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以下の55歳の2人の男性のうち、幸福度が高いのはどちらでしょう?
①ジョンさん。弁護士で年収1500万円。大学卒業後、家業を継ぐより大学院への進学を決め、仕事で成果を出すことが幸せにつながると考えている。
②レオさん。高校教師で年収456万円。ジャーナリストになる夢があったが、家族の訃報や病気があり断念。周囲との人間関係が何よりも大事だと思っている。
人間はどうすれば幸せになれるのか。その答えになる研究結果が記されたのが、2023年に日本で発売された『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(&books/辰巳出版)だ。
アメリカのハーバード大学が1938年から85年もの間、2000人を超える人々やその子孫までを追跡し、今もなお続く成人発達研究をもとに書かれたこの一冊には、人間が幸せを感じる「絶対条件」が書かれている。
その絶対条件を得るために、遅すぎることも、莫大なお金がかかることも、とんでもない労力がかかることもないという。とはいえ、やっぱり幸せを感じるためにお金は必要なのでは?
著者でハーバード大学医学大学院教授を務める精神科医ロバート・ウォールディンガーさんとハフポスト日本版の泉谷由梨子編集長が語り合った。
泉谷由梨子編集長(以下泉谷):
ウォールディンガー教授のTEDトークは全世界で4400万回再生され、昨年出版された『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』も大変話題になっていますね。
調査票や対面インタビューだけでなく、医療記録や血液検査、脳画像をとって、健康状態についても追いかけているのも特徴的ですが、研究はどのように始まったのでしょうか?
ロバート・ウォールディンガー教授(以下ウォールディンガー):
この研究は1938年に、2つの群を対象にボストンで始まりました。1つの群はハーバード大学で学ぶ若い男性たちと、もう一つの群はボストンで最貧困の、家族に何かしら問題を抱えた家庭で育った若い男性たちでした。
まずは、この2つの群の若い男の子たちが成人になっていくにつれて、成功した人生を送っていくのか、その過程を調べることにしました。
最初の仮説では、様々なことに恵まれているハーバード大学の子どもたちに比べ、非常に厳しい生活を強いられている最貧困層の子どもたちの方が良くない結果が生まれるのではないか、という風に考えていたんです。
しかし、実際は必ずしもそうではありませんでした。研究でも、世界中の何百もの論文でも明らかになっている大きな結論の一つが出ています。
それは、一番幸せな人生を送っている人たち、豊かな生活をしている人たち、健康な生活を送っている人たちは、人間関係や他者との関係が素晴らしい人たちということです。
泉谷:
日本においても、お金や社会的成功、使命を達成することが幸福につながると考えている人が多いのではないかと思います。しかしこの本には、富や名声を手にしても不幸な人がたくさん登場していて、興味深いなと思いました。
ウォールディンガー:
そうですね。日本だけでなくアメリカでも、名声や富、何かの賞を授かるといったところに注目が集まりがちですが、実際に一番幸福を感じている人たちは、そうではなく、他者との関係を良好に維持することができた人たちだったんです。
泉谷:
とはいえ、「いやいや、それでもやっぱりお金がないと不幸なんじゃないか」という声もあると思います。お金と幸せの関係についてはどのようにお考えですか?
ウォールディンガー:
その質問は重要で、そして難しいですね。お金と幸せは複雑な関係性にあります。
というのも、例えば食品や十分な医薬品が買えない、子どもを学校に行かせることができない、家賃が払えないといったような基本的なニーズが満たせない事態にまで陥ると、やはり不幸になってしまいます。
ただし基本的なニーズが満たされることはもちろん人を幸福にする要素ではありますが、そのニーズが満たされた後、それ以上に稼いで、例えば100倍稼げれば100倍幸せになれるのかといったら、そうではないということが分かっています。
泉谷:
著書では、これ以上稼いでも幸福度を左右しないという分かれ目となるのが年収7万5000ドル以上と書かれていましたね。
ウォールディンガー:
その数字は数年前にアメリカで行われた調査による推定値ですので、時期によっても変化します。そして、アメリカの中でもその境目はかなり異なってきます。例えば東京もそうだと思いますが、ボストンやニューヨークなど生活費が高いところに住んでいるのか、そうではないのかなどにもよります。
実際に金額よりも重要なポイントは、基本的な生活のニーズが満たされるかどうかです。
泉谷:
本には、晩年に「仕事ばかりしなければよかった」という被験者のインタビューが掲載されていて、日本でもよく聞く話だなと思いました。
一方で、「仕事を控えてプライベートを充実させれば幸せになる」ということなのかなと単純に考えていたんですが、そうではないと。著書では「幸福はもっと複雑だ」と書かれていましたが、私たちはどうすれば仕事でウェルビーイングを実現できるのでしょうか?
