<関連記事>映画『バービー』の原爆コラ画像めぐり、米ワーナーが謝罪「配慮にかけた投稿、遺憾に思う」リプライは削除
「#バーベンハイマー(Barbenheimer ※)」がアメリカで盛り上がりを見せ、原爆を想起させるキノコ雲をポップに表現するネットミーム(ネタ画像)が次々に生まれた。
映画『バービー』のアメリカ公式X(Twitter)アカウントの度を超えた「ノリ」や、日米のネットミーム文化の違いも背景にある。
だが今回の件で改めて突きつけられたのは、原爆や核兵器がもたらす被害の悲惨さや非人道性を軽視し、ポップなキノコ雲がアイコンとして好まれ、受け入れられる土壌がアメリカに依然としてある、という現実だ。
原爆は「必要悪」であり、核保有を正当化する社会規範がアメリカ国内の市民レベルで今も浸透している。その根底には何があるのか。
アメリカの大学で20年以上にわたり「原爆論説」「核の時代」の講義を受け持ち、著書に『なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識』(岩波書店)がある宮本ゆきさん(デュポール大学教授)と考えた。
※『バービー』と原爆開発者の半生を描いた『オッペンハイマー』という、アメリカで同じ日に公開された2つの映画のタイトルをもじって生まれた。
宮本さんは例年、講義で学生たちに「原爆をどのように習ったか」を問う。
すると、学生の大多数は「原爆によって戦争終結が早まった」「結果的にアメリカ兵の命を救った」と答えるという。「日本人の命を救うことにもなったのでは」と付け加える学生もいる。
「学生たちは大学までの教育の中で、原爆で破壊された広島や長崎の街を写真で見ることはあっても、人的被害を見る機会はまずありません。原爆の被害が語られないまま、『50万人ものアメリカ人の命を救った』という神話が70年以上も継承されています。
『核があるから守られる』という核抑止論も、大学でいまだに王道の理論として教えられています」(宮本さん)
それでも、宮本さんがアメリカで教壇に立ち始めた20年ほど前は、ジャーナリストのジョン・ハーシーが広島の原爆被害や被ばく者のインタビューをまとめた『ヒロシマ』を読んだことのある学生が約40人のクラスのうち3分の1ほどはいた。今はその数がほんの数人にまで減っている。
2歳の頃に広島で被ばくし、白血病のため10年後に亡くなった佐々木禎子さんの話を知る学生も今はほとんどいないという。
「広島や長崎の原爆被害をめぐる物語が軽視され、急速に忘れられている」。宮本さんのその印象を裏付けるかのように、2019年には、シカゴ市内の公立高校の図書館で上述ハーシーの『ヒロシマ』が大量に破棄されたことが地元メディアで報じられ、波紋を広げた。
「あくまで個人的な感覚」と前置きした上で、この20年の変化を宮本さんは次のように考えている。
「20年ほど前は、JETプログラムなどに参加して来日し、語学指導に携わった人たちが、帰国後に教職に就くことが多かった。日本で異なる歴史観や文化に触れた先生が、アメリカで学生たちに原爆の話を伝えることがありましたが、今はそうしたケースが減ってきているように思います。また、2001年の9.11事件で関心が一気にそっちに向いた、ということもあります」
原爆投下から70年以上たち、「心理的な遠さ」も加速している。
「20年前だと、『祖父が戦争に行った』という学生がとても多かったです。『おじいさんがフィリピンで日本軍の捕虜になって、日本に連れて行かれ壮絶な体験をした。アメリカに帰ってくることができたのは、原爆があったから』という家族内のストーリーで育った学生もいました。
ですが、今は身内に第二次世界大戦を経験している人がほとんどいないので、原爆は全くの昔話なんです。逆に心理的距離が遠い上に習う場もないため、客観的に原爆を見ることができる半面、その原爆観は浅薄なものになりがちです」
「#バーベンハイマー」の社会現象化と共に生まれたミームの中には、原爆や核実験を連想させるキノコ雲の描写が使われたものも多くあった。宮本さんは、キノコ雲が表象するものに日米で違いがあると言う。
