「子育て社員をフォローする同僚も、子育て社員と同じくらいの人が『高ストレス』を抱えている」ーー。
ネットスラング「子持ち様」の問題を巡り、こんなデータが算出されていたことがハフポスト日本版の取材で分かった。
子育て社員は、子どもの熱で会社を早退したり、休んだりすることが度々あるが、企業によってはその分のしわ寄せが同僚に向かっているため、SNSで「子持ち様」と揶揄されている。
ハフポストはこの問題を先駆けて報じ、働き方改革の「次」の課題として、企業側が子育て社員をフォローする同僚にも目を向ける必要性を訴えてきた。
今回のデータはあくまで指標の一つに過ぎないが、同僚に目を向ける必要性を裏付けることになりそうだ。
内科医で産業医の鈴木裕介医師にも話を聞き、このデータについての見解や高ストレスになる理由などについて解説してもらった。
【関連記事①:「子持ち様」と呼ばれる子育て社員。対立招く企業の構造に問題は】
【関連記事②:「私は“子持ち様”がきっかけで転職した」育児社員をサポートする側の声。国・企業が目をむけるべきこと】
ハフポストの取材に協力したのは、ストレス可視化アプリを運営する「DUMSCO」(東京都)の加勇田雄介さん。
2024年1月10日〜4月25日、子どもの体調不良で早退したり、休んだりした子育て社員86人と、その際フォローに入った同僚社員90人の計176人に、調査の協力を仰いだ。
DUMSCOが提供するアプリ「ANBAI」「ストレススキャン」(ANBAIの個人用)のいずれかでストレスの大きさを測定してもらい、その結果を収集・分析した。
ANBAIは、自治体や大学病院、プロスポーツチーム、大手企業などが導入しているセルフコンディショニングアプリ。「心拍変動(HRV)」を測定してストレスの大小を判別している。
内科医で産業医の鈴木医師によると、近年はスマートウォッチで「ストレス値」や「リラックス度」といった指標を計測できるが、その大半はHRVを測定している。
心拍は基本的に規則正しいリズムで動いているが、ミリ秒単位で見ると1拍ごとにわずかに揺れ動いており、健康度の高い人ほど揺らぎが大きくなることがわかっている。
ANBAIやストレススキャンも、この情報をもとにストレスの大小を判別。ライトを点灯させたスマホのカメラで指先の色の変化を読み取り、心拍のリズムを測定している。
なお、このような手法でHRVを算出するアプリは、アメリカでは医療機器として認可されているものもあるといい、鈴木医師は取材に、「提供者によって技術や計測の精度にばらつきはあるが、HRVのモニタリングはストレスマネジメントとして一般的な手法になってきている」と見解を示している。
今回の調査に応じた176人がストレスの大小を測定したタイミングは、「(子育て社員が)子どもの体調不良で早退したり、休んだりした日」と「その後の1週間」。
300万人を超えるANBAIとストレススキャンの利用者の平均値を100とし、数値が「二日酔いに近い状態」とされる80を下回った人を「高ストレス」と判定した。
その結果、子育て社員は40.7%(35人)、フォローした同僚社員は36.7%(33人)が、それぞれ「高ストレス」と判定された。
つまり、子どもの体調不良で子育て社員が早退したり、休んだりした場合、本人だけでなく、その分の業務をフォローする同僚社員も約4割が高ストレスと判定されたということだ。
ハフポストはこれまで、子育て社員をフォローしてきた同僚社員が業務量の不公平さなどに不満を募らせ、転職したケースを実際に取材した。
子育て社員だけでなく、同様に高ストレスを抱える「支える側」にも目を向ける必要があることが、この調査結果から想像できる。
また、鈴木医師もこの結果について、これまでの経験や自身の調査からも「4割という数字は納得できる」とし、「職場で行うストレスチェックよりも“正直な結果”が出ているのではないか」と述べた。
企業で行うストレスチェックは自ら質問に答える方式が多く、「ばれたくない」などといった理由から回答者が高ストレスと判定されそうな回答を避ける傾向があり、潜在リスクが低く見積もられる問題が発生する。
鈴木医師は、「普通の顔をしていても実はギリギリの状態で働いている人は多い」と語った上で、次のように指摘した。
