「外国人を狙えば数字稼げる」警察のレイシャル・プロファイリングを生む「ノルマ制度」の弊害

インタビューに応じるFさん。「ノルマの数字になるオーバーステイを狙うためというのが、警察官がレイシャルプロファイリングをする大きな理由の一つです」と話す

「警察は数字主義の世界。長く続いてきたノルマ制度を変えないままでは、レイシャル・プロファイリングを改善するのは無理だと思います」

愛知県警察で長年にわたり、「職務質問のプロ」としてのキャリアを歩んできたFさん。

「外国人に見えるという理由だけで職務質問するのは当たり前」だと、ハフポスト日本版の取材に証言する。

「人種」や肌の色、国籍、民族的出身などを基に、個人を捜査活動の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりする警察らの慣行は、「レイシャル・プロファイリング」と呼ばれ、日本でも近年その問題が明るみになっている。

警察官による人種差別的な職務質問は、日本のレイシャル・プロファイリングの典型的な形態の一つだ。その違憲性・違法性をめぐり、国、愛知県、東京都を相手取った国家賠償請求訴訟も起こされている

この裁判で、原告側は愛知県警察が2009年に作成したとみられる内部文書を証拠として提出している。文書では「一見して外国人と判明し、日本語を話さない者は(中略)必ず何らかの不法行為があるとの固い信念」を持つよう教え、外国人への職務質問を推奨していた。

警察によるレイシャル・プロファイリングは、なぜなくならないのか。

地域警察官としての経験が長いFさんは、警察内部の硬直化した「ノルマ制度」が問題の根底にあると警鐘を鳴らす。

「外国人に見える人」に職務質問する2つの理由

110番が入ったら、パトカーのサイレンを鳴らして現場にいち早く駆けつけ、人々の命と安全を守る。

そんな仕事に憧れて警察官を目指したFさんだが、警察学校を卒業後、署に配属されてまもなくすると、法律の規定を無視した職務質問の方法を教えられたという。

若手警察官の頃は、「『外国人っぽい人』に手当たり次第に声をかけて、職務質問することが仕事の一つでした」と明かす。

なぜ「外国人に見える人」に職務質問をするのか。Fさんによると、目的は二つあったという。

一つは、外国人の情報を得て組織内で「蓄積」すること。

「外国人ふうの外見の人に、『セキュリティチェックです』などと適当に理由をつけて、パスポートの提示を求め、氏名や国籍、旅券番号などの情報をメモします。収集した個人情報はその後、報告書にまとめて外国人犯罪の担当課に共有します。

本人には、個人情報を何に使用するかを説明することは一切ありません。メモが面倒だとして、何も悪いことをしていない外国人のパスポートや在留カードの写真を撮る警察官もいました」

そしてもう一つの目的が、入管難民法違反に当たるオーバーステイ(超過滞在)の摘発だと、Fさんは言う。

「地域課の警察官は、職務質問を端緒とした検挙のノルマを課されています。ノルマのことを、愛知県警では『タル』と呼び、英語のトータル(total。「合計、総計」の意味)が由来です。

組織のルールで『数字になる犯罪』と『数字にならない犯罪』があり、オーバーステイや自転車の盗難、軽犯罪法違反は前者です。ノルマを達成するために現場の警察官がどうするかというと、こうした『タル』の数字になる事案ばかりを狙って職務質問します。

オーバーステイは、外国人っぽい人たちに声をかければ他の犯罪よりも確率として捕まえやすく、『数を打てば当たる』という考え方が警察では常識です。警備課から地域課長を通じて、『今月はオーバーステイのノルマが足りないから、外国人への職務質問を積極的にやるように』と指示されることもありました」

ノルマに当たる愛知県警察の「個人目標数値」の表。(Fさん提供。画像の一部を加工しています)

単にノルマがあるだけではなく、「タル」の数字が人事評価や待遇に直結する仕組みこそが、レイシャル・プロファイリングを促す最大の要因だとFさんは指摘する。

「数字がないと、いくら市民から信頼される良い警察官でも組織では評価されません。また、『タル』を重視する上司の場合、超過勤務手当は『タル』の成績が良い個人や係に手厚く配分されるため、給料が下がらないよう数字を頑張って稼いだ時期もありました

