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低所得者層に融資や貯蓄などの金融サービスを提供することで、生計向上を支援するマイクロファイナンス。牛を買い、ミシンを買い、起業や就労の機会を得られれば、一時的でなく長期的な生計向上が見込め貧困から抜け出す一助となる。
「低価格で良質な金融サービスを2030年までに50カ国、1億人に提供する」目標を掲げる五常・アンド・カンパニーは、2023年6月末に顧客数が170万人を突破。ミャンマー、スリランカ、カンボジア、インド、タジキスタンの5カ国に8のグループ会社を展開する急成長中のインパクトスタートアップだ。
そんな五常の新規上場(IPO)準備を主導するのが田中はる奈さん。コンサルティング会社から楽天を経て2021年4月から同社の経営企画チームに参画し、6月にHead of Corporate Planning(経営企画部長)に昇進、現在経営陣の中で唯一の女性メンバーとなった。
「国際協力に関わる仕事がしたくて、就活でいわゆる国際開発金融機関などを受けましたが、全部落ちてしまい……(笑)」
さまざまなキャリアを経て、やっと自分のやりたいことと仕事がマッチした、と語る田中さんがたどり着いた今、そして「未来をつくる仕事」とは。
──元々、途上国支援に関心があったのはどんな理由からですか?
田中はる奈(以下・田中):子どもの頃、親の仕事の都合でイギリスとアメリカに合計4年ほどいた経験から、「将来的には世界をフィールドに働きたい」という意識の素地が作られたように感じます。
困っている人たちを助ける仕事がしたいと思ったのですが、日本は豊かな国だから、目を向けるべきは途上国だと思ったんです。今思い返すと、すごく無知でナイーブな思考回路ですね……。日本の相対的貧困が深刻だと知ったのは、大人になってからのことです。
とはいえ、当時はそんな思いがあったので、就活でJICA(独立行政法人 国際協力機構)などいわゆる国際開発金融機関への就職を試みたんですが、全部落ちてしまい……(笑)。とりあえず内定をいただけたコンサルティング会社に入社しました。
24歳の時、先輩の出張にくっついてバングラデシュに行ったんです。現地の人々が、大変な生活を送っているはずなのに、あまりにも元気で圧倒されました。「自分でレンガを作って、それを組み立てて家を2階建てにするんだ」なんて言っている人もいて。とにかくバイタリティがすごい。
私はそれまで、途上国の人たちに「何かをしてあげなきゃ」というマインドだったのですが、逆に、当時仕事でかなりメンタルが落ち込んでいた自分の方が元気をもらってしまって。
そして、私は純粋にこの人たちのことが好きだ、途上国といわれる国々のことが好きだと思ったんです。
──その後、楽天を経て五常に入社されています。
田中:当時、楽天は海外進出に熱心で、アフリカ進出も見込んでいるようだったので、やりたいことができると思ったんです。でも、なかなかチャンスがありませんでした。
30歳くらいまで仕事一辺倒でしたが、子どもが生まれて人生観がガラッと変わって。人生、仕事以外に大事なことがたくさんあるんじゃないか? と思うようになり、途上国支援になかなか携われないモヤモヤもありました。
もっと自分の人生を深掘りしたいと思ってコーチングを受けたら、「途上国支援とは限らないけど、働きながら社会貢献ができる組織があるよ」とSVP東京(※)を紹介してもらったんです。
「これだ!」と思いました。SVPの活動は本当に楽しくて、楽天の社内でもそのモデルを移植した「楽天ソーシャルアクセラレーター」というプロジェクトも立ち上げたくらい。こうした、社会起業家を応援する活動はどんどん広がってほしいと思います。
五常に転職することになったのも、SVPの創業者に紹介してもらったセミナーで現在の同僚と知り合ったからなんです。SVPでの活動がなかったら、私は今でも楽天で、心にどこかモヤモヤを抱えながら仕事していたと思います。
(※)社会課題に取り組むソーシャルベンチャーに対して資金と人による経営支援を行うNPO法人。パートナーは年会費10万円でパートナーとしての権利を買い、ソーシャルベンチャーの組織運営などに参画し、経営支援を行う。
──現在は五常の経営企画チームでIPO準備を主導されています。上場して事業規模を拡大することは、社会へのインパクトとどのようにつながると考えていますか?