「単純にやるべきことが増えるとメンタルヘルスとしてもハイリスクであり、高ストレスになるというのも頷ける。また、これは子育て社員に限った話ではないが、不公平感は職場全体のエンゲージメント低下にもつながる」
一方、子育て社員、フォローした同僚社員のうち、約6割は「高ストレス」にならなかったり、一時的に高ストレスに陥るも3日以内に通常の数値にリカバリーしたりし、高ストレスと判定されなかった。
この違いを調べるため、DUMSCOの加勇田さんがGoogleフォームを通じて「いつもの食事時間と睡眠時間」を176人に尋ねたところ、高ストレスと判定された社員の多くは、食事と睡眠の規則性に乱れがあることが判明した。
まず、「食事をとる時間」について見てみると、測定期間中(当日とその後1週間)、高ストレスと判定された68人のうち、47.1%が「いつも食事をとる時間と計120分以上の開き」が生じていた。
例えば、子どもの体調不良で会社を早退した日、看病に付きっきりで自身の夕食をいつもより1時間遅くとったとする。翌日は出社したが、前日に早退した分を取り戻そうと残業したため、この日の夕食もいつもより1時間遅くなった。
その結果、いつも食事をとる時間との開きが、2日間で計120分生じたということになる。
このほか、「計90〜119分の開き」があった人も27.9%に上っており、高ストレスと判定された人のうち、4人に3人(75.0%)は「いつも食事をとる時間と計90分以上の開き」が生じていた。
一方、高ストレスと判定されなかった108人のうち、「計120分以上の開き」が生じていた人は10.2%しかいなかった。
「計90〜119分の開き」も13.9%と、いずれも1割台前半にとどまり、合計しても4人に1人の割合に満たなかった(計24.1%)。
子育て社員が早退したり、休んだりすると、家庭では看病に、職場では残業にそれぞれ追われ、いつもと同じ時間帯に食事を取れないことが多い。
しかし、高ストレスと判定されなかった人たちの多くは、そのような状況の中でもいつもと同じように食事をとっていた、もしくはとれていたと言える。
同様の傾向は、「睡眠」でも見てとれる。
高ストレスと判定された68人のうち、52.9%はいつもより寝るのが「計120分以上遅くなった」と回答。「90〜119分遅くなった」(25.0%)を合わせると、いつもより寝るのが「計90分以上遅くなった」と答えた人は、77.9%に上った。
一方、高ストレスと判定されなかった108人で、いつもより寝るのが「計120分以上遅くなった」と回答した人は6.5%。「90〜119分遅くなった」人は18.5%で、これらを合わせても25%にとどまった。
イレギュラーな生活や仕事になったとしても、いつもとほとんど変わらない時間に寝ている、もしくは寝られる人たちの多くは、「高ストレス」と判定されない傾向にあると言える。
鈴木医師は、食事や睡眠とストレスの関係について、「不規則な睡眠や食事は生体リズムを破壊する」と言及する。
人間の体はもともと、太陽とともに覚醒し、夜になると活動性を落として休息するという生活リズムが、最もエネルギー効率がよくなるよう遺伝的にデザインされている。
起きる時間の2〜3時間ほど前には、血圧や血糖値を高める「コルチゾール」というホルモンが出るが、このホルモンの助けなしに起床することは「とてもしんどい」という。
正しい時間に正しいホルモンが出なければ生産性を維持するのが困難になり、メンタルヘルスのリスクにもなる。
鈴木医師は、「特に不規則な睡眠の影響は大きく、睡眠時間が少なくなればなるほどうつの発症率が高まる。夜勤の経験者は未経験の人に比べて死亡率が11%高くなることなども知られている」と話した。
ただ、子どもを看病したり、その分の仕事をカバーしたりすると、食事や睡眠をとる時間がどんどん後回しになってしまう。どうすれば規則正しい生活に戻せるのか。
鈴木医師は、日本うつ病学会が発表している「ソーシャル・リズム・メトリック」という概念を用いることが有効だとする。
ソーシャル・リズム・メトリックとは、起床時間や食事、人と話した時間などを記録してモニタリングすることで、生活リズムを整え、症状の安定化を目指す方法のこと。主に双極性障害の人などに用いられている。
