<あわせて読みたい>「『検挙してあげてる』意識だった」元警官が語る、レイシャル・プロファイリングの根底にあるもの
外国人が、警察官から何度も職務質問される。
その体験は、「面白い」ことなのだろうか?
人気バラエティ番組『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、幼い頃から日本で暮らす外国ルーツの男性が職務質問を繰り返し受けていると話した時、「笑い」が起きる場面があった。
この男性の体験は、本当に「笑える」話なのか。人種差別の問題に詳しい専門家と考えた。
まず、番組の内容を振り返る。11月13日の『月曜から夜ふかし』で放送された、「街行く人が直面している様々な壁について聞いてみた件」というコーナーだ。
2歳から東京都内で暮らしているというインド人男性が、「職務質問をムダにされる」「地元の交番の警察官が3か月くらいで替わる。そのたびに職務質問を受ける」という自身の経験を共有した。
画面には「警察官が替わるたび 職質の壁」という文字と、MCのタレントたちが笑う様子が映し出され、笑い声がどっと上がる演出があった。
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警察などの法執行機関が、人種や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性であることを根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすることは「レイシャル・プロファイリング」と呼ばれる。
人種的ルーツや肌の色、「外国人ふう」の見た目などを理由とした警察官による職務質問は、レイシャル・プロファイリングの典型例の一つであり、公権力による人権侵害に当たる。
国連の人種差別撤廃委員会が各国に勧告を出すなど、レイシャル・プロファイリングは世界的な問題となっている。日本でも近年、外国ルーツの人に対する差別的な職務質問の実態が、東京弁護士会の調査などから明らかになっている。
2021年には、日本の警察によるレイシャル・プロファイリングを巡って在日アメリカ大使館が異例の警告をX(旧Twitter)で出した。
外国ルーツの人たちが直面する人権問題に詳しい有園洋一弁護士は、「具体的な状況が分からないため、出演した男性の体験がレイシャル・プロファイリングに当たるとの断定はできないものの、交番の警察官が替わるたびに職務質問を受けるという発言からすると、外国ルーツであることや見た目を理由に警察官が声をかけている可能性は高く、レイシャル・プロファイリングの疑いが非常に強い事例と言えます」と指摘する。
その上で、仮に本人が自虐的に笑いにしたとしても、放送するメディア側が同じく「笑い」として視聴者に提供することには問題があると有園弁護士は言う。なぜか。
「外国にルーツがある人の中でも、日本に長く住んでいる人ほどマイクロアグレッション(※)や不当な扱いを受けた時に、そのことを自虐的に話す傾向があると、様々な相談を受ける中で感じています。
日々積み重なるようにマイクロアグレッションを受け、被害を訴えた時に『気にしすぎだ』『外国人だから仕方ない』といった反応をされ、『苦しい』と感じることそれ自体を否定される経験をしている人は非常に多いと感じています。真面目に話して否定されるのが怖いから、これ以上傷つかないよう冗談めかして話すことがあるのだと考えます。
本人が笑って話しているように見えるからといって、メディアやマジョリティ側の聞き手が『笑い話』として捉えて良い理由には全くなりません」
(※)マイクロアグレッション・・・明らかな差別に見えないものの、人種・民族、ジェンダー、性的指向などにおけるマイノリティを対象に、相手が属する集団に対する先入観や偏見をもとに、その人個人をおとしめるメッセージを発する日常のやりとり。悪意の有無は問わない。
そもそも、職務質問はどんな場合に行われるのか。
職務質問の根拠とされている法律「警察官職務執行法」2条1項は、警察官は「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」を停止させて質問することができる、と定める。この規定は「不審事由」と呼ばれる。
人種的ルーツや「外国人ふう」の見た目、肌の色といった要素を理由とした職務質問は、法律上の要件を満たしていない。
