「社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度に」。政府が2003年に掲げたこの目標は、20年に「20年代の可能な限り早期に」と先送りされたが、あと6年で実現できるのか。
第2次岸田再改造内閣で、女性閣僚は5人と過去最多タイだが、副大臣、政務官の計54人は、すべて男性だ。
日本生産性本部によると、上場企業の女性の管理職比率は、5%未満の企業が48.2%、15%未満が84.1%。男女間賃金格差は、男性を100とすると女性は平均70.8で、約30%の開きがある。
世界経済フォーラム(WEF)による各国の男女格差の状況を示すジェンダーギャップ指数で、日本は146カ国中125位と過去最低の順位だった。
なぜジェンダーギャップは埋まらないのか。
女性労働に詳しい法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授に話を聞いた。
──政府が「30%」の目標を掲げて20年が経ちます
「3割」は非常に重要な、クリティカル・マスとなる数字です。1割、2割だとマイノリティグループが注目されて、失敗すると「だから女性は」と、その人が女性代表として見られるような、特別な状況に置かれてしまいます。それが3割を超えると、女性部長の誰々、から、部長の誰々、になる。政府は当時(20年前)、意味のある数字を掲げた一方で、具体的な道筋は示しませんでした。
その頃は就職氷河期で、続いてリーマン・ショックが起きるという社会経済状況にあった。2007年に制定されたワーク・ライフ・バランス(WLB)憲章は象徴的です。
その柱は3つあり、1番目に経済的自立ができること、2番目に健康な生活が営めること、3番目に多様で柔軟な働き方ができること。
WLBといえば本来、柔軟な働き方をしながらプライベートな生活とのバランスが取れることに尽きますが、日本には当時、非正規雇用を中心としたワーキングプアの問題があったため、経済的自立を一番最初に持ってきた。
柔軟な働き方よりも、非正規の人たちの生活の安定や格差対策の方が、政策の優先度が高かった。
女性を含めて、働く人の就業環境整備への対応が後手に回った、先延ばしになっていったのが、2000年代初頭の状況だったと思います。
女性の就業パターンが大きく変化して、子育てをしながら働く女性が急速に増えてくるのは2010年頃からです。背景には、企業の施策と国の政策の両方の側面があります。
企業側では、労働力不足が深刻な問題として捉えられ始め、ダイバーシティや人的資本経営の重要性が認識されてきた。国の動きとしては、安倍政権が女性活躍を成長戦略の中心に据えて女性活躍推進法が成立した。
このときに、男女共同参画に向けた政策を総動員して、いま問題になっている「年収の壁※」──家族単位の社会保険制度や配偶者控除の問題、夫婦別姓などを一気に変えていれば、相当社会的なインパクトがあった。
働き方の構造を変えるには、女性の就業だけでなく、男性の働き方や少子化対策にもメスを入れるべきだったと思います。
スウェーデンの男女共同参画が進んだ大きなきっかけは、1970年代に、世帯単位の税制を個人単位にしたことと言われています。同時に保育政策や育児休業制度など、社会制度を一斉に変更しました。
男女共同参画社会を目指すという進むべき方向性を明確にして、そこに政策を総動員したことで、社会の構造が大きく変わりました。
日本は選挙対策を意識して、政治がやるべきことをやらず、方向性が見えない。
ジェンダーギャップ指数に象徴されるように、日本が国際的に見て男女共同参画の程度が非常に低い背景には、こうした問題があるのだと思います。
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──どうすれば改善するでしょうか
今注目されている男女間賃金格差を例にあげると、男女間の職域、職位や勤続パターンの違いの結果として生じる格差なので、格差を縮めるためには女性の管理職を増やす、そのためには女性の定着を支援し、きちんと育成する。
女性だけが育児負担を担っているとキャリアが形成されない、昇進のタイミングを逃すことになってしまうので、カップルで育児をする。
男女間賃金格差、女性の管理職比率、男性の育児休業取得率、これらは一蓮托生で、トータルな対応が必要です。
育休を取得する男性は増えていますが、日数ベースで見ると女性が大半を占めています。職場だけでなく、家庭内のジェンダーバランスの確保も重要です。
──数値目標をどう思いますか
女性が育つ環境をつくることから始めないと、地に足のついた「女性活躍推進」はできません。
