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年始休みや新年会などで、お酒を飲む機会が多かった1月が終わりました。家でも外でも、つい飲みすぎたと後悔している人が少なくないのでは?
禁酒・減酒の「新年の誓い」を立てたのに、守れていないという人もいるでしょう。
飲み過ぎることの弊害と、お酒と上手に付き合うコツを、専門家の医師にたずねました。
取材したのは、国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)院長の松下幸生医師です。
同センターは半世紀以上前の1963年、日本で初めてアルコール依存症の専門病棟を設置。1989年には世界保健機関(WHO)のアルコール関連問題研究・研修センターにも指定されました。日本人向けの依存症のスクリーニングテストも作成しており、だれでもチェックできるようにウェブサイトで公開しています。
松下医師は同センターに1988年から勤務。アルコール依存症のほか、ギャンブル依存症、認知症の治療も担当してきました。
そんな松下医師へのインタビューを、さっそくご紹介しましょう。
――日本社会は酒に寛容だと言われますが、「酒は飲んでも飲まれるな」という格言もあります。これがなかなか難しい。
2023年の12月には、とある有名企業の経営トップが、酒席でのふるまいが原因で解任されました。女性に抱きついたそうですが、本人はその行為を覚えていなかったそうです。こういうことは、なぜ起きるのでしょうか。
「ブラックアウト」と呼ばれる現象ですね。飲酒していた時の記憶をなくす、あとで思い出せないという現象で、アルコールの血中濃度にかなり左右されます。
ブラックアウトに起因する犯罪というのも起きています。酔っていて覚えていなかったという場合、よく鑑定が行われます。犯行時に近い量の酒を飲ませて、単語を三つ「覚えておくように」などと指示すると、その場ではたいてい分かっているのだけれども、翌日は覚えていません。
メカニズムとしては、記憶をつかさどる脳の部位、海馬の働きがアルコールで抑えられ、悪くなってしまうのが原因です。「短期記憶」から「長期記憶」へ記憶を移すところが、うまく機能しなくなると言われています。
――行為をした時点では覚えている、分かっているのですね。
認識はあります。ですが、酔うと抑制も外れてしまうのです。海馬だけでなく、前頭葉の機能も悪くなる。脳のうちの大脳皮質、前頭葉は、人の行動、感情をコントロールしている場所です。そういうところの働きが悪くなると、しらふならばやらないことも、やってしまう。本能が表に出てしまうのです。
――本人の責任はどうなるのでしょうか。心身喪失などで責任を問えないケースもあるのでは。
鑑定で見るのは、ごくまれにある「病的酩酊」かどうかです。わずかな量の飲酒で自分の居場所もわからなくなる、場合によっては幻覚も出るというような特殊な酩酊のあることが知られています。その場合は本人の責任を問うのは難しい。
ですが、飲みすぎて記憶を失うというのは、それとは違って病気ではありません。単に飲みすぎて「ブラックアウト」を起こしているという場合は、本人の責任が問われるというのが今の考え方です。社会的分別のある人が、そんなになるまで飲んではいけないのです。
――厚生労働省のウェブサイト「e-ヘルスネット」に掲載されている先生のコラムを読みました。それによると、血中アルコール濃度が20〜50mg/dlの時は気分がさわやかで活発だけれども、それを超すと小脳の機能が低下し、呂律がまわらないといった症状が出てくるとされています。どれくらい飲むと、そうなるのでしょうか。
濃度はあくまで目安であり、飲む人の体質や体格、飲酒の状況でも変わってきます。よく酒を飲む人にはアルコールへの耐性が一定程度ついています。胃の中に食べ物があるかどうかでも、体に吸収される度合いは変わります。
このため正確に言うのは難しいですが、爽快な気分が消えていく血中濃度の目安である50mg/dlだと、だいたい缶ビールのトール缶(500ml)1本、日本酒だと1合程度です。
歩くとふらふらするなど、障害が出てくる濃度の目安、200mg/dlに達するのは、ビールのトール缶で4〜6本、日本酒だと4合ぐらいです。
――お酒を飲む人には「耐性」がつくとおっしゃいました。飲んでいれば強くなってくるものなのでしょうか。
体内でアルコールを分解する酵素は2種類あり、このうち一つは、アルコールを飲むとだんだん誘導されてくる、つまり作られてきて、アルコールの分解が速くなります。
このため、毎日のように飲んでいると、だんだん同じ効果、同じ酔いにはならなくなる。これを耐性がつくと言います。少しの期間、1週間でも2週間でも空けるとリセットされます。
――大人の会話では「酒が強くなった」というフレーズをよく聞きます。
アルコールが強くなる、耐性がつくというのは、依存症の「最初の症状だ」と言われています。
――おそろしい…….
