新たなカルチャーが次々に生まれ、海外からの観光客も胸を躍らせて訪れる街、渋谷。
コロナ禍を経て、すっかり活気を取り戻した渋谷だが、急速なインバウンド回復期を迎えて観光のあり方も大きく変化したという。
そういった背景があり、渋谷区では「サステナシブヤPJ」という取り組みを実施している。世界的にも注目されている「コンシャストラベルシティー」や「スローツーリズム」などのキーワードと共に、同プロジェクトについて、渋谷区観光協会の小池ひろよさんに話を聞いた。
─── 「サステナシブヤPJ」とはどんな試みなのでしょうか。具体的な活動内容や立ち上げの背景について教えてください。
コロナ禍の反動で急速なインバウンド回復期を迎えている現在、渋谷の街としても嬉しいことが多くある一方で、ゴミのポイ捨て問題の悪化や路上飲酒の深刻化など、それまでにはなかった課題の対策も必要になりました。
そこで渋谷が大好きで遊びに来てくれる人たちを思い浮かべたときに、行政や街の方々と協力して、私たちが「渋谷をどんな街にしていきたいか」を発信することが大切だと考えたんです。
コンシャストラベルシティー(concious travel city)とも呼ばれる考え方で、コンシャス、つまりは訪れる人が思いやりの心を意識して楽しんでくれるような街にしようという考え方です。ここで持続可能性やサステナブルという言葉もキーワードになります。近年ではすごく身近になった言葉ですが、私たちが目指す「サステナブルな渋谷ってなんだろう?」と思って一度立ち止まって考えてみたら、その答えのひとつが「思いやりのある街」だったんです。
─── 思いやりという持続可能性。
はい。持続可能性と聞くと企業と協力していくような大規模な取り組みを想像する方も多いと思いますが、街を歩く中で見つける個人の小さな気づきも、持続可能性の一つの形だと思っています。
渋谷にはゴミのポイ捨て問題が深刻な場所もありますが、街の皆さんがボランティアで頑張って掃除してくださっているのも大切にしたい事実です。その姿を見た人が「街を綺麗に楽しもう」「自分も渋谷を大切にしよう」と思ってくれたなら、それは持続可能性の始まりです。そういうサイクルをどんどんと作っていきたいんです。
そういった背景もあり 「サステナシブヤPJ」の事業では、新しい出来事だけでなく、すでにある活動の発信にも力を入れています。「こんな人たちがこんな活動をしているよ」と人の顔の見える発信をすることで、訪れる人の持つ思いやりの心に届くと信じています。
また現在は、渋谷区観光協会が公認するエコマークのようなものを作って、渋谷の中の持続可能性を可視化する試みも始めています。公認マークには食の多様性に対応していることを示すマークやLGBTQ+フレンドリーを示すマークも既にあります。Google Mapからそういった情報を一目でわかるのはとても便利ですよね。テーマを設けて、そういった点と点を繋ぐようなツアーもやっていきたいと考えています。
─── ツアーと言えば、渋谷にあるユニークなトイレを巡るツアーに参加したことがあります。
そうでしたか!それは嬉しいですね。THE TOKYO TOLET SHUTTLE TOURは、ソーシャルデザインカンパニーのNearMeさんとのコラボツアーなんです。映画『PERFECT DAYS』の中で主人公が掃除していたトイレや隈研吾さんがデザインしたトイレ、そして面白いアイデアが詰まったトイレなどを巡る同ツアーですが、実は公共の物であるトイレにも、お手入れしてくれている人達がいることを改めて知ってもらうきっかけにもなってほしいという意図もあるんです。それにトイレツアーって斬新で面白いかなと(笑)。
─── 渋谷区観光協会では、スローツーリズムにも注目されていますね。スローツーリズムとはどのようなものなのでしょうか?
一昔前の観光、特に海外からの日本旅行といえば、バスで大人数と街を巡るような「マスツーリズム」と呼ばれるものが一般的でした。しかし現在はネットの普及により、多くの人が個人で旅行する時代になりました。その中で生まれたのがゆったりと地域の生活文化に触れる「スローツーリズム」です。そこで「渋谷でどんなスローツーリズムができるだろう」と考えたときに注目したのが「人」でした。
新しいカルチャーの発信地でもある渋谷ですが、やはりカルチャーを作り出すのも構成するのも人です。地域の人、生活拠点の一つにしている人だからこそ知っている情報を集めて、ローカルヒーローに出会えるようなイベントやツアーを私たちが作れたら、それがスローツーリズムになるのかなと考えています。「この店はこんな人がやっているよ。会いに行ってみよう!」「ここのエリアはなんか若者急増してる。なんでなんだろう?行ってみたらこんな人がいた!」みたいな感じですね。
─── 渋谷といえば、多様な文化の交差点であり、その「カオス」に身を置くことも体験価値にもなっています。「カオス」と秩序のバランスを取るために、何が必要だと思いますか?
