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東京電力福島第一原発の「処理水」の海洋放出を巡り、一部のメディアが英字記事で「Fukushima water」と発信していることがわかった。
国や東電、IAEAなどは処理水を英語で表記する場合、「Treated water(処理された水)」と記載している。
「Fukushima water」という表記を使うことで、福島の水自体が原発事故由来のものだとイメージさせ、新たな偏見や差別をうむ恐れはないだろうか。
ハフポスト日本版は、福島の被災地を研究する社会学者で、東京大学大学院情報学環の開沼博准教授を取材。
「Fukushima water」と発信したメディアにも見解を尋ね、この言葉が与える影響や問題点を探った。
福島第一原発では、原子炉建屋に雨水や地下水が流入するなどして、放射性物質を含む汚染水が発生している。
これを多核種除去設備(ALPS)などに通し、トリチウムを除く放射性物質を国の安全基準を満たすまで除去したものが処理水だ。
海洋放出する際は、トリチウム濃度が規制基準の40分の1、世界保健機関(WHO)飲料水基準の約7分の1となる「1リットル当たり1500ベクレル」未満まで海水で希釈される。
国際原子力機関(IAEA)も7月、処理水の海洋放出を「人や環境に与える放射線の影響は無視できるもの」とする包括報告書を公表している。
海洋放出は、8月24日〜9月11日(1回目)、10月5日〜23日(2回目)に行われ、いずれも7800トンを放出。政府や東電などのモニタリングで、これまでに問題は発生していないことが確認されている。
なお、トリチウムは水素の仲間で、自然界や水道水、人間の体内にも存在する。
放出するエネルギーは紙1枚で防げるほど弱く、これまで日本を含む世界各国の原発施設で海洋放出されてきた。
一方、この処理水の海洋放出を受け、共同通信は9月28日、次のような見出しで英字の記事を配信した。
「Japan to begin releasing second batch of Fukushima water on Oct. 5」
2回目の海洋放出が10月5日に行われることを報じた記事だが、処理された水であることを示す「Treated water」ではなく、「Fukushima water」と記載されていた。
ただ、記事の中身は「treated radioactive water from the wrecked Fukushima Daiichi nuclear power plant(事故を起こした福島第一原発から放出される放射性物質を含む処理水)」となっていた。
ほかの主要メディアも同様に2回目の海洋放出が始まることを報道しているが、それぞれの見出しは次の通りだった。
▽NHK
「TEPCO to start second round of treated water release on Thursday」(10月5日)
▽読売新聞
「TEPCO to Start 2nd Release of Treated Water from Fukushima N-Plant from Thursday」(10月2日)
▽朝日新聞
「Second round of treated nuclear water release set to begin Oct. 5」(9月29日)
いずれも「treated」が使われている。
毎日新聞は9月28日、「Japan to begin releasing second batch of Fukushima water on Oct. 5」と報じたが、これは共同通信の記事を転載したものだった。
海外メディアでは、ロイター通信が「Fukushima water」、BBCニュースが「Fukushima waste water」などとしていたが、ニューヨーク・タイムズやABCニュースは「treated」をつけて報じる記事もあった。
「Fukushima water」という表記を巡っては、過去にもSNS上で物議を醸したことがある。
日本共産党JCP仙台青葉は9月8日、処理水の海洋放出に反対する旨の画像をXに投稿。その際、画像に「Stop Fukushima Water」と記載した。
直訳すれば「福島の水を止めろ」ということになり、福島全体にネガティブなイメージを植え付けかねない。
これを見た人たちからは、「典型的な差別」「侮蔑の単語として使っている」「福島県民として極めて不快」などと、大きな反発があった。
このほか、処理水を発端とした福島への差別も実際にあった。
韓国の人気YouTubeチャンネルに7月、北九州市の旅行動画が投稿され、動画の中でペットボトルの水を飲んだ出演者が「味が違う。福島の味」と発言した。
