い。実習先から逃げ出したとしても、借金を返済しようと新たな職を探すうちに、オーバーステイとなってしまうケースもある。ビックチャンさんが通訳を担当した元実習生は、まさにそうした人たちだった。
「日本語を勉強することで、実習生は日本でもっと力強く生きていける」
母国の実習生のためにできることはないかーー。
そこで辿り着いたのが「日本語」だった。
大学の卒業研究でベトナム人技能実習生に聞き取り調査をしたところ、日本語能力が実習生の状況を大きく左右することが見えてきたからだ。
日本語が分からないため、仕事の飲み込みが遅く、ミスも増える。ある男性は、職場で「不要な人間」「国に帰れ」と暴言を吐かれた。しかし、言い返すことも、誰かに相談することもできず、「すみません」とただ頭を下げ続けたという。
一方で、日本語が上達したことで地域に溶け込み、帰国後には日本関係の仕事へのキャリアアップを果たした女性もいた。
「日本語ができないから、いじめられたり、仕事ができないと思われたりすることもある。差別をなくすのはやっぱり難しい。日本語を勉強することで、実習生は日本でもっと力強く生きていける。日本社会での地位を高めることができると思いました」
日本語教育を学ぶため、2019年に岡山大大学院の修士課程に進学。
実習生は来日前後の数カ月間で日本語の授業を受けるが、実習が始まると日本語習得の機会はほとんどない。それならば自分がその場を作ろうと、留学生の仲間とともに2020年、「SHARE&CHILL!(シェア アンド チル)」を立ち上げた。
技能実習生を地域社会で「見える存在」に
「日本でごみを正しく分けることができる?できない人は手をあげてください」
ビックチャンさんがそう問いかけると、実習生が一斉に恥ずかしそうな顔を浮かべた。そして、そんなお互いの表情を見て笑いが起きる。
「どうやって分別していいかわかりません」「ベトナムではプラスチックも段ボールも全部同じ袋に入れます」ーー。
「SHARE&CHILL!」のある日の授業の風景だ。
技能実習生が地域の日本人と決められたテーマについて話しながら交流する「フリートーク」の時間。実習生の生活に身近で、文化の違いがあらわれる話題を選ぶ。この日のテーマは「ごみ捨て」だ。
「肉のトレーは書いてある番号を見て、リサイクルできるかを確認するんですよ」日本人の女性がごみの捨て方を教えると、実習生が「知らなかった」と驚く一コマもあった。
週1回の文法中心の会話授業のほかに、地域の日本人も巻き込んだ授業を設けるのはなぜか。
そこには、実習生と地域の日本人との橋渡しをしたいという思いがあるという。
以前、岡山市内の高校を訪れた際に驚いたことがある。その高校のすぐ隣には100人以上の実習生たちが働く建物があるが、生徒たちは口を揃えて「知らない」と答えた。実習生がいかに地域社会で「見えない存在」となっているかを実感した。
「日本人のなかには外国人に対する考え方が偏っている人もいます。外国人と接するとき、どんな理解が必要なのかを日本人市民の立場からも学ばないといけないと思います」
その高校とはその後、多文化共生の交流イベントを行うようになり、一部の生徒はフリートークにも参加してくれるように。「分断」していた実習生と高校生の距離は少しずつだが縮まってきたのを感じている。
実習生が災害時の避難について教えられていないことを知った高校生が、やさしい日本語と英語でハザードマップを作成してくれる出来事もあった。その後、高校生が地域の実習生に避難場所を案内するツアーも行った。
「自分が視点を置いていなかったようなところに外国人の方が困っていることがあって、視野が広がった」。こんな感想を届けてくれた高校生もいる。
実習生をめぐる困難な状況。根本的には制度の見直しを
ビッグチャンさんは4月から岡山大大学院の博士課程に進学する予定だ。研究が忙しくなり、活動が継続できるか不安になることもある。しかし、「もし続けられなくなったら、自分たちが引き継いでいくよ」と言ってくれる日本人の中高生もいて、心強い。
「実習生の声が地域のルール作りに反映されるような形まで持っていきたい」。これからの活動についてそう語る。
一方で、実習生をめぐる困難は、制度自体を変えていかなければ根本的には改善しないとも感じている。実習生が多額の借金を背負わざるを得ず、彼らの“逃げられない”状況を企業が悪用できてしまう制度の構造などだ。そもそも、制度の目的を国際貢献としながら、実際は安価な労働力を確保する手段となっている実態にも疑問を抱く。
「労働者が足りなくて、外国人労働者を受け入れるのは普通のことだと思います。でも、外国人労働者を受け入れたい場合、外国人の労働力を搾取する形の実習生制度ではなく、労働者を受け入れるための制度を作り、人に対する権利やサポートをちゃんと保障してほしいです」
2月のハフライブでは、外国人技能実習生を入り口に、「日本で働く『外国人』と2030年の日本社会」について考えます。
私たちが今日食べた野菜や魚も、着ている洋服も、住んでいる家やオフィスの建築もーー。実は私たちの暮らしや仕事に、深く関わっている技能実習生。
日本の少子高齢化に伴う深刻な人手不足を背景に、技能実習生が欠かせない存在になっている産業もある一方、暴行や妊娠・出産の制限、賃金の未払いなどさまざまな問題が指摘され続けています。
人権の保障も、国や人種間の平等も、経済成長も、同時に目指すのがSDGs。ビジネスが、個人が、そして何より政治がやるべきことは何か。人権とビジネスのジレンマを可視化しながら、日本の未来について話し合います。
<番組概要>
番組は無料です。時間になったら自動的に番組が始まります。
配信日時:2月28日(月)夜9時~配信(60分)
配信URL: YouTube
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失踪した技能実習生に自分を重ねた。日本で生きる彼女が母国・ベトナムの実習生に日本語を教える理由