こちらもおすすめ>>「この国にゲイは存在しない」プーチン政権を後ろ盾にするチェチェン。その「ゲイ狩り」の実態を暴く
性的マイノリティへの差別はいまだに残りながらも、当事者たちの声が社会の中で可視化される機会は確実に増えてきた。しかし、そのように可視化される以前からマイノリティの人々は社会に存在していた。ただ、彼・彼女らはそれを隠さねば生きられない時代だったのだ。
それは、アメリカにおいても例外ではない。特に軍という特殊な環境では、それは明文化されたルールだった。米軍は2011年、兵士が同性愛者であると公言することを禁じた米軍規定・DADT(Donʼt Ask, Donʼt Tell)を撤廃したが、それ以前から米軍内にも同性愛者はいて、命をかけて国を守る任務に就いていた。それどころか、米軍が性的マイノリティにとっての生きる糧になっている状況もあったのだ。
公開中の映画『インスペクション ここで生きる』は、DADT撤廃以前にアメリカ海兵隊に所属していた、エレガンス・ブラットン監督の実体験を基にした作品だ。ゲイであることを理由に母親から家を追い出され、過酷な訓練と厳しい差別にさらされながらも、自分の人生を取り戻していく様を描く。
ブラットン監督はなぜ、ゲイと公言することを許さない軍隊に入る決断をしたのか、そして、一般社会以上に過酷な差別があるかもしれない軍隊で生きる意義を取り戻すことはできたのか、話を聞いた。
ブラットン監督は、16歳の時に家を追い出され、10年間ホームレスとしての生活を余儀なくされた。彼の母親は保守的なクリスチャンであり、息子が同性愛者であることを認められなかったのだ。
肉親に捨てられるという過酷な体験をしたのち、彼が生きる糧として選んだのが海兵隊への入隊だった。
当時は、まだ同性愛を公言することが禁止されていた時期。1993年に成立したDADTは、同性愛を公言することは隊の風紀を乱すため、米軍内で性的指向を尋ねてはならず、同性愛者は沈黙すべきとしていた。
この規定は、同性愛者であることを問わないことで入隊を認めるというルールだが、実際には同性愛者だと判明すれば除隊させられる規定として運用されていた。OUT JAPANによると、93年以降、1万4000人以上が同性愛を理由に除隊させられているという。
そうした規定が存在することは監督自身、入隊前から知っていたという。では、なぜわざわざそんな場所へ入ることを希望したのだろうか。
「海兵隊に入る前は怖いイメージしかなかったです。自分のセクシュアリティはそこでは弱点になるだろうし、そのせいで一番弱い立場に置かれてしまうかもしれないと感じていました。それでも海兵隊に入ろうと思ったのは、母の愛情を取り戻すため、そして自分をリスペクトできるようになるためです」
映画の主人公フレンチは、監督自身の分身と言えるキャラクターだ。彼は海兵隊に入隊した理由を聞かれ、こう語る。
「16歳から自力で生きてきた。母は口も聞いてくれない。仲間たちは死んだかムショにいるかだ。外で暮らしていたらいつか死んでしまう。でも、軍服を着て死ねれば…こんな俺でも英雄になれる」
軍隊に入ることはブラットン監督にとって、唯一の生きる糧であり、生きる意義を探すことでもあった。
「私は、ゲイを理由に家を追い出され、どん底の人生をおくってきましたが、海兵隊で、教官から、『ここでは誰もが仲間を守る任務がある』と教えられ、生きる意義を見つけることができたんです」
ブラットン監督は海兵隊で、あることを発見したという。それは、ゲイで黒人の自分だけでなく、様々なマイノリティが集まっていることだ。
「入隊前は不安でいっぱいでしたが、いざ入ってみると、みんな何かしら不安を抱いていることに気が付きました。私の場合はセクシュアリティにまつわる不安でしたが、ある人は、どもりのせいでコミュニケーションに難を感じていました。一般社会で生きにくいと感じているであろう人がたくさんいたんです」
監督は、軍隊という場所がマイノリティにとってのセーフティネットになっているという。
