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フランスのカンヌ国際映画祭で受賞するなど国際的に活躍する是枝裕和監督が4月17日、政府の「新しい資本主義実現会議」に出席し、官民一体となった映画文化・産業を支える仕組みづくりなどを求めた。
内閣官房の公式サイトに掲載されている会議資料によると、是枝監督は映画産業の労働環境や国内外の作品流通、省庁を横断した統括機関設⽴などの現状の課題を述べた。芸術表現や創造活動への過度な政府介入を禁じつつ、資金面での支援を保証する「アームズ・レングス」の考え方に則った上で「健全なパートナーシップを官⺠で築いていただきたい」などと訴えた。
是枝監督の提言を4つのポイントからまとめた。
是枝監督によると、映画の撮影現場は、フランスでは1日8時間・週休2日、韓国では週の労働時間の上限が52時間に定められているという。
これに対し、2023年4月に映画業界団体ら制作現場の環境改善を目指して設立した⽇本映画制作適正化機構(映適)では、適正な労働時間は、準備・⽚付けを含めて1⽇13時間とされ、2週間に1度の完全休養⽇が定められている。
諸外国と比べると、日本の映画業界における労働環境の改善は遅れをとっており、是枝監督は、国際基準に見合ったルールへの見直しなどが急務であると強調。同時に、国際基準に準じる環境を求めた場合、「予算が上がってしまい、そもそも制作に⾄らなくなってしまう危険性」があるとも説明した。
労働環境を整える上では「少なくとも3割から5割の制作費アップが必要」とした上で、映画会社が増額に耐えられない可能性を踏まえ、「資⾦調達の仕組みそのものを変える必要がある」と述べた。
是枝監督ら映画監督有志によるaction4cinemaでは、大手映画会社4社からなる日本映画製作者連盟(映連)に対し、興行収入の1%を原資にすることで、労働環境改善やハラスメント対策、⼈材育成などに取り組むよう検討することを求めてきたという。
国内での映画流通の要としては、ミニシアターの公的な支援を求めた。
小規模ながら国内外の名作映画や若手監督らの作品などを上映するミニシアターは、コアな映画ファンを形成したり、クリエイターを目指すきっかけになったりするといい、「映画の記憶が蓄積され、発信していく⽂化拠点」として認識する重要性を訴えた。
国際流通としては、国際映画祭の場で、各国の映画会社の情報発信場所となるマーケットブースに予算をかけ、国外にアピールする必要があると指摘。
そもそも、是枝監督ら国際映画祭で取り上げられることの多い日本の映画監督の国外展開を担っているのは、日本ではなくフランスのセールスエージェントの場合がほとんどだという。国外のエージェントを通じて作品を流通させた場合は費用も大きくなるため、「収益の3割から4割は国内には戻っていないというのが実情」だと説明した。
是枝監督は、アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』は、「東宝の国際部が主導して北⽶配給を成功させた」として、国内のエージェントの強化も重要だとした。
作り⼿の教育システムの問題としては、日本に国立の映画大学がないことを指摘。2005年に東京藝術大学の大学院に映画専攻が設置され、『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介さんらを輩出しているが、映画が撮影できるスタジオはなく、卒業制作の資金も限られているという。
是枝監督自身も、映画作りを教育機関で専門的に学んだことはないと話し、教育機関がないことで、「誰でも映画が作れ、監督を名乗れるルーズさから⽣まれる趣味性と、それによって担保される多様性というメリットがある⼀⽅で、どうしたら仕事として映画を選べるのか、業界へのルートや階段が存在しないというデメリットがある」と述べた。
国外の有名映画学校に日本から留学する学生は少なく、その背景には金銭面の負担の大きさもあるという。「ぜひ意欲のある学生へのサポートは、国費によってサポートしていただければ」と呼びかけた。
制作においては予算面での課題として、企画成立までにかかる開発費が製作サイドから出ないため、監督やプロデューサーの負担となり、ギャランティが安い点と、興行収入に伴う成功報酬がない点も指摘した。
予算面以外では、国際共同製作の推進のために、韓国をはじめとしたアジア7カ国が共同宣言を出した映画制作連携協定「AFAN(Asian Film Alliance Network)」に、日本は参加していない。是枝監督は、その理由について、「⽇本への打診もあったにもかかわらず、カウンターパートナーと呼べる国家機関がないために参加が⾒送られた」と述べた。
また、海外作品のロケ誘致に関しても、日本にロケハン(撮影前の下見のこと)に来る場合があるものの、撮影許可が出にくく、税制優遇措置などもないために撮影が実現しない例も多いという。
これらの課題を踏まえた上で、是枝監督は、内閣府の知的財産戦略推進事務局の下に、映画⽂化・産業の施策を⼀本化して統括する部署を求めた。現在は文化庁、経産省、外務省などの省庁に分かれて映画振興策がとられているが、これを統括する機能が必要だと強調。この統括機関のもとに、有識者を招いた半官半⺠の合議体を作るビジョンを説明した。
是枝監督は映画文化・産業を支える公的な仕組みづくりの上では、「アームズ・レングス・ルール」の重要性を強調した。「お⾦は出すが(内容に)⼝は出さない、という欧⽶では常識的な政治と芸術の距離に対する考え⽅で、これを徹底することがこのような施策や制度を作る上でとても⼤切」だとし、「映画⽂化発展のために、健全なパートナーシップを官⺠で築いていただきたい」と述べた。
岸田文雄首相は、是枝監督の提言に対し、「制作現場の労働環境や賃金の支払といった側面で、クリエイターが安心して持続的に働くことができる環境が未整備」だとの見解を述べた。今後は、公正取引委員会の協力の下、契約を適正化するための実態調査を行い、改善を図っていく意向も明らかにした。
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映画制作の「資⾦調達の仕組みを変える必要ある」と是枝裕和さん。映画文化支援への提言、4つのポイント