警察官の時間外手当をめぐっては、福島県警の元警察官が同県を相手取った訴訟で、原告が「上司の裁量で手当が支払われる仕組みが常態化している」と訴えるなど、問題になっている

「通達が出ても現場は変わらない」

2021年には、警視庁の警察官が「ドレッドヘア」を理由にミックスルーツの人に職務質問をした動画がネット上で拡散され、批判が広がった。

同年12月には、在日アメリカ大使館が日本の警察によるレイシャル・プロファイリングが疑われる事案報告を受けたとして、X(当時のTwitter)で異例の警告を発出した。

レイシャル・プロファイリングの問題が日本社会で認知され始める中、警視庁と警察庁はいずれも同年中に、外見のみを根拠とした職務質問をしないよう呼びかける内部文書を出した。

これに対し、Fさんは「通達が出たところで現場は変わらない」と言い切る。なぜか。

「ノルマと評価の制度そのものが変わっていないので、いくら通達で注意されても現場は見た目のみで声をかけることをやめません。

『外国人だから声をかけたのですか』と聞かれたら、『目をそらしたように見えたから』『警察官を気にしているようだったから』など、建前上の理由を適当に答えるだけです。

ノルマを依然として抱えているから、数字を稼ぎやすいオーバーステイ狙いの職務質問を現場では続けています。警察官からすると、通達を受けても『レイシャル・プロファイリングをしてはいけないんだ』とはならず、『レイシャル・プロファイリングだと批判されないように気をつけよう』としか思わないです」

結果的にオーバーステイや自転車盗難、軽犯罪法違反の検挙につながっているのであれば、ノルマの設定に問題はない、という見方もあるかもしれない。

だがFさんは、硬直化したノルマ制度によって、「数字にならない犯罪」が見逃されている問題の深刻さも訴える。

「例えば道路交通法違反の事件は、地域課では職務質問の『タル』の対象になりません。そのため、飲酒運転や危険な改造車の取り締まりに多くの警察官が消極的になり、明らかに酒酔い運転が疑われる蛇行運転の車を野放しにする同僚もいました。飲酒運転は処理に手間と時間がかかる一方で、職務質問の『タル』にならず評価されないからです。

人の命に関わる重大な事案にも関わらず、警察官は積極的に取り締まろうとしない。まさに数字主義の弊害です」

「また、一つの事件摘発につき『タル』は一律で1なので、応援に駆けつける警察官が増えるほど個人に振り分けられる『タル』は少なくなります。

なので連続窃盗などの人手が必要な重大事件より、自分と相方警察官の2人だけで対処できて、効率よく数字を稼げるオーバーステイや自転車泥棒、軽犯罪法違反のような軽微な事案ばかりを狙いがちになります」

「躊躇率ゼロ」の教育

人種差別的で違法な職務質問を受けたとして、日本で暮らす外国出身の3人が国、東京都、愛知県を相手取り損害賠償などを求める国家賠償請求訴訟を起こしている。

原告側弁護団は、愛知県警が2009年に作成したとみられる内部文書『執務資料 若手警察官のための現場対応必携』を証拠として提出している。

この文書では、次のような表現で外国人に対する職務質問を呼びかけていた。

<心構え ☆旅券を見せないだけで逮捕できる! ◎外国人は入管法、薬物事犯、銃刀法等 何でもあり!! ◎応援求め、追及、所持品検査を徹底しよう!!!>

<一見して外国人と判明し、日本語を話さない者は、旅券不携帯、不法在留・不法残留、薬物所持・使用、けん銃・刀剣・ナイフ携帯等 必ず何らかの不法行為があるとの固い信念を持ち、徹底的した追及、所持品検査を行う>(原文ママ)

警察庁は6月の参議院内閣委員会で、この文書の存在を事実上認める答弁をしたものの、その後の参議院法務委員会では「確認することができない」と修正した

Fさんは、「あの文書が配布されていたことは事実」だと証言する。

「文書に書かれていたように、外国人を見かけたら全員に対して声をかけて職務質問する、それぐらいの意識でやれと新人の頃から教わってきました。

繰り返し教育されたスローガンは『躊躇率ゼロ』。つまり、自分であれこれと理由をつけて職務質問しないことは警察では『悪いこと』なので、ためらってはいけないという意味です」