「カオス」という言葉は「無秩序」「混沌」と訳されることが多く、どことなくネガティヴなイメージを持っている人もいると思います。
私もよく渋谷を「カオスシティ」と説明したりするのですが、私がこの言葉に託しているのは「色々なカルチャーや人が溢れかえる町だからこそ、常識を気するような楽しい場所」というニュアンスです。ある程度若者がやりたいことを受け入れてくれている街でもありますし、カオスには「寛容」という意味も含まれているのかなと思います。
実際、行政を含めて、多くの街の皆さんが安全安心なまちづくりに力を入れています。ゴミの清掃をしているだけのように見えて、実はパトロールをしているといったような取り組みが、商店街単位で行われているんです。
そういった寛容な人たちの温かい監視があってこそ、今の渋谷ができているのだと思います。冒頭のコンシャストラベルシティーの話に戻りますが、その人たちの存在を、渋谷を訪れる人たちにも知って、姿を見ていただいて、秩序のあるカオスを共に共創していけたらいいなと強く思っています。
─── 「サステナシブヤPJ」の立ち上げに当たって、ロールモデルや参考になっている都市はありますか?
国内では、京都の日常的な暮らしの中に参加することで、スローなライフスタイルを共創できる旅、京都スロージャーニーには実際に参加してもみようと思っています。京都と渋谷は行政同士の交流もあり、京都は古き良き文化拠点とイノベーションや新カルチャーの拠点という違いはあれど、観光都市として共通するものも多くあります。
国外では、渋谷の姉妹都市でもあるホノルルのツーリズムからも学べることが多いと思います。ホノルルはレジャースポットやリゾート地として人気の地域ですが、オーバーツーリズムによる環境問題にも直面しています。地域性を大切にしようという傾向が強く、ツーリズムのスローガンにはマラマハワイ(ハワイを思いやる心)を掲げているほどです。ハワイ語や文化を学んだり、農家の人たちに会える仕組みを作ったりと、人軸のツーリズムの先駆者的な存在ですね。
─── 最後に、小池さんご自身の「渋谷のお気に入りポイント」を教えてください。もしよろしければ、欲張って(取材に同席している、渋谷区観光協会の)西さんにもお伺いしたいです。
小池さん:んんん選びがたい!難しい質問ですね。強いてひとつ選ぶなら奥渋が私は特に好きです。東急本店の跡地の隣にある細い道を進んだあたりですね。中心街とは違った雰囲気の住宅街で、素敵なコーヒーショップがたくさんあるんです。オーナーさんは個性的な人揃いで、とにかくすごく…良いんですよ(笑)。探検的な要素があるエリアで楽しいので、ぜひ遊びに行ってみてください。
西さん:少し油断していました(笑)。有名どころですが、やっぱり宮下パークと表参道をつなぐキャットストリートが好きですね。一本裏に入ってみると小さなお店が沢山あるので、時間があるときは寄り道しながら歩いています。キャットストリートは文字通りの一本道ですが、流行のファッションに身を楽しんでいる人も、ラグジュアリーなファッションに身を包んだ人も沢山いて、カルチャーがギュッと凝縮された通りのような気もします。昔ながらの八百屋さんもあったりして、まさに楽しいカオスですね。
─── これから渋谷を訪れる人にメッセージをお願いします。
小池さん:渋谷はとにかく歩ける街です。恵比寿に代々木、代官山など、「あれ?!」と驚いてしまうくらい、色々なところにつながっているのも魅力ですね。冒頭でお話ししたような小さな発見もしつつ、情報メディアにあまり載っていないような、自分の好きな渋谷も見つけてみてください。
あとは教科書的になってしまいますが、休日を過ごしたり、修学旅行の目的地になったりと、とにかく賑やかで思い出作りにぴったりな街なので、憧れられる街でいつづけるためにも「ゴミは捨てないで」「路上飲酒しないで」と改めて言っておきますね。思いやりを持って、大好きな街を一緒に大切にしていきましょう!
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
渋谷観光、今が変革期?温かい監視がつくる、寛容で楽しい「カオスシティ」の未来