ウォールディンガー:
仕事と幸福の関係について、1つの研究をご紹介したいと思います。ギャラップ社が世界の様々な年齢層や仕事をしている1500万人を調査し、「職場に親友や気軽に話せる友人はいますか」と質問を投げかけました。
その結果、30%の人々がそういった友人が職場にいると回答しました。その30%の人を分析すると、より良い仕事ができていて、幸福度が高く、仕事で怪我をする確率も少なく、転職率が低いことが分かりました。
残りの70%を分析すると、仕事に対してのエンゲージメントが高かったのはそのうちのたった12人に1人でした。
これは驚くべき結果でした。多くの経営層は、 職場で友人を作ると仕事の生産性が低くなると考えがちです。しかし実際には逆で、友人がいることで生産性が上がることが明らかになったのです。
泉谷:
経営者は、職場に必要なのは友達ではなくライバルで、常に競争させるのが良いと考えがちではないでしょうか。また、働く側も、最近だと、リモートワークから出社に切り替えたくない理由の一つとして、会社にいると色々と話しかけられて仕事を教えなくてはいけないので妨げになる。黙々と1人で作業をしたいという人も少なくないように思います。
ウォールディンガー:
実際には、職場の誰かに仕事を教えることは幸福にとって必要な要素です。寛大であること、自分以外の誰かを思いやることで、幸福度が高まります。仕事でやりがいを感じている人たちは、お互いに支え合って、メンタリングしあおうという気持ちがある人たちなのです。
泉谷:
著書の中で、「人間関係は筋肉と同じで何もしなければ衰えていく。だからこそ「ソーシャルフィットネス(人間関係の健全度)が必要だ」とおっしゃっていました。
ウォールディンガー:
いろんな人の人生をたどってきて、1つ発見したことがあります。それは、人間関係を改善していくために、人生や生活の仕方を180度回転させるような大きなことをする必要はないということです。
日常的に小さなことから始めればいいんです。例えばメッセージを少しだけ送るとか、短い時間でも電話をするとかでもいい。あるいは大切に思っている友人や家族と、1カ月に1回ぐらいは時間をとって一緒に散歩をしたりお茶を飲んだりしてもいい。自分が大切に思っている人たちに少しのメッセージを届けること、そして定期的に会うことが重要です。
泉谷:
人間関係を改めて振り返ってみることも重要ですね。著書でも紹介されていた「ソーシャルユニバース」というワークは、誰でもすぐにできそうです。
ウォールディンガー:
ソーシャルユニバースは、自分の人生に誰がいるのか、人間関係の中心になっている家族や友人、親しい人の名前を10人の名前を書き出してみる、というワークです。
重要なのは、誰が自分の人生や生活にとって本当に重要なのかを考えること。そしてその重要な人たちとどういう関係性を持ちたいのか、理想の関係性を持てているのか。もし良い関係性を持てていないのであれば、どういった変化を及ぼしていきたいのかを考えることがポイントです。
泉谷:
最後に読者の人へメッセージをお願いします。
ウォールディンガー:
重要なことが2つあることをお伝えしたいです。1つ目は、皆さんの精神的な健康状態を良い状態に保つことが重要だということです。アルコール、薬物の摂取のしすぎはよくありません。定期的な運動ももちろん大切です。
2つ目は、より良い人間関係、そして社会的な繋がりを持つことが重要だということです。元々持っていた関係性に時間と努力を注ぐことで、より強固で良い関係性を築くのももちろん大切ですし、新しい関係性を作っていくことも重要です。
ある研究結果によると、新たな出会いは同じような関心ごとを持った人たちと集まることによって促進されることが分かっています。同じ趣味を共有している人たちと時間を過ごすことや、同じ問題意識を持った人たちと一緒に何かを成し遂げるといったことも大切です。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
なぜ金があっても不幸な人がいるのか。ハーバード大学が85年研究して分かった、人間が幸福を感じる絶対条件