「この映画は軍隊への入隊を勧めているわけではないですが、擁護したい気持ちはあります。軍隊はマイノリティにとってのセーフティネットとなっていました。社会に馴染めなかった人々にも役割があるんだと教えてくれる場所にもなっているんです」
本作には登場しないが、トランスジェンダーにとっても米軍は重要な場所となっている。現在、米軍には約1万5000人のトランスジェンダーが従軍しており、世界で最もトランスジェンダーを多く雇用している組織とも言われている。
本作の主人公フレンチがそうであるように、マイノリティは貧困に陥りやすく、生きていくための選択肢が少ない。軍隊がセーフティネットとして機能している背景には、一般社会の差別構造があり、貧困に陥りやすいこととも無関係ではないだろう。
しかし、本作でも描かれるように軍隊内にも苛烈な差別があり、決して生きやすい場所とは言えない。それでもブラットン監督は軍隊経験を肯定的に捉えている。彼は確かに海兵隊で生きる意義を見出したのだ。
フレンチ以外のマイノリティとして、本作にはムスリムの隊員が登場する。映画は2000年代を舞台にしており、当時米軍はアフガンやイラクなどに派兵していたため、イスラム教は敵国の宗教と認識されていた。
「同じ部隊にエジプト系の男性がいました。彼は上官から『タリバン』というあだ名をつけられて酷いいじめを受けていました。
それでも、海兵隊では仲間意識が芽生えていくんです。国は私のようなゲイやムスリムの彼を守ってくれないけど、国を守る組織にいる我々の間には強い仲間意識が芽生えて、互いを認めるようになる。奇妙な矛盾があって独特なコミュニティなんです」
本作で描かれる軍隊内の差別描写は、ともすれば一般社会よりもひどいと思える部分もある。だが同時に、一般社会では差別の対象となるマイノリティが、国を守るという重大な任務を与えられ、厳しい訓練の過程で苦難をともにし、上官に認められることで、人間としての尊厳を取り戻すプロセスが描かれている。監督自身、海兵隊の同僚たちを家族のように感じているという。
「多くの不条理があり、帝国主義的な悪い面が軍隊にあるのは確かで、差別などの苦労もたくさんありました。
でも、海兵隊には感謝もしているんです。こんな矛盾がどうして発生するのか上手く説明できないですが、この映画で私が描きたかったのは、人々が互いに理解しあえる、その力そのものです。誰もがどこかに弱みを持っている、そういう共通点があるんだということに気が付けることが大切だと思うんです」
ブラットン監督は、2010年に除隊し、海兵隊在籍中に映像記録係として映画製作を開始した後、大学で映画学科に通い学位を取得した。長編映画の監督としてデビューした今、社会における性的マイノリティへの眼差しをどう感じているだろうか。
「社会全体は確実にマイノリティを受け入れるようになってきています。
しかし、バックラッシュが一部で起きていることへ危機も感じます。映画監督として多くの人に出会い、様々なセクシュアリティを持った友人もたくさんできましたが、みな常に闘っています」
オバマ政権時の2011年にDADTは廃止され、2016年にはトランスジェンダーの入隊を禁止する規則を撤廃したが、その1年後、トランプ政権がトランスジェンダーの入隊を再び禁止にした。バイデン政権が2021年、再び入隊禁止を撤廃するなど、政権ごとに対応が変化し、まさにバックラッシュの応酬のようになっている。
ブラットン監督はそれでも社会をより良い方向に進める力がマイノリティにはあると信じているという。
「私は、この映画を観る人々に、自分には世の中を変える力があると伝えたかった。マイノリティが社会に認められていないとすれば、逆にこれから無限の可能性を持っていると言うことでもあると思うんです。社会の中に自分たちの場所を作っていける、そういう力があるんだと信じて欲しいと思います」
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
なぜ軍隊がマイノリティのセーフティネットになるのか。自らの過酷な経験を映画化した監督に聞く