「レイシャル・プロファイリングは、外国ルーツであること自体をもって『不審事由』と同一視するかのような運用です。法的根拠に乏しい、こうした差別的な運用を許すことは、職務質問に『不審事由』の存在を要求している法の建て付けを歪ませることにもつながります。外国ルーツの人たちだけの問題ではないのです」(有園弁護士)
外国にルーツのある人を対象にした東京弁護士会の2022年の調査(有効回答数2094人)では、過去5年間ほどで職務質問を受けたと答えた人は62.9%。このうち「6回以上」と回答した人は2割を超えた。
さらにアフリカ、南アジア、中東地域にルーツを持つ人は、中国や韓国など北東アジアの人よりも職務質問を受ける頻度が高いことが同調査で明らかになっている。
外国ルーツの人に対するハフポスト日本版のアンケートにも、「あなたのような外国人は、たいてい危険な凶器かドラッグを持っているからと警察官に言われた」「職務質問をした理由を聞くと、『お兄さんみたいな見た目の人で、大麻とかやっている方結構いらっしゃるんで』と言われた」などの訴えが寄せられた。
「同じ社会に暮らしている人たちが、外国人であることや外国ルーツであることを理由に、警察という国家権力から差別的な扱いを受けている。そのような状況を黙認する社会で良いのか?という視点で本来は考えてほしい問題なのです。露骨な差別の一例が、まるで笑える話として番組で描写されている点に違和感を抱きました。
恐ろしいのは、作り手が意図していなくても、影響力のあるメディアが『笑える話』として放送することが、公権力による人種差別を助長するメッセージになってしまうという点です。『レイシャル・プロファイリングが社会的に決して承認されるべきではないもの』という前提が制作する側にあれば、出演した男性の発言をきっかけにうまく問題提起して、もっと深い番組内容になり得たのではないかと残念です」(有園弁護士)
日本在住のアフリカ系アメリカ人の作家バイエ・マクニールさんは、「出演男性の体験を笑う人たちや番組の制作者は、警察からのハラスメントが当事者に与える影響に対して極めて鈍感と言えます。警察官による常態化された差別的扱いを受ける側になったことがない人にとって、この出演男性に共感したり、自らが不当な扱いの犠牲になる姿を想像したりすることは難しいのでしょう」と話す。
「『純粋な日本人』に見えないからという理由で、警察からの差別に対処しなければならない。そうした体験は、非常に屈辱的なものです」
一方で、レイシャル・プロファイリングをエンタメで扱うこと自体が問題なのではない。
例えば、入管行政の問題に挑む家族を描いた中島京子さんの小説『やさしい猫』では、スリランカ人の登場人物がレイシャル・プロファイリングを受ける場面が描かれ、同作を原作とした2023年放送のNHKのドラマでもそのシーンが放送された。
小説・ドラマともに、外国ルーツを理由とした職務質問のリアルな実態を描いており、人種差別を再生産するような描写にはなっていない。
マクニールさんは、エンタメの中でも風刺やパロディでレイシャル・プロファイリングをうまく描くことができれば、それは公権力による人権侵害に対抗する「強力な武器」にもなり得ると言う。
「アメリカでは、多くのコメディアンが人種差別やジェンダー、LGBTQ当事者が直面する問題を取り上げています。特に風刺は、抑圧されているマイノリティ側が言いたいことを伝えるのに非常に有効なツールになります」
ハフポスト日本版は日本テレビに対し、「番組に出演したインド人男性の体験が、人種差別的な職務質問(いわゆるレイシャル・プロファイリング)に当たり得るとの認識はあったか」「外国にルーツのある人が頻繁に職務質問を受けるという体験を、バラエティ番組で笑いとして取り上げることについての見解」を尋ねた。
同社広報部は「『月曜から夜ふかし』は、番組独自の切り口で世間で起きている様々な事象や物事を取り上げています。今回の放送に関しても、ご指摘の職務質問を肯定しているものではございません」とのみコメントした。
<取材・執筆=國﨑万智(@machiruda0702)>
【アンケート】
ハフポスト日本版では、人種差別的な職務質問(レイシャル・プロファイリング)に関して、警察官や元警察官を対象にアンケートを行っています。体験・ご意見をお寄せください。回答はこちらから。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
外国人の「職質ムダにされる」話は「笑い」にしていいのか。『月曜から夜ふかし』のあるシーンから考える