「日本では、キノコ雲は非人道的な核兵器の被害と結びつくので、その雲の下にいる人たちの惨状や犠牲に気持ちを向ける人が多いと思います。でもアメリカにその発想はありません。
アメリカの多くの人にとって、キノコ雲は遠くから、あるいは上から俯瞰してみるものであり、『他国を凌駕する軍事力』や『科学の進歩』の象徴なのです。ナチス・ドイツのハーケンクロイツのように悪いシンボルだという共通認識がないことも、今回のネットミームで無邪気に使われた理由の一つでしょう」
教育現場で原爆や核兵器を知る機会がほとんどない中で、触れる場として唯一と言っていいのが「エンタメ」だと宮本さんは言う。「若い世代で核や原子力が話題に上るのは、ほとんどの場合でビデオゲームや映画などのエンタメ表現だけです」
『キャプテン・アトム』『スパイダーマン』『ハルク』『アイアンマン』━━。アメリカのスーパーヒーロー作品では、「放射能を取り込む=超人的な力を得る」という物語が再生産されてきた。
「放射能でパワーアップした男性主人公たちは、『正義の味方』として描かれます。アメリカの正義のために戦い、その力を悪を倒すために使う、という筋書きまでがセットになっています。そして、原爆や核実験による人の健康被害についてほぼ触れられないという点も共通しています」
原子力や核兵器はアメリカのエンタメで、その非人道性に目を向けられることはなく、むしろ「力」や「正義」の象徴として表現されてきた。
アメリカで製作された映像作品の中に、放射能の人的被害について触れた作品が全くないわけではなく、例えばチェルノブイリ原発事故を描いたHBOのドラマ『チェルノブイリ』でも放射能被害が描写された。一方で、宮本さんは「(他国の)旧ソ連の話だから描くことができたのでは」と考える。
さらに、アメリカのエンタメ作品における核兵器や原子力の描かれ方は、同国の1950年代のジェンダー問題とも関連していると宮本さんは指摘する。
「1950年代当時、アメリカは『ソ連が持っている核は怖いけれども、私たちが持っている核はコントロールできる』と国民に思わせる必要がありました。その宣伝のために、女性が使われました。
例えば、両手を高く挙げたブロンドヘアーの女性が、コットンでできたキノコ雲型の水着を着て笑う『ミス・アトミック・ボム』コンテストの写真は象徴的です。女性性が過度に付与され、女性と同様に原子力も『使いこなせる』対象として表現されていました」
原爆や核兵器がアメリカで「正義」とされる大きな要因として、宮本さんはエンタメに加え、「軍隊がアメリカ市民の心情に及ぼす影響」も挙げる。
「従軍経験のある人を対象にした大学進学の援助制度や、軍属保険の加入など、経済的に困窮するアメリカ市民にとって、軍隊は進学や生活を保障するセーフティーネットとして機能しています。
このほか、戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)や退役軍人を称えるベテランズ・デーのような、軍関係者に思いを馳せる祝日もあります。軍隊や軍人は『私たち市民を守ってくれる』存在として、恩義を刷り込む仕組みがあるのです」
多くのアメリカ市民にとって身近で、「敬意の対象」である軍隊。その軍が所有する武器である核兵器を批判することは「心情的に難しい」(宮本さん)。そして、それが「自衛の武器」として核兵器を正当化する文脈にもつながっているという。
原爆投下から70年となる2015年、アメリカで実施された世論調査で、「原爆投下は正当」と答えた人の割合は56%だった。
世代別で見ると65歳以上は70%、18〜29歳では47%と幅があるものの、若い世代でも半数近くは正当だと認識していた。
教育、エンタメ表現、軍隊と市民の関係…。アメリカで原爆の非人道性が認識されにくく、核兵器を正当化する言説が今も根強いのは、そのストーリーを強固にする構造が社会のあらゆる面にあるからだ。