田中:IPOは当社にとって一つの通過点です。IPOによって達成したいことの一つは資金調達。上場によってより大きな資金調達が可能になり、金融包摂(経済活動に必要な金融サービスを利用する機会が平等にあること)の目標に向けて前進することができます。
二つ目はガバナンスの強化。途上国のグループ会社のガバナンスを日本の要求水準に引き上げることで、社員、環境、コミュニティ、そして投資家などあらゆるステークホルダーに配慮した、責任ある経営が可能になります。
今、上場準備としては、世界中のグループ会社のコーポレート・ガバナンス体制、規程類を整理しつつ、財務情報をタイムリーに吸い上げて、フィードバックして、社外のステークホルダーとのやり取りに取り組んでいます。
その他にも、経営戦略の立案、経営会議のアジェンダ設定、グループ全体のプロジェクトの進捗管理、グループオフサイト開催の準備、事業を通じて社会にもたらすインパクトを測るインパクト測定、責任ある経営を行うためのソーシャル・パフォーマンス管理、それから、一般財団法人五常の事務局もやっています。ジェネラリストとしてキャリアを重ねてきた自分の総力が試されていますね(笑)。
──「低価格で良質な金融サービスを2030年までに50カ国、1億人に提供する」という目標を達成した時、世界はどんなふうに変わっていると思いますか?
田中:シビアな言い方になりますが、世界はそんなにドラスティックに変わるものではないと思います。途上国の抱える課題は金融包摂だけでは解決しません。病気になってしまった時、金融サービスが使えても医療へのアクセスがなかったら意味がない。子どもたちの学校へのアクセスも十分ではありません。ゴミ問題など衛生環境に関する課題もあります。
でも、もし目標を達成できたら、20年前に比べて世の中は確実にいいところになっているよね、という思いを胸に仕事をしています。
──解決しなければならない課題が多く、無力感を覚えることはありませんか?
田中:あります。私の力なんて大河の一滴。本当に無力ですが、無力なりに「ゼロ」ではないから、できることを着実にやるしかないと思っています。
──今年6月、五常で唯一の女性経営メンバーに昇進されました。
田中:五常に限らずどんな組織でも、ピラミッドの上に行けば行くほど女性比率が少なくなることは大きな問題。ことあるごとに「もっと女性の経営メンバーを増やしてください」と社内で言っています。
マイクロファイナンスは、特にアジアでは女性のエンパワメントといった文脈で語られることが多いです。お母さんがローンを借りてくるとお金の使い方に関して家庭の中で発言権を持てるので、お父さんが全部決めるという構造を変えることができる。
五常の同僚の海外の女性たちも、たくさん「言いたいこと」を持っている。そんな彼女たちの声を経営に届けていくことは自分の役割だと思っています。荷が重い、という気持ちは正直あって……同僚からよく “Don’t carry the world on your shoulders.” (何もかもを背負い込まないで)って言われるんですけど(笑)。
最近思うのは、自分の「全て」を捧げないということ。若い頃はとにかく自分の全てを犠牲にして仕事をしていたのですが、それは本当にサステナブルじゃない。
自分の心身の健康や家族、友人の幸せを犠牲にして途上国の人のためにいいことをする、というのは“欺瞞”だと思うから、声を上げ続けるためにも、まずは自分が幸せでいることが、本当に豊かな働き方につながると実感しているところです。
(文:清藤千秋 編集:中田真弥)
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自分は「大河の一滴」。無力感とどう折り合いをつけるか? 途上国におけるマイクロファイナンスの世界に身を投じて思うこと