企業は自社の現状を把握し、課題を解決するために、女性の定着や育成のための施策をどう展開していけば、女性管理職がどれぐらい育つのか、というロードマップをつくる。取り組みの結果指標として、目標を立てるべきです。
また、管理職への登用基準が、営業で難しいお客さんに鍛えられた経験とか、転勤とか、いつまで経っても男性基準のままだと、女性が登用された時「経験がないのに女性だから引き上げられた」と見られてしまう。
部下のWLBを考えられるとか、部下の意見を聴いて受け止めることが得意だとか、マネジメントにおいて大事な部分に光を当てて、これまでとは別の物差しで登用することが大切です。
ダイバーシティの重要性については、経営者が理解していたとしても、現場としてはマネジメントが複雑になっていくので「会社には多様な人材がいた方がいいけど、うちの部署は同質な人がいい」と総論賛成、各論反対になっていることがあります。
多様な人材を受け入れて育成できる能力を評価するなど、人事施策の中に落とし込んでいかないと、号令だけでなかなか進まないでしょうね。
女性が管理職になりたがらないことの背景には、ロールモデルが少なく、不安だという状況があります。クリティカル・マスに満たない中で「自分が失敗したら、あとの女性に迷惑をかける」と考えてしまいがちです。
管理職の役割が整理されず、マネジメント以外の業務も担当するプレイングマネジャー化していて、負担も重い。
管理職の役割は、職場や部下のマネジメント。従業員ひとりひとりが自分のやりたい仕事に一生懸命取り組める、働きやすい、ウェルビーイングな職場環境をつくるという、重要な役割を担っている。重要だからこそ、管理職がマネジメントの役割を発揮できるよう、組織的な支援を考える必要があります。
──非正規雇用に占める女性の割合は男性の倍以上です
キャリアをつくっていく上で非正規の難しさは、有期雇用で安定的でないため、企業からの育成投資が薄くなりがちなことです。自助努力でキャリアを開発しろ、と言われても、時間も経済的余裕もない。
日本の人的投資はこれまで、終身雇用の下で、企業の育成努力に依存してきました。企業任せだったぶん、公的な人的投資の整備が不十分で、その限界がきています。
公的な職業訓練は、失業している人にはハローワークで訓練が斡旋(あっせん)され、働いている人には企業経由でサービスが提供される仕組みですが、働いている非正規の人は、そこから抜け落ちてしまいがちです。
非正規雇用者へのリスキリングやDXについて、社会が投資することを考えなくてはいけません。
厚生労働省では、非正規の人たちの能力を開発するため、公的な職業訓練の仕組みづくりを検討しています。夜働いている人もいるので、柔軟に訓練が受けられる仕組みをつくって、たとえばデジタル技術について学べるプログラムを提供する、といった議論が出てきています。
日本は長い間、男性の働き方をモデルとした終身雇用、さらにその終身雇用を支えるのは女性、という家族モデルを続けてきました。
2023年9月に「年収の壁・支援強化パッケージ」として、年収の壁を意識して就業調整する層への支援策が発表されましたが、相変わらず妻が家計補助というカップルを前提にした仕組みであり、社会構造の変化に対応したものとはなっていません。
税制や社会保険の仕組みは、そのモデルでつくられていて、抜本的には変わらないままです。中途半端な政策展開の綻びが、いろんなところに出てきていると思います。
【武石恵美子さんのプロフィール】
法政大学キャリアデザイン学部教授。専門は人的資源管理論、女性労働論。厚生労働省 労働政策審議会人材開発分科会長。主な著書に『キャリア開発論 第2版』(中央経済社)、『多様な人材のマネジメント』(共著、中央経済社)など。
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※年収の壁…会社員や公務員に扶養されている配偶者がパートなどで働く場合、社会保険料の負担がないが、一定の年収額(年収の壁)を超えると扶養を外れ、年金や健康保険などの社会保険料を支払う必要が生じるため、手取りの収入が減る。
配偶者の扶養の範囲内に労働時間を収めようとする「働き控え」が生じて、人手不足の原因のひとつとなっている。
政府は「106万円の壁」について、賃上げなど従業員の手取りを減らさない取り組みを行う企業に対して従業員1人あたり最大50万円を助成、「130万円の壁」については、一時的な増収であれば連続2年まで扶養にとどまれる、などの「年収の壁・支援強化パッケージ」を発表、10月中にスタートする予定。
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