こうしたアメリカ社会における文脈を解体し、原爆の被害を正しく認識した上で、核廃絶の機運を高めるにはどうするべきなのか。
宮本さんは、「人的被害を語り継ぐ『受け皿』が必要だ」と強調する。
「学生たちに対して、被ばく者からその体験を証言してもらっても、どうしても一過性のものになってしまいます。また、学生たちは被ばく者の『困難を乗り越える』エピソードに感動しても、被ばく者が呼びかける核廃絶のメッセージには必ずしも辿り着かないのです。
『科学の力』を全面に出して核兵器を推進する博物館やツアーがある一方、核兵器の被害を展示する施設はまず見られません。
広島や長崎の原爆被害を伝える常設の博物館やメディア、教育システムといった、被害の記憶を将来につなげる社会的装置を作っていくことが大切です」
アメリカ社会にとって、70年以上前にアジアの国であった戦争被害と被害者の苦悩を、自分ごととして受け取るのは簡単ではない。まして、アメリカにとって原爆は「加害」の歴史だ。
日本でも、教育現場で第二次世界大戦を教える時には原爆や空襲など「被害」の視点が強調されがちだ。戦争被害に比べ、アジア諸国で日本軍が行った「加害」を教わることは明らかに少なく軽視されている。
原爆を投下した側の国の人々が、核兵器のもたらす被害や非人道性を正しく、身近なものとして認識できるようにするためには、「アメリカにある被ばく者の物語」を可視化することが重要だと宮本さんは説く。
「核実験が1000回を超えるアメリカでは、多数の地域が実験場となり、多くの被ばく者を生み出してきました。ですが、例えば原爆開発のマンハッタン計画で三大拠点の一つとなったワシントン州ハンフォードでは、1944年から放射能の被害が始まっていますが、核施設の近隣住民たちの健康被害を知っている人はほとんどいません。
放射能被害を訴えて『非愛国的』と批判されることを恐れたり、自らを被ばく者と認めることの心理的ハードルが高かったりして声を上げにくく、それによって『人的被害はない』ことにされてきたのです。軍施設で経済が潤ってきた街であれば、訴え出るのはなおさら困難です」
変化の兆しはある。宮本さんによると2000年代に入り、『黙殺された被曝者の声』(トリシャ・T・プリティキン著、明石書店)といった、特にアメリカの女性著者たちによって国内の放射能被害の語りを記録し、伝える動きがあるという。
「今後鍵になるのは、核施設で働いてきた人や科学者たちが、放射能による自らへの健康被害を認められるかということだと考えています。自分の被害を認めることができれば、加害にも気づけるはずです」
2019年には、ワシントン州リッチランドの学校に留学した福岡の高校生が、キノコ雲をシンボルマークとして校章やグッズ、校舎の壁などに使っていることに異議を唱えた。現地メディアや日本の全国紙でも報じられ、注目を集めた。
留学などで国外に出た時、原爆や核兵器に対する認識の違いに直面する体験は今も起きている。こうした場面に遭遇した時、唯一の戦争被爆国に生きる私たちに何ができるのか。
「原爆の被害が歪められてきたアメリカの社会通念を解体する行動として、広島や長崎の被害を伝えることにはもちろん意味があります。
それに加えて、核製造工場の放射能汚染に脅かされた住民や核施設で働く人、科学者などアメリカの被ばく者の健康被害について日本で学んだらそのことを教える、という方法もあると知ってもらいたいです」
【宮本ゆき氏】
広島県出身。シカゴ大学大学院で修士・博士号を取得。被ばく被害と倫理に関する研究を行い、デュポール大学(シカゴ市)で20年以上にわたり倫理学の講義を受け持ち、「原爆論説」や「核の時代」などの授業を担当している。2005年以降、学生たちと広島・長崎を訪れる短期の研修プログラムも行っている。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「キノコ雲は非人道的」とならないアメリカの原爆観。識者に聞く、映画『バービー』と原爆ミームの背景