「侮辱して偏見を助長する」などと視聴者から非難の声が相次いだという。
では、このような出来事もあった中で、なぜ共同通信は「Fukushima water」と見出しに記載したのか。偏見や差別につながるという意識はなかったのか。
ハフポスト日本版は9月29日、共同通信に質問状をメールで送付。10月6日に「国際局」の名前で回答があった。
まず、9月28日の英字記事の見出しを 「Fukushima water」としたのは、「主に社内ルールによる見出しの字数制限のため」と回答した。
記事本文には、「treated radioactive water 」と表記しているとし、「記事全体では、福島県の住民への差別を助長する内容、表現になっているとは判断していない」と見解を述べた。
また、9月8日に日本共産党JCP仙台青葉が「Fukushima water」と発信し、大きな反発を受けた事例があったが、共同通信の本記事に対する読者や加盟新聞社からの意見は寄せられていないという。
その上で、「他の英字メディアでも『Fukushima water』という表記を使っているところは多数ある」とした。
一方、福島県民が「Fukushima water」という表記を差別的に受け取る可能性があるという指摘については、こう述べた。
「重く受け止める。見出しの字数制限を考慮しつつ、見直しも検討する」
つまり、見出しの字数制限などで「Fukushima water」と記載していたが、差別を助長しないために「見直しも検討する」としている。
「Fukushima water」という表記について、識者はどのようにみたのか。
ハフポスト日本版は、福島の被災地を研究する社会学者で、東京大学大学院情報学環の開沼博准教授にインタビューした。
開沼准教授はまず、「Fukushima water」という表記について、「非常に無神経で配慮がなく、科学的な議論や社会的な合意形成に向けた被災地の努力を踏みにじるものだ」と非難。
例えば、コロナの問題では「『武漢が』や『中国が』と地名はつけない」とし、「社会学的には『スティグマ』というが、地名を入れるということは、そこに住む人たちへの差別・偏見を生み出すことにもつながる」と指摘した。
実際、福島の人々は原発事故後、「福島の人とは結婚するな」や「奇形児が生まれている」などと、理不尽な扱いを数えきれないほど受けてきた。
今回の「Fukushima water」という表記も、福島の水は原発事故由来のものという「不必要なイメージ」を喚起させてしまう。
こうした12年半の歴史を踏まえ、開沼准教授は「その程度のことを想像できないのであれば、『情報発信なんてやめてしまえ』と思っている」と話した。
また、開沼准教授は、三菱総合研究所が2022年6月、東京都民と大阪府民計2000人を対象に実施した調査結果を紹介。
東京都民1000人の中で、「現在の放射線被曝で子どもや孫などへの健康影響が福島県の人々にどのくらい起こると思うか」という問いに対し、およそ35%の人が「可能性は『高い』・『非常に高い』」と回答したという。
これは、次世代に遺伝的な健康影響が生じるという誤った理解だ。
開沼准教授は「福島が差別されている、というのはこのようなデータで証明されている。被差別部落の問題もそうだが、差別がある地域に対し、言葉を丁寧に扱わなければならないというのは当たり前のこと」と語った。
さらに、「メディアは表看板では『差別はいけない』としている。だが、なぜ福島に対する差別は無視できてしまうのか」とも述べた。
例えば、ヘイトスピーチやコロナワクチンの問題では、差別的な発信に対するメディアの「ファクトチェック」が数多く行われているが、福島の話題に関してはほとんどない。
むしろ、科学的な根拠を前提に発信すると、「分断を煽っている」や「科学のこん棒で…」、「不安な人の気持ちを傷つけるな」と言われることもあるという。
開沼准教授は、「ほかの差別的な問題と何が違うのか。福島はこの12年半で、非科学的な情報をもとにした差別を散々受けてきたにもかかわらず、なぜ福島に関しては差別と捉えられないのか。ほかの問題と同じようにファクトチェックなどをやっていくべきだ」とメディアに要望した。
◇◇
開沼博准教授には、一部の記者や議員が「汚染水」と発言することなどについても聞いています。
なぜ一部の記者や議員は差別を助長する発信をするのか、メディアにある「無謬性の過信」、非科学的な情報が福島の人々に与える影響は何か、根拠なき情報が現実となる「予言の自己成就」ーー。
今回の記事では書ききれなかった話も含め、後日、詳しく取りまとめたインタビュー記事を配信します。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
なぜ福島の差別は無視できるのか。メディアが「Fukushima water」と発信、社会学者が訴えたこと