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「イスラエルはLGBTQフレンドリーで、パレスチナではLGBTQ当事者が抑圧されている。だから、イスラエルを非難するということは、LGBT当事者を蔑ろにするということだ」
こんな趣旨の主張を見たことはないだろうか?イスラエル・パレスチナを対象に、フェミニズム・クィア理論を研究する筑波大学の保井啓志助教授は、「こうした(誤った)言説はイスラエルによるピンクウォッシュの成果です。LGBTQ当事者の権利を盾にして戦争を正当化することは許されない」と警告する。
過去には日本のLGBTQ関連イベントでも行われてきたというイスラエルによるピンクウォッシュ。日本最大級のLGBTQイベント『東京レインボープライド』でも、ピンクウォッシュが行われているという指摘もある。
どのような事例があり、何が問題なのか。保井さんに聞いた。
ピンクウォッシング(ピンクウォッシュ)は、「覆い隠す」という意味の動詞「whitewash(ホワイトウォッシュ)」と、同性愛者のシンボルカラーとされる「ピンク」を掛け合わせた造語。人権侵害など不都合な事柄を隠す意図で、同性愛者フレンドリーをアピールすることを指す。
保井さんによると、イスラエル政府に対して使われるようになったのは2000年代後半ごろ。イスラエルが積極的に 「LGBT(特に同性愛者)にフレンドリーだ」などと広報宣伝していたことが背景にある。イスラエルが「LGBTフレンドリーだ」とアピールすることは、パレスチナへの抑圧や占領、人権侵害などの負のイメージを覆い隠すためのものではないかと批判が込められた言葉だという。
イスラエル政府が積極的に「LGBTフレンドリー」を広報し始めた2000年当時は、「ゲイツーリズム」(※)が人気を集め始めていたこともあり、観光地としてイスラエルの街・テルアビブを積極的にPRしていた。
※ゲイツーリズムとは、同性愛者をターゲットにした観光業のこと。特に子どもを持つことが難しく、相対的に可処分所得が高いことから男性の同性愛者のマーケットに注目が集まった。
「イスラエルは『中東唯一、民主主義的な国家で、LGBTQの人々が暮らせる街』というレトリックを使い、テルアビブへの観光を誘致しました。これは暗に、『他の中東の国々や同性愛を禁じているイスラム教、ひいてはパレスチナは、(イスラエルと違って)LGBTQ当事者を抑圧している』という二項対立の構造を巧みに利用しているのです」
イスラエル政府はテルアビブで開催されるプライドパレード(LGBTQ当事者への差別や偏見のない社会を目指すイベント)でも、欧州の旅行客に宣伝するために巨額のお金を費やした。
一方、2016年にはイスラエル国内のLGBTQ団体全体への年間の助成金はそのわずか10分の1だったことから、ピンクウォッシュだと批判の声が上がった。イスラエル最大のLGBTQ団体の代表は「外国に行ってはイスラエルのゲイの人々の自由について英語で自慢するのに、国に帰ってきてからヘブライ語でその話をすることは一切無い」と批判した。
また、2012年のプライド月間である6月には、イスラエル国防軍が公式Facebookに、軍服を着た2人の男性が手を繋いでいる写真を投稿した。
写真に添えられたメッセージは「Did you know that the IDF treats all of its soldiers equally?(イスラエル国防軍が全てのイスラエル兵士らを平等に扱っていることをご存知でしたか?」だった。
これは「戦争や国家の優位性を主張するためにLGBTQの権利が利用されている例だ」と保井さんは指摘する。
「イスラエルだけでなく、例えばアメリカでも同じようなレトリックが使われています。アメリカはLGBTQフレンドリーだけれども、イラクやアフガニスタンでは同性愛者が迫害されている。だから同性愛者を救うために戦争するんだと戦争を正当化する考えをホモナショナリズムといいます。このホモナショナリズムと強く共鳴する形で、ピンクウォッシングが行われています」
ガザ地区での戦闘が始まった2023年10月以降も、イスラエル政府が戦車を背景にイスラエル国防軍の兵士がレインボーフラッグを掲げた写真をSNSに投稿。「LGBTQフレンドリー」を謳う広報は、レトリックは変わらないものの「先鋭化」しているという。
LGBTQ当事者の中には、イスラエルの戦争を擁護する人もいる。例えばトランスジェンダーのイスラエル人歌手、ダナ・インターナショナルさんは2023年11月、「LGBTQの人々はガザに行けばハマスに殺される。テルアビブのゲイプライドでは、いつでもあなたを歓迎している」と言い、イスラエルの戦争を支持している。
日本のSNS上でも、「LGBTの人権を侵害するパレスチナを擁護してLGBTフレンドリーなイスラエルを批判するのはおかしい」といった趣旨の発言も見られる。
しかし、保井さんはそういった主張に対し、「イスラエルはイスラム=テロリスト(ハマスなど)=パレスチナ(ガザ)などの言葉を意図的に混同させて使っている」とした上で、3つの問題点を指摘した。
1点目は、イスラエルがパレスチナを占領している現状があるのにも関わらず、「イスラエルはLGBTフレンドリーでパレスチナはLGBTに抑圧的だ」という「二項対立」が強調されている点だという。