こうした職務質問の心構えは「今の時代にそぐわず、明らかに時代遅れ」だとFさんは批判する。職務質問のやり方に関する指導は、なぜ改善されてこなかったのか。

「警察学校で職務質問の基本を教わった後は、配属先の警察署でベテラン警察官から指導されます。昔ながらの『見て覚えろ』という形で伝授されるので、肌の色などの外見的特徴のみを理由とした職務質問をしてはいけないといった、今の時代に合わせたやり方にアップデートされることはほぼありません。

県警本部で若手の警察官向けに人権に関する教養の機会が用意されていることもありますが、3交代制で実務をやりながらなので、研修を受ける時間も余裕もないのが現状です」

異常な挙動は「書類で作る」

職務質問の法的根拠である警察官職務執行法(警職法)2条1項は、次のように定めている。

<警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者(中略)を停止させて質問することができる>

つまり、肌の色や「外国人に見えること」のみを理由とした職務質問は、法文上の要件を満たしていない。

だが、Fさんは「現場の警察官の多くは警職法の規定を全く気にしていない」と証言する。どういうことなのか。

「後から理由をつける、というのが警察の基本的なやり方であり、警職法上の『異常な挙動』は『書類で作る』んです。

例えばオーバーステイを摘発した時に、外国人に見えたから職務質問をしたというのが事実だけど、それを正直に報告書に書いたら違法な職質になってしまうので、『警察官を見て視線をそらした』とかそれらしい理由を後からつけます。

警察官にとっては『書類の書き方』程度の感覚で、書類作成の基本の一つです。若手が作った書類に対し、現場を見てもいない上司が添削して適法な理由を付け加えるよう指示することもよくあります」

「タル」のために「誘導」して事件化も

愛知県警察の制服(Fさん提供)

ノルマとそれに紐づく評価制度は、レイシャル・プロファイリングだけでなく違法性の高い摘発にもつながっているとして、Fさんは危機感を募らせる。

「『タル』のために、私自身もめちゃくちゃな職務質問と事件の摘発をしてきたので、大川原化工機事件や鹿児島県警の不祥事隠蔽が発覚した時も驚きませんでした。事件の大きさは違えど、数字を上げるために私も同僚も似たようなことをやっていたからです。

十徳ナイフやハサミ、野球のバット、棒切れなどを車内に保管している人への職務質問で、相手が『護身用だった』と話せば軽犯罪法違反の容疑で事件化できるため、そう発言するよう言葉巧みに誘導していました。タルにさえなれば結果として不起訴になろうが警察官には関係なく、こんなケースは数え切れません」

Fさんがハフポスト日本版の取材に応じたのは、「市民の命や安全を守りたいと警察官を志した熱意ある人たちが、ノルマに追われ、地域のパトロールなど本来求められている職務をできないだけでなく、『タル』のために違法ともいえる不正な摘発を繰り返している」ことに危うさを覚えたからだという。

「本心では、犯罪から市民を守るために、夜間の駅周辺など犯罪が発生しやすい場所をパトロールしたい。けれども、軽微な事案で数字を稼げる『職質スポット』であるパチンコ店や商業施設の駐車場、外国人が多く集まる地域などばかり繰り返し回るのがパトカーの基本的な動きになってしまっています。

上司も現場の警察官も、『何のためにこんなことしないといかんの』と文句を言っている。でも幹部の言うことは絶対であり『おかしい』と言ってはいけない閉鎖された組織では、悪習が変わらないまま続いています。

ノルマが目的化し、市民の人権よりも『タル』稼ぎが最優先になってしまっています。このままでは、警察は市民からの信頼をますます失ってしまう。

レイシャル・プロファイリングを生み出し、『被疑者』が警察官の手で恣意的に作られ、取り締まるべき犯罪が見逃される。そうした構造の根底にあるノルマと評価制度を見直し、変えていくべきです」

【取材・執筆=國﨑万智(@machiruda0702)】

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「外国人を狙えば数字稼げる」警察のレイシャル・プロファイリングを生む「ノルマ制度」の弊害

Machi Kunizaki