何かと忙しい現代人は夜型の行動をしている人が多いとし、「睡眠だけでなく、血圧や体重、お金の管理も一緒で、何かを『適正な状態にしよう』と思ったら、まずは計測・記録することが大事」と語った。
もし、記録を見て「夜型にずれてきた」と感じた時は、朝の時間帯(特に午前9〜11時)に太陽のもとで活動し、目線を空のほうになるべく向けることを意識すると良いという。
子育て社員は度々、子どもの体調不良で早退したり、休んだりする。
特に、子どもが保育園に入園したばかりの時期は風邪をひくなどして休むことが多々あり、その現象を「保育園の洗礼」という人もいる。
今回、そのような事態に遭遇した場合、子育て社員だけでなく、それをフォローする同僚も一定数の人が「高ストレス」を抱えていることがわかった。
そして、高ストレスにならないためには、できるだけいつもと同じ時間に食事をとったり、寝たりすることが重要だということも判明した。
ただ、働きながら食事と睡眠の規則性を維持することは、個人の努力では限界があり、企業の仕組みが不可欠だ。
DUMSCOの加勇田さんは、調査に協力した全員(176人)に対し、①リモートワーク②「シックリーブ(病気休暇)」など有給の特別休暇制度③勤務間インターバル④フルフレックスのいずれかの仕組みが実際に「機能」しているかどうかも尋ねた。
①〜④の仕組みは、食事の規則性を取り戻したり、睡眠時間の確保につながったりするもので、勤務終了後から翌日の出社までの間に一定時間以上を設ける「勤務間インターバル」については、自治体でも導入するところが出てきている。
調査の結果、高ストレスと判定された68人のうち、75.0%が「制度が形骸化」「いずれも制度化されていない」と回答し、「いずれかの制度が機能」と答えた人は25.0%にとどまったことが分かった。
一方、高ストレスと判定されなかった108人では、約9割の88.9%が「いずれかの制度が機能」と答えた。「制度が形骸化」「いずれも制度化されていない」と回答した人は11.1%にとどまった。
勤務先で①〜④のような仕組みが機能していれば、子育て社員が早退したり、休んだりするなど、イレギュラーな事態が起きても食事や睡眠の時間を確保でき、高ストレスになるリスクを下げることができそうだ。
鈴木医師は、職場の運営方法について、「日本の職場では『皆が同じことを同じだけできる』ことを求められるため、業務量や時間のばらつきなどに対する不寛容を生みやすい」と指摘。
そして、「企業がより柔軟な適材適所の体制を構築することが、メンタルヘルス対策だけでなく、より広いダイバーシティ・マネジメントにもつながると考えている」と語った。
DUMSCOの加勇田さんも、「誰かが突然休むなど、予期せぬ事態でのストレス対策は企業が率先して整えることが必要だということがわかった。一方、私自身も有効な具体策をなかなか見出せていなかった」と感想を述べた。
ただ、今回の調査で「ソーシャル・リズム・メトリック」が解決のヒントになる可能性を感じ、「HR担当者として非常に嬉しく思う」と話した。
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【鈴木裕介医師プロフィール】
内科医、心療内科医、産業医、公認心理師。研修医時代に経験した近親者の自死をきっかけに、メンタルヘルスに深く携わるようになる。高知医療再生機構で医療広報、若手医療職のメンタルヘルス支援などにも取り組む。2015年、ハイズ株式会社に参画し、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善に従事。18年に「秋葉原saveクリニック」を開院し、院長に就任した。身体的な症状だけではなく、その背後にある種々の生きづらさ・トラウマを見据え、こころと身体をともに診る医療を心がけている。主な著書に「我慢して生きるほど人生は長くない」(アスコム刊)、「がんばることをやめられない」(KADOKAWA刊)。
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