「パレスチナ自治区は常にイスラエル軍に監視され、入植地に次々と国際法違反である分離壁が建設されています。その状況であたかも『国』単位でLGBTQ当事者の権利について二項対立しているかのように見せているのは、恣意的だと言わざるを得ません」
2点目に、そもそもLGBTQ当事者の権利を国家単位で語ること自体がおかしい、と保井さんは言う。
「人権は誰しもが生まれながらに持っているものです。国家に有益かどうかでLGBTQ当事者の人権が判断され、『国単位』で比較し、国の価値判断の材料にするような、ある種の競争原理に持ち込んでいること自体に問題があります」
保井さんは、パレスチナにおいてLGBTQ当事者に対する抑圧は確かにあり、それを擁護するわけではないという。一方で、イスラエルが広報宣伝するほどLGBTQ当事者の人権が守られているかは疑問が残ると指摘する。
「そもそも、LGBTフレンドリーとは何か、ということです。イスラエルが『LGBTフレンドリーなテルアビブの街に来てください』と宣伝する時、その根拠として『テルアビブプライドが盛り上がっているから』と言います。たしかに30万人近い人々が参加する一大イベントですが、プライドパレードがあるからLGBT当事者の人権が守られているかというとそうとは言い切れません。実際にイスラエルでは同性愛をタブー視するユダヤ教の根強い反対があって、国内で同性婚もできませんし、LGBTQをターゲットにしたヘイトクライムも起きています」
そして3点目に、もし仮に本当にイスラエルがLGBTQフレンドリーで、パレスチナがLGBTQに抑圧的であったとしても「それを戦争の正当化や国のプロパガンダに用いてよいのか疑問だ」と保井さんは指摘する。
「このようにイスラエル側か、パレスチナ側かといった二項対立で語ること自体が、物事の複雑性を捨象していることになります」
日本も他人事ではない。イスラエル大使館は2013年から日本最大級のLGBTQイベント「東京レインボープライド」(TRP)にブースを出展し、2014年に行われた東京レインボーウィークでは、「配布された公式パンフレットにイスラエル大使館の広報物が掲載されていた」と保井さんは指摘する。
「パンフレットは表紙を含め32ページで、そのうち4ページがイスラエル大使館によるものでした。『LGBT×TRAVEL ゲイシティ テルアビブの魅力』と題して、イスラエルのテルアビブがいかにLGBTQフレンドリーな観光地かを謳っていました」
2021年には、プライド月間にイスラエル大使館がイスラエルのDJと日本のドラァグクイーンのコラボ動画を公開。動画では、フォークソング「マイムマイム」を現代版にリミックスしている。
「マイムマイムはイスラエルの歌で、マイムは水という意味です。ユダヤ人がパレスチナの土地に来て、水を発見する喜びを歌っていて、実は非常にコロニアル(植民地的)な歌なんです」(保井さん)
そうした広報やコラボレーションによって、「イスラエルのことはよく知らないけれど、なんとなく良いイメージ」を持ってもらうことがイスラエルにとって重要なのではないか、と保井さんは分析する。
「特に日本では、戦争や植民地化などについては『無知でいてほしい』、それでいて『LGBTQフレンドリーということだけ知っている』という状態をイスラエル側は期待していたのでしょう」
東京レインボープライド(TRP)に対しては、これまで市民らがイスラエルの虐殺に加担しないよう求めてきた。それに対しTRP実行委は3月15日、「パレスチナ・イスラエルをめぐる現状に関するお問い合わせについて」と題した声明を 発表。2024年のTRPには「お問い合わせを頂いている特定の企業や大使館からの協賛はございません」と説明した。
これまで何度かTRPに対してイスラエルに関する公開質問状を送ってきた市民団体「フツーのLGBTをクィアする」は、BDS(ボイコット・ダイベストメント/投資引き上げ・サンクション/制裁)の対象になっている企業のブースが出展予定のことから、対応が不十分だと訴えている。
このように日本国内のLGBTQ当事者がイスラエルに対して声を上げることは「ごく自然なことだと思います」と保井さん。
「声をあげている人たちは、LGBTQの問題は人権の問題だと認識しているんだと思います。殺人や戦争自体が人権侵害で、それを抜きにしてLGBTQの人権を盾に戦争を行い、正当化するのは本末転倒です。LGBTQ当事者の人権を人殺しの名目に使わないでください、というある種のユニバーサルな主張が表面化しているんだろうと思います」
また、社会が変化する中で、若い世代の当事者の間では「人種や階級、ジェンダー、世代、障害など様々な差別の軸が相互に作用し抑圧が生じるインターセクショナリティ(交差性)への配慮を大事にしたい」などの変化が出てきているという。
「そうした変化を対話を通して捉えていく必要があると思います。TRPは単なる祭りではなく、人権のためにあることを、今こそ示す時ではないでしょうか」
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
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