「ゆるブラック」な職場増加、働き方改革したのになぜ若手はすぐ辞める? 辞める前に必要な考え方は?人材育成のプロ・坂井風太さんに聞く

長時間労働の是正やハラスメント対策など、働き方改革の取り組みが進むなか、若手社員の間で「ゆるブラック」という言葉が広がっています。

ゆるブラックとは、過度な残業もなく、職場の雰囲気も悪くないなど「働きやすさ」はあるものの、成長や将来性といった「働きがい」を感じにくい職場のこと。

エン・ジャパンが行った調査では、ゆるブラック企業からの転職について、若年層ほど肯定的に捉えていることがわかりました

なぜ若手社員はゆるブラック企業を敬遠するのでしょうか。DeNAの元人材育成責任者であり、人材育成と組織強化を支援するMomentor代表取締役・坂井風太さんに聞きました。

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坂井風太さん

ゆるブラック企業が生まれた背景とは?

ーー近年、ゆるブラックという概念が生まれた背景について、どのように捉えていますか。

2015年に社会問題となった、電通社員が過労自殺した事件以降、「ブラック企業」が問題視され、長時間労働やハラスメントを是正する動きが加速して、働き方改革が一気に進みました。加えて、人材育成のシーンでは、相手の思いを遮らずにじっくり聴く「傾聴」の概念も広まりました。

働きやすい職場改革はプラスの面もある一方、上司が踏み込んだ育成をしにくくなったという側面もあります。部下に対して「将来のためにここまでやった方がよいだろう」と思って言ったことが、受け取り方によっては「ハラスメントになるのでは」というリスクがある。

多様性が求められる中で「自分のやり方を押し付けてよいのだろうか」と一歩引いてしまい、踏み込んだ育成や、若手へのフィードバックに抵抗感を抱く上司が増えています。

現場では「どうせ若手はすぐ辞めるから育成しなくてもいいのでは」という声も耳にしますね。数年で辞めてしまうのなら、わざわざ自分が本腰を入れて育てなくても…という意識が生まれてしまい、人材育成への積極性を失ってしまう。

早く成長実感を得たい若年層と、成長実感を持たせるような育成を控えてしまう、そうした育成を教わっていない層との間でミスマッチが起こり、ゆるブラックという現象が起きているのだと思います。

ーーなぜ若手は早く成長実感を得たいと考えて、ゆるブラックな職場を敬遠し、数年で見切りをつけるのでしょうか。

一言で表すなら、終身雇用へのシステム的な信頼の不在です。私が就職活動をしていた2012年ごろはまだ、「大企業に入ってしまえば将来安心だな」という意識がありました。

しかし2024年2、3月、資生堂やオムロンなど大手が次々と早期離職募集を明らかにしたように、もはや会社を無前提に信頼して、依存し続けることが非現実的であるのが現状です。

2019年には、トヨタ自動車の豊田章男社長が「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と話し、尚且つ、賃金カーブの上昇率や退職金の絶対額も減っている。人員削減のニュースが次々と入ってくる中で、「終身雇用のシステムに乗っておけば大丈夫」という安心感は抱きにくいのです。

そんな状況下で、徐々に広まって行ったのが「キャリア安全性」という概念です。元々は、リクルートワークス研究所の古屋星斗さんが名付けたものですが、簡単に言い換えれば、「今の職場で働き続けた場合、自分がキャリアの選択権を保持し続けられるかという認識」です。

終身雇用が前提ではない中で、成長実感や将来性が感じられない職場に対して「このままこの場所にいても大丈夫なのだろうか」「他社で通用しなくなるのではないか」という不安がよぎりやすくなっているのだと思います。

豊田自動車の豊田章男会長は2019年に「終身雇用を守るのは難しい」と発言。資生堂やオムロンでも早期離職の募集が始まっている

終身雇用の崩壊で、会社は「終のすみか」ではなく「止まり木」に

ーー終身雇用が前提だった中堅以上の世代と比べて、若い世代はキャリアを考える「時間軸」が早まっているのですね。

その通りです。例えば、40代以上の世代は「10年後にどういうキャリアを描いていたいか」など長期的な話をしますが、それは終身雇用を前提とした時間軸での考えですよね。

一方、20代〜30代前半の層は就活・入社段階から「終身雇用を守れない」という状況下で育っています。そのため、「早いうちにキャリア資産を築かなければ」という焦りを抱えやすい環境に置かれています。

若い世代にとって、会社は「終のすみか」ではなく「止まり木」です。「今の若者は辛抱が足りない」と言われても、上の世代にはわからない不安を抱えていますし、むしろ「この職場に自分の時間を預けていいのか」と真剣に考えないと生きていけない世代です。

成長実感が得られない職場には早めに見切りをつけ、次のキャリア資産を築こうという価値観への変化は、終身雇用制度が崩壊している中で、仕方のないことだと思います。

加えて、若い世代はデジタルネイティブであるがゆえに、「焦り」を感じやすい側面もありますね。

ーーなるほど。SNSはどのように影響しているのでしょうか。

とある求人サイトを運営する会社に聞いた話では、特にコロナ禍以降に入社した社員は、リアルよりバーチャルのコミュニティの方が広くなっているようです。SNSを開けば、「ベンチャーで昇進して部長になりました!」「副業でこれだけ稼ぎました!」と、活躍してそうな同世代の姿がパッと目に入る。

SNSが普及していない時代は、同窓会や同期会で周りと比べて少し焦る程度だったのが、その比較頻度と比較範囲が急激に上昇・拡大しているわけです。リアルでは周りと「等身大」で比べられるのに対して、SNSは「一番いい自分」を切り取った”虚像”も多く、上澄みのキラキラした面だけを見て焦ってしまう。

接点もない、オンライン上の「本当は比べなくてもいい相手」と勝手に比べて、不安になってしまうという現象が起きやすくなっているのです。

デジタルネイティブ世代は、SNSなどを通じて「関係のない他者と比較しやすい状況にある」(坂井さん)という(イメージ写真)

辞める前に必要な考え方とは?

ーーもし若手社員が「ゆるい職場」で働きがいを得られず、不安を感じている場合、辞めるという選択の前に必要な考え方はありますか。

働きがいは、与えられるものではなく、自ら見出すものなので、まずは自分がこの会社にいる意味を見出せそうか考えてみることですね。加えて、時間軸を切って、働く意味を考えることをおすすめします。

いつまでこの会社で努力を続ければいいのだろう…と思うとキツいですが、キャリアを2、3年単位で区切って、「それまでにこういう成果をもぎ取ろう」「こういうスキルを身につけよう」と、”自分の物語”を考えて、意味を見出していければよいのではないでしょうか。

【PROFILE】坂井風太さん

1991年生まれ。早稲田大学法学部卒。新卒でDeNAに入社後、複数の事業部を経て2020年に子会社の代表取締役に就任し、経営改革やM&Aを推進。同時にDeNAの人材育成責任者として、独自の人材育成プログラムを開発。2022年にDeNAとデライト・ベンチャーズから出資を受けMomentorを設立。日系大企業から新進気鋭のベンチャーまで大小90社を超えるクライアントに対して、人材育成と組織強化を支援している。

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Yu Shoji