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4回の採卵手術にかかった費用は、総額170万円。加えて、凍結した卵子の保管費用は一年で15万円を超える。決して安くはなく、妥当な金額かどうかも分からない。ただ、卵子凍結という選択肢があること、それを選んだ際にどのようなことが待ち構えているのか。リアルを知ってもらいたいと実体験を綴った。
近年、将来の妊娠・体外受精に備える選択肢のひとつとして注目される「卵子凍結」。若いうちに自身の卵子を採取し、凍結保存しておく技術で、年齢を重ねた時においても、妊娠できる確率を少しでも高めておく手段とされている。
都内でコンサルティング会社を営む寺西藍子さん(39歳)は2年前、38歳の誕生日を迎える直前に卵子凍結を決意した。
新卒で大手広告会社に入社した寺西さんは、昼夜を問わず仕事に明け暮れた。努力すればするほど、やりがいのある仕事が舞い込む刺激的な環境、家族のような一体感を得られる職場の同僚にも恵まれた。
次々とくる仕事に追われ、気がつけば30代。ふと自分のキャリアを見つめ直し、35歳の時に起業を決意。会社から独立する前に、自身の身体の状態を調べておきたいと、婦人科で「AMH検査」を受けてみることにした。
AMH検査とは、卵巣の中にどれくらい卵子が残っているのか、すなわち自身に残された“卵子の在庫数”を調べるもの。AMH値と妊娠率に相関関係はないが、残っている卵子が少なければ、妊娠できる期間は平均より短い可能性もある。
検査の結果、寺西さんの卵子の個数は「年相応」。その検査を受けた際に知ったのが、卵子凍結という選択肢だった。
しかし、当時はコロナ禍。ワクチンの副作用の心配もあり、採卵手術や凍結保存にかかる費用も「高い」と衝撃を受けた。
「今じゃないかも」
当時は出産願望もあまりなく、「やらない理由」のほうが次々と出てきたといい、卵子凍結というワードは頭の片隅に置いておくことにした。
それから3年後、前職の先輩とのふとした会話をきっかけに、改めて卵子凍結について調べてみると、多くのクリニックで、採卵手術ができるのは40歳の誕生日までだと知った。
間もなく38歳。リミットが近づいていることに気づき、「今は子どもを授かりたいと思っていなくても、将来に可能性は残しておきたい」と、卵子凍結を行うことを決めた。
寺西さんが選んだのは、仕事場からアクセスがよく、採卵実績の多いクリニック。「最大のプライバシー」である凍結した卵子が外部ではなく、クリニック内で保管されることも決め手の一つだった。
初回の検査を終えると約1週間、自己注射と内服薬による誘発剤の投与を行い、数日おきにクリニックで診察を受けた。初回の検査が一つ前の排卵のタイミングだったこともあり、初診から約1カ月で採卵手術を迎えることになった。
採卵手術は40分前後で終わり、14個の卵子を採卵することができた。卵子凍結を行う場合、卵子の生存率とその後の着床率を踏まえると、10個以上の未受精卵を凍結しておくことが望ましいといわれている。
しかし、手術後の診察で告げられたのは14個中10個が変性卵、2つが未成熟、1つが培養が必要だということ。現状で凍結できるのは、たった1個だった。
初回の検査費や1本約3万円の排卵誘発注射、採卵手術の費用も合わせて、初回の卵子凍結にかかったのは総額54万円。それなのに、凍結できるのは1個ーー。無事に手術を終えて安堵していた寺西さんが大きなショックを受けたのは言うまでもない。結局、7カ月の間に4回の採卵手術を行い、16個の卵子を凍結した。
卵子凍結の過程を振り返り、ネックに感じたのは「薬の投与による体調の変化」と「スケジュール調整の難しさ」だったという。
個人差はあるが寺西さんの場合、ホルモン剤の自己注射を打つ中で、PMS(月経前症候群)のような症状が現れた。仕事中、急に涙がこぼれたり、落ち込んだり、制御できない感情の起伏に悩んだ。卵胞を刺激する注射や内服を行うことで、腹囲が10センチ以上大きくなり、下腹部が痛むとのストレスもあった。
また、一般的に卵子凍結は、月経周期に合わせて通院する必要がある。生理が来たら2、3日以内に診察を受け、排卵誘発剤の自己投与が始まる。生理周期は数日ずれることもあり、卵子の発育次第で採卵手術のタイミングが延びることもある。通院の頻度と日程を、完全にコントロールすることはできない。
フリーランスの寺西さんは、外部との打ち合わせを午後にまとめるなど、柔軟にスケジュールを調整することができたが、それでも急な日程変更をお願いすることもあった。「心身ともに不安定になるし、病院に行く回数も決して少なくはない。正直なところ、大手企業に会社員として勤めながらできたかは分からない」と振り返る。
幸いなことに、仕事仲間や取引先は「人生の通過点だね」「時代の先端をいくね」と前向きに応援してくれた。「周りの協力や理解なしにはできなかった」と寺西さん。一方、社会や組織では卵子凍結を“タブー視”する風潮がまだ根強く、価値観を理解してもらうのが容易ではないとも感じている。
実際、寺西さん自身も友人から「そういうのは自然じゃないから好きじゃない」と言われることもあったという。
「私自身、卵子凍結を積極的に勧めたいというわけではなく、『私はしない』という価値観も理解できる。でも、卵子凍結をするかどうかは個人が選択するもので、正しく理解されないままその選択を否定されるのは悲しいし、痛みや不安に耐えて頑張ったことを変な目で見られるのも辛い」
子どもを産むも産まないも個人の自由、卵子凍結もひとつの選択肢であるはずなのに、なぜ世間ではタブー視され、後ろめたい気持ちで隠さなければならないのだろうーー。そんな状況を少しでも変える一助になればと、本名で筆を取ることにした。
著書『38歳、卵子凍結のリアル』には、卵子凍結という選択に至った経緯や実際のスケジュールや費用、自身が感じたメリット・デメリットなどを包み隠さずに綴った。書内では、卵子凍結前後の自身の心境の変化についても明かしている。
「元々は子どもを産みたいというより、年齢のリミットが近づいているから将来のために残しておこうという気持ちだったのが、卵子凍結を終えて『家族を作りたい』という思いも芽生えました。
キャリアは高望みしなければ自分次第でどうにかできることも多いけれど、妊娠できるかどうかはコントロールできない。30代後半で凍結したからこそなおさら強く意識できているのかもしれませんが、年齢のことを考えればもっと早くから考えておくべきだったと思っています」
寺西さんのもとには年に4回、凍結した卵子の保管期限を更新するかどうかの通知が来る。通知が来るたびに、妊活やライフプランを考えるようになり、自分の人生と向き合うきっかけを得られたという。
近年、自治体や企業による費用の助成制度などで卵子凍結への関心は高まりつつある。ただ、それと同時に必要なのは、卵子凍結をタブー視するのではなく、個人の選択としてオープンにできる社会。著書を通して「卵子凍結をするべき」と価値観を押し付けるつもりはない。ただ、選択肢を知らないまま後悔してほしくない。寺西さんは、そう思っている。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「出産願望はないけれど…」卵子凍結の総額は170万円。実体験を本に綴った39歳女性が語る“リアル”