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欧州の難民増加が止まらない。
2015年の欧州難民危機、そして昨年から続くウクライナ戦争を経て、多くの難民が欧州に流出しているが、それに伴い、危機的な状況も後を絶たない。難民の中には未成年者も含まれ、2023年2月には難民を乗せた木造船の難破事故で、子ども12人を含む少なくとも63人が死亡するという痛ましい事件も起きている。
そんな難民に揺れる欧州の現実をシビアに見つめ続ける映画監督がいる。カンヌ国際映画祭パルム・ドールに2度輝いた、ベルギー出身のジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟だ。
3月31日から公開される彼らの最新作『トリとロキタ』は、難民としてベルギーにやってきた少女ロキタと少年トリの物語だ。2人は赤の他人だったが、欧州に渡る際に知り合い、姉弟と偽り生活している。血のつながりはないが実の家族のように強い絆で結ばれた2人が様々な困難に直面する姿を通じて、難民をめぐる社会の理不尽さを浮き彫りにする。
6年振りに来日した監督の2人に、本作と揺れる欧州の今について話を聞いた。
ダルデンヌ兄弟が世界的に注目されるきっかけとなったのは、1996年の映画『イゴールの約束』の成功だ。この映画は、イゴールという名の少年が、不法移民の斡旋をしている父親から自立する様を描く作品だ。移民を劣悪な労働環境で働かせる父親が、一人の移民男性の死を隠そうとするが、主人公イゴールはその男性と交わした死に際の約束を果たすために、家族に事実を打ち明ける。
27年前のこの作品ですでに移民・難民問題を取り上げていたダルデンヌ兄弟は、その後も度々、移民や難民を題材にした作品を発表している。2008年の『ロルナの祈り』では国籍を取得するために偽装結婚するアルバニア出身の女性を描き、2019年の『その手に触れるまで』では、ムスリムの少年が過激思想に感化される様を描いている。
彼らは、なぜ移民・難民の話を描き続けるのだろうか。
「それは、私たちの世界が、世界と繋がっているからです。欧州には、様々な民族が自由とより良い生活を求めてやってきます。その原因の多くは戦争なのですが、そういう人々が私たちの周囲にはたくさんいるわけです。ですから、難民の物語は、私たちの社会の物語なのです」(リュック・ダルデンヌ監督)
長年、欧州の難民問題を描き続けてきた2人の目には、現在の難民を巡る状況はどう映っているのだろうか。
「難民を巡る状況は、ひどくなっています。なぜなら、未成年の難民が増加しているからです。かつては、ここまで子どもたちだけが難民として欧州にやってくる状況ではありませんでした。もはやEUのレベルでこの問題を解決することが困難になっているとさえ思います。EU全体に、移民や難民を受け入れることに恐怖心が広がっているように思いますし、散発的な対策はあっても大きな対策となるような法改正は進んでいないのが現状です」(ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督)
未成年の難民が増加している背景には、紛争や欧州に向かう途中で家族を失うケースなどがあるからだと国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は指摘している。
主人公の1人、ロキタの出身国カメルーンも、紛争によって難民が多く出ている国だ。『トリとロキタ』は、そんなロキタとベナン出身の少年トリとの苦難が描かれる。
2人は出身国が異なるが、ベルギーに渡る道程で知り合い、本当の姉弟のような絆を育む。2人とも両親と一緒に欧州にやってきたのではなく、子どもたちだけで渡ってきたのだ。ロキタは故郷の家族の生計を支えるために仕送りもせねばならないが、密入国を斡旋したブローカーにも手数料を支払わねばならないという過酷な状況に置かれているが、ビザがないためにまともな職に就けないでいる。
トリは祖国からの迫害を受けているためビザを取得しており、学校にも通えている。ロキタはトリの姉だと偽ることでビザを申請しているものの、血のつながりを証明できずにビザが発給されない。
そんな2人は、生計を立てるために、イタリア料理店でカラオケを歌って小銭を稼ぐ傍ら、ドラッグの運び屋をやらされている。未成年の難民がこうした過酷な環境に追いやられ、犯罪以外に生きる術が見いだせない現状を、映画は徹底したリアリズムで映し出している。
本作で子どもの難民を主人公に据えたのも、そんな欧州の現実を反映させたかったからだと2人は語る。
「『トリとロキタ』で描いた問題には、保護者のいない未成年の子どもたちにビザが発給されにくく、18歳になると強制送還されてしまうという背景があるのです。それは法律を変えれば解決できるはず。
彼ら・彼女らはビザが得られないために、まともな職に就けないから、ドラッグの密売などに手を染めざるを得ないのです。ビザさえあれば、職業訓練だって受けられるし普通に生活が送れるのに。これは明らかに制度の不備だと私たちは考えています。そんな現状を変えるために、私たちはこの映画で問題提起をしているのです」(リュック・ダルデンヌ監督)
未成年の難民が増えているのは、欧州だけではない。UNHCRによると、2021年時点で世界の難民の41%が18歳未満であるという。2022年には世界の難民数は1億人を超えたと発表されているので、約4000万人もの未成年の難民が世界にいることになる。
世界の難民数は10年連続で増加しており、収まる気配はない。『トリとロキタ』はベルギーを舞台にした作品だが、この映画が映し出すものは、決してベルギーや欧州だけの問題ではないのだ。
ダルデンヌ兄弟は、現実を変えるためにこの映画を作ったという。映画に社会を変える力はあるのだろうか。
実際、ダルデンヌ兄弟の映画は実社会に影響を与えたことがある。2人が初めてパルム・ドールを獲得した映画『ロゼッタ』は、現実の法制度に影響を与えたと言われている。この作品では、少女ロゼッタが突然工場をクビになり、新しい職を探しても上手くいかない姿が描かれ、若年層の貧困問題に一石を投じた。
その同じ年に、ベルギーでは「ロゼッタ法」と呼ばれる法律が制定された。これは若年層雇用のための負担を軽減する法律で、法案は映画の公開前から議論されていたが、映画にちなんだ名前で呼ばれるようになった。『ロゼッタ』はこの法案への注目度を高めたことは間違いないだろう。
そんなダルデンヌ兄弟に、「今も、映画で社会を変えることは可能だと信じていますか」と問いかけてみた。
2人は「ええ。不可能ではないと思いたいです」と力強く言った。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「難民の物語は私たちの社会の物語」再び映画で現実を変えられるか? ダルデンヌ兄弟に聞く