医学的には、そういうサインです。依存症の第一歩といっても間違いではないですね。
――宴会などで酒量を適切に守るにはどうしたらいいでしょうか。飲んでいるうちに気が大きくなります。
注意点としては、なるべくゆっくり飲むことだと思います。「かけつけ三杯」のようなことをやると一気に血中濃度が上がってしまい、早いスピードで酔ってしまいます。いったん酔うと、そこからコントロールすることはなかなか難しくなります。
同じように酒を飲むにしても、あわてないことが大事。ふつうに飲んでいれば血中濃度は上がりますが、同じ上がるにしてもゆっくり上がると害が少ない。
胃の中に食べ物があれば、アルコールの吸収が遅くなります。食べながら、楽しんで飲むという心構えが安全なんじゃないかと思います。
――牛乳を飲んでおくとよいという説もあります。
胃の粘膜に膜を張っておくと、吸収が遅くなる。医学的に認められています。
――いろんな種類のお酒を「チャンポン」で飲むと酔いが進むと言われますが。
自分がどれだけ飲んでいるのか、分からなくなるからだと説明されていますね。総量が把握しにくくなる。弱い酒から強い酒へと移っていくのも、飲みすぎの原因になりやすいです。
――家で毎晩飲むという人もいます。これは依存症でしょうか。
みんな依存症だとは言えないけれども、できれば休肝日を設けたい。週2日ぐらいは飲まない日をつくるのが、依存症の予防になると思います。
また、毎日飲む人よりも、週2、3日は飲まない日がある人の方が、死亡のリスクは低いと言われています。健康を守るためにも休肝日を設けた方がいいです。
――酒を減らしたいと思ってもできない人が多いです。実現できる方法は?
減らそうと思う気持ちがあることが大切です。あとは具体的にどうやって減らしていくか。
まずは計画、目標をたてることです。「なるべく減らそう」ではなくて、具体的に立てます。たとえば休肝日も、続ける自信がなければ週1日でいい。時刻で制限する人もいます。「夜10時をすぎたら飲まない」とか。
いきなり「週3日は休肝日」という目標をめざすのは厳しい場合もある。自分の力の7割か8割で達成できる目標にするのが大切かと思います。
――たばこをやめるときはスパッとやめた方がいいと聞きましたが。
酒も、やめるのであればスパッと切る方がいいです。いま話したのは、あくまで「減らす」場合。医者からストップが出ているようであればやめた方がいいです。
――「酒は百薬の長」とも言われます。
かつて、少しは飲んだ方が長生きすると言われました。しかし最近は、研究の結果から、医学界の意見も変わってきました。死亡リスクは飲酒量に比例して上がっていくと言われています。
――良い飲酒というのはあるのでしょうか。
社交の場では、お酒が緊張をほぐし、リラックスさせてくれます。そういう、良い面を使うのはいいけれども、リスクもあるということをご理解いただければいいと思う。
――先生ご自身は飲むのですか。
はい。私は「禁酒派」ではないので。そうですね、飲むのは週2、3日ぐらいでしょうか。宴会などの機会があれば多くなりますが、家で飲むのは週末だけというふうにしています。
――飲まないで過ごすことの利点はありますか。
私は、飲んでしまうと何もやる気がしなくなるんですね。反対に飲まないで過ごせば、お風呂でぬるい湯にゆっくりつかるとか、気分転換に歩いてみるとか、そういうふうに過ごすこともできる。朝もすっきり起きられるし、体も楽です。
――酒は飲めるけれどもあえて飲まない「ソバーキュリアス」というスタイルも注目されています。
酒に対するとらえ方は世代によって違うのではないでしょうか。いまの若い人は、その前の世代ほどは飲まないという印象がありますね。
ただ、若い人でも飲む機会はあります。経験は少ないから「イッキ」などをやってしまいがちです。飲むときはあまり急がないこと。アルコールで失敗してほしくないですからね。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「酒が強くなった」は依存症のサイン。飲むならゆっくりが大事。専門医がすすめる